(一章)お見合いの手紙、くる(1)
「お前はっ、毎度毎度、ウチの可愛い娘にろくでもないことを教えやがって! というか、俺とリリアへの接し方に、明らかな温度差を感じるんだが!?」
「はははは。ツヴァイツァー坊ちゃんは、昔からからかい甲斐がありますね。おっと、今は旦那様でした。というか姫様の言動と態度に関しては、旦那様が普段から色々と荒いからではないですか?」
「んなわけあるかボケ! てめぇ今すぐ表に出やがれこの済まし面のドクサレ野郎! 今日こそ尻尾の毛をむしってやる!」
「ほらほら、そういうところですよ~」
胸倉を掴まれたまま、アサギがニヤニヤとした。笑うと目が細く弧を描く様子は、黒狐の彼の雰囲気が滲み出る。
レイド伯爵家の者は、幼少の頃から領民達と一緒に仲良く暮らしてきた。
――おかげでツヴァイツァーは、かなり〝強くたくましい〟。
こうやって彼とアサギの騒ぎも、日常茶飯事の光景だった。貴族が見たらドン引きする下町言葉を続けるツヴァイツァーを残し、リリアは汗を流すべくふわりと浮かんで移動する。
人間の王子を家に招くなど、冗談じゃないと思った。
◆
第二王子と会ってみないか、という知らせは、あれからしつこいぐらいに送られてきた。
ツヴァイツァーは「面倒くせぇッ」と、即お断りの返事を出していた。しかし先方も諦めず、言葉のニュアンスを変えて何度も手紙を寄越してきた。
それは、第二王子が誰かと婚約した、という噂もないまま二年経っても続いた。
その間に春を迎えて、リリアは十二歳になった。
動きたくてたまらない時期も落ち着き、無暗に走り回る数も減った。最近は、歩く労力を減らすように、一日の半分以上は浮いて過ごすようになっていた。
なんだかだるいというか、やたらよく眠くなった。
それでいて、固い物に噛みつきたくなる感じで、歯がむずむずする。
そして胸のあたりが、不意にむかむかっときて苛々した。するとパリパリッと身体の表面に雷電が走り、外で雷撃を落とすとスッキリする、という現象が起こり始めてもいた。
「そういうお年頃なんですよ。成長期で妖力量も増えていますから、たまに大きめの雷をドカンと落とせばオーケーです。そして好きなだけ飛んでください」
アサギは、リリアの現状に対してそう説明した。眠くなるのも、妖力量の成長の関係なのだという。
「姫様の、仔狐の歯も成長期という大事な時期に入っています」
チェックしてアサギが言った。
「ああ、それでむずむずする感じがあるの? これ、時々ムズムズッて強くなって、イラッとするんだけど」
「狐姿で何かをバリバリ噛んだりしてやると、スッキリして少しの間はなくなりますよ」
「やだ。父様をぎゅーっと出来なくなるからっ」
「リリアッ、なんて可愛いことを言ってくれるんだ!」
わーいとツヴァイツァーがリリアを抱き上げた。抱き付き癖は、一緒に暮らせない母の分も甘やかしまくっている父のせいでもある。
そのそばで、アサギが使用人達に世話の指示説明をしていた。メモを取って聞き入った料理長は、リリアのいつもの食事に、固めに焼いた鳥の丸焼を必ず付けるようになった。
そんな日々が一ヶ月続いたのち。
「……まずいな。どうしろってんだよ」
ツヴァイツァーが、苛々した様子でテーブルに置いた手紙を指先で叩く。
王宮から届いていた手紙の内容が、ぜひ第二王子との婚約を前向きに考えてくれないだろうか、という明確な文面に変わったのだ。
「しつこいなと思ったら、うちが婚約者の筆頭候補だったのか?」
「その可能性も十分ありますね。もとより、ウチ狙いだった、と――旦那様がそっけない返事を出されるので、しびれを切らした感じでしょうね」
相談で呼び出されたアサギが、冷静に分析してそう述べた。
ここはツヴァイツァーの執務室だ。今回、手紙の件で家族会議をすべく、当事者である十二歳のリリアと、伯爵家執事の黒狐アサギも同席していた。
