第28話 無意識の内に

 「空腹で倒れたっていうの?」


 仰向けのオスカーの上半身を起こしながら、アメリアは拍子抜けしたように問いかける。


 「そうか…空腹の感覚は久しぶりだ」


 アメリアに支えられて、脱力したまま独り言のように呟く。


 「どうして…?進人種サクリファイスに食事の必要はないはずよ」


 同じ進人種であるアメリアにも、理解できないのだろう。確かに、オスカーは以前、食事を必要としないと言っていた。


 これまでも、食事をしないままで問題なかったはずだ。空腹の感覚を忘れてしまう程なのだから、そこに疑いはない。それなのに今になって空腹で倒れたてしまった。


 「ルカ、お腹空いていないかい?」


 脱力した情けない姿のまま、こちらの体調を気遣ってくる。


 「確かに、お腹は空いてるけど、まだ大丈夫」


 オスカーは「そうか」とだけ言って、集中するように目を閉じた。


 その間もアメリアは、オスカーを支えたまま、首を傾げている。


 「もう大丈夫だ。空腹の感覚は無くなった」


 しばらく目を閉じたままだったオスカーは、自分の力で起き上がりながらそう言った。


 「アメリア、今のは?」


 未だに腑に落ちない。といった顔のアメリアに、今起きたことの説明を求めた。


 「空腹の機能を失くした。と言えば、分かりやすいかしら」


 「どういうこと?」


 「進人種は、必要な機能を新たに身に付ける事が出来るのだけど。逆に、不要な機能を失くす事もできるのよ」


 要するに、たった今、空腹の機能が不要だから失くした。ということだろうか?


 「食べられる物を探そうか」


 二人で状況を整理していると、この状況を生み出した張本人が話の流れを断ち切った。


 「そうね、食べられる野草の知識はあるわ」


 俺のお腹が空いているということもあって、アメリアも、提案自体には賛成のようだ。


 幸いにもこの付近は、比較的に緑が多く、探せば食べられる野草も見つかるかもしれないらしい。


 俺とアメリアがペアになって、一人でも安全なオスカーは、別の所で二手に分かれて探すことになった。


 「ねぇ、ルカ」


 二人きりになったのを見計らって、アメリアに呼び止められた。


 「なに?」


 「さっきの事なんだけど」


 食べ物を探す提案により、流れを中断された話しを持ち掛けられた。


 「本来なら、食事の必要がないから、空腹になる事自体がないのだけれど」


 空腹の感覚以前に、空腹にすらならない。ということが言いたいのだろう。


 「じゃあ何であんなことに?」


 「私にも分からない、何か心当たりはないかしら?」


 「心当たりか…あっ⁉」


 オスカーと出会ってからのことを思いだしながら考えていると、一つだけ当てはまりそうなことが浮かんだ。


 「そういえば…」


 以前、俺が空腹で動けなくなった時のことをアメリアに説明した。


 (僕にも、空腹の感覚があれば気づいてあげられたんだが)


 「そんな事を…」


 人差し指を頬に当てながら、アメリアは考え込んでいた。


 俺としては、関係があるか分からないけど、進人種のアメリアにとっては、一考の余地がある。といった感じだ。


 「もしかしたらだけど」


 考え込んだ後、一つの予想として、アメリアなりの解釈を披露してくれた。


 「ルカと行動する以上、空腹のタイミングを知る事が必要と判断して、新たに空腹の感覚だけ身に付けた。という感じかしら?」


 もしかして、俺のために?


 「待ってよ、そうだとしても、本人でも分かっていないみたいな反応だったよ」


 倒れてから、空腹だと言われるまで、自分でも分かっていないような素振りだった。


 「それじゃあ、無意識に必要だと判断したのかしら」


 無意識に判断?何だか矛盾しているような気がするけど