(一章)お見合いの手紙、くる(3)

 それから、ツヴァイツァーとアサギによって、慎重に手紙の返事を考え書かれていった。


 これで断ってくれればいい、という望みを託して、便箋の裏、という相手方への嫌いさが分かるアサギの対応で、簡単にリリアの姿絵も描き添えられた。


「……なんか、全然可愛くないわ」

「姫様、我慢してください。俺だって心苦しいんです」


 そう言いながらも、アサギは「よーし、断らせてやりますわ」とノリノリだった。

 

 むっつりと目も細く、耳も威嚇した動物みたいに強調して描かれた。これで見合いの席を設けたいという知らせが、引き続きあるとしたのなら、あからさまに政治的なものだろう、と。


「まっ、俺の予想では、八割方以上の確率で諦めてくれないでしようね。形だけでも婚約を取りつければ、国内外への印象は悪くない。印象だけに狙いがあるとしたら、解消することが前提の婚約話をしてくる可能性もあります」

「その場合、結婚は本当に二の次ってことになるんじゃない?」


 リリアは、手紙を封筒に詰めていく手元から、アサギへと不思議そうな目を向けた。


「実際の目的が別だとすれば、二の次になるんですよ」


 手元から目を上げて、アサギはリリアへ答える。


「たとえば『半妖の伯爵令嬢』に、一番先に王族が接触したという事実が欲しいのではないか、とね。今のところ、あやかしの血を引き入れようと考える人族の貴族はいないですし」

「そうすると、友好関係だけでも、向こうにはメリットになったりするのか?」


 ツヴァイツァーが、考えるように手を顎へやって尋ねた。


「子供同士であれば、警戒を持たれないと考えて、第二王子殿下を向けようとしている、とか」

「その可能性も、あっておかしくないでしょうね。姫様は、貴族内の友達作りもまだですから。そうだとしたら陛下は、仲良くするようにと殿下を言いくるめていそうですよねぇ」

「腹黒い! 私、絶対に仲良くなんかしないわよ!?」


 想像して、リリアは獣耳の毛を少し逆立てた。腹の底で別のことを考えているような人間と、話せる気がしない。


「社交には、嘘も必要ですけどねぇ」


 アサギは、封筒の口をしっかりと閉めつつ、リリアの様子を横目にニヤニヤと見て言った。


「まっ、上辺の友人なんて、姫様には必要ないですから安心してください。どうせ人間界で過ごすのも、数十年そこらもないでしょうし」


 そう言ったアサギが、ツヴァイツァーへと視線を流し向けた。


「旦那様だって、数よりも質で友人を持って欲しいとお考えでしょう?」

「まぁな。俺がこの先も、ずっとそばについていられるわけではないから」


 ほんのちょっとだけ、ツヴァイツァーが寂しそうに笑う。


 リリアは、胸がきゅっとした。昔から、時々考えさせられてしまっていることだった。そして思い出すたび、意図的に考えまいとしていることでもある。


 ――いつか、人間の父を看取る日が来てしまうのだろう。


 そしてリリアは、その後も、ずっと長らく生き続けるのだ。


 見知った領民達も、老いて世代交代していく。そんな中で、恐らく自分だけが成人した姿で残されるのだ。


 そう考えていたリリアは、アサギへと言葉を続けた父のツヴァイツァーが、へたくそな愛想笑いを浮かべるのを見つめていた。


「社交の場で気を楽に話せるような、そしてリリアを助けてくれる友人ができればいいな、とは思っているよ」


 でも、そんな話してくれる人なんて、はたしてできるのか?


 まだ見ぬ都会や王宮に、ずくりと不安が胸に込み上げる。


 その時、アサギができた手紙を持って立ち上がった。


「えぇ、そうですね。俺も旦那様と同じ意見です」

「ほんとかよ、吐息交じりだぞオイ」

「それは旦那様の気のせいですー。とりあえずは、ブチ切れて雷撃をかますところを、完璧にコントロールしてもらわないといけませんね。魔法を使える人間も少ないですし、弱い子供だったら確実に重症になるレベルですから」


 打ち解けた会話を続けつつも、ツヴァイツァーがベルを鳴らして使用人を呼んだ。アサギが扉の方で、対応にあたって手紙を渡した。


 そんな中、リリアは、ふと皮膚をつつくようにパリッと妖力が走るのを感じた。


 あ、これは庭に行って発散させなければならない。そう思って動こうとしたのだが、それよりも早く、不意に鼻がむずむずっときた。


 使用人を見送ったアサギが、振り返った直後に身を強張らせた。


 その一瞬後、アサギが慌てて変身術を解いた。美しい毛並みの黒狐が現れ、長い二本の尻尾をひるがえし、ツヴァイツァーを守るようにテーブルの上に降り立った。


 ちょうどそこで、リリアは、こらえきれず可愛らしいくしゃみを一つしていた。


「くしゅっ」


 その瞬間、彼女の上を走り出していた電流が、バリリッと毛を逆立て強く弾け飛んだ。


 ツヴァイツァーの元へ飛んだ横走りの雷撃に、黒狐のアサギが赤黒い火を放つ。


 高温度に圧縮された炎の弾が、雷撃の威力を相殺した。それは強い風を起こして、双方の妖力が消える。


「く、くしゃみ一つで放電とか、マジ勘弁してくださいよ姫様!」


 全身の美しい毛並みを、ぶわりと立ててアサギが言った。しかし、慣れっこのツヴァイツァーは、はははと呑気に笑う。


「今日も、うちの娘は元気だなぁ。そういうとこ、オウカにそっくりだよ」

「旦那様、はっきり言いますが、オウカ様の放電もシャレになりません。恋人だった頃、森の木々を数本吹き飛ばしたのをお忘れですか」


 喋る狐と化したアサギが、おいコラてめぇ何言ってんだと、器用にも獣の前足でツヴァイツァーの胸倉を掴んで言い聞かせる。


「ごめんなさい」


 リリアは申し訳なくなって、鼻を啜りながら二人へ素直に謝った。

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