「恐らく国王達の方としては、妖怪国との結びつきが強くなった伯爵家と繋がりを作りたいのでしょう」
「この長々とした鬱陶しい手紙を見ていると、そうなんだろうなってのが、俺もようやく分かったよ」
髪をガリガリやったツヴァイツァーは、困ってはいるが苛々もしている、といった様子でアサギに相槌を打った。
手紙は、これまで以上の長文となっていた。
そこには『婚約は双方にとって悪くない』という説得部分が、よりよく強められてだらだらと書かれてあった。
とうとう本心を見せてきたかと、リリアの怒りは爆発しそうだった。家同士がどうのとか、今後の双方の関係が、と綴られているのも大変気に食わなかった。
ひとまず婚約をさせて交友をもたせる。
そこで愛が育てば、結婚までさせたい――と国王達は考えているようだ。
「ひとまずって何よ、そんな気持ちもない中で婚約して、結婚とか……サイテー!」
あやかしの世界では、まずないことだったせいで血的に嫌悪感もすごかった。
――しかも、相手はあやかしを嫌っている王侯貴族だ。
今回、とても長々と続いた手紙は、第二王子のことも書いてあったためだった。国でも数少ない高魔力の持ち主であり、国でただ一つの称号『最強の魔法使い』を受ける可能性があるという。
もし大妖怪であるリリアが妖力を暴走させたとしても、彼なら抑えられるだろう。いい話だと思うのだ、という意見まで綴って婚姻を推していた。
「こんなの、ただの都合じゃない。それで納得すると思っているの?」
当事者である子供達の意見が、全く無視されている。しつこいとは思っていたが、会ったこともない半妖の令嬢を婚約者にあてようとするなんて、馬鹿なのではないか?
するとリリアの胸中を察して、アサギがこう言った。
「ぶっちゃけますと政略結婚ってやつです。あれから二年、絵姿を送ってこいとも要求されていませんし、清々しいくらい政略的な婚約の打診ですね。普通なら権力で圧をかけてきますが、今回はウチ相手なので、力技で押し通すわけにもいきませんし?」
「第二王子は、政略的なものだと知っているのかしら?」
「知らされていると思いますよ。国のためだから婚約しろ、と周りの者達に言われてもいるんじゃないですかね。いいですか姫様、人間の貴族ってのはドロドロなんです。政治的なメリットがあるから家同士で結婚をさせる。愛人を持つ、それがあちらさんのやり方なんです」
だから今回、提案という形で国王達の総意が綴られた。前向きに考えた上で、お見合いをさせてみませんか、と。
「私は絶対に嫌よ! 王子なんかと婚約したくないし、会いたくないっ」
リリアは、目の前のテーブルを思い切り叩いた。
外の人達に好かれていないことは、幼いながら肌で感じていた。使用人や領地のみんなが大好きだ。でも――だから、人間全部を嫌いになりたくない。
父のツヴァイツァーが、ふっと顔を上げて、心配そうにリリアを見た。
「リリア、もしかして君は」
「ううん、大丈夫よ父様。私、強い子だもの」
パッと笑ってごまかした。振り返った拍子に、リリアの大きな狐耳が一瞬緊張してぴんっと立っていた。
自分が父達と違っていることは、リリア自身がよく知っていた。その〝耳〟だって、そうだ。
でも、隠したりするものか。
それが、リリアのプライドだった。あやかしの母と、人間の父から生まれた。長い年月をかけて巡り合い、恋をした母と父は、彼女の誇りだった。
「何か方法はないの、アサギ?」
心配した父の視線を、自分からそらすべく話題を振った。
うーんと考えたアサギが、ふと名案を思い付いた顔でニヤリとした。開いた口から、大人の犬歯がギラリと覗く。
「思い切って、今回、姫様の絵姿を送ってみるのはどうです?」
そうアサギが言った。
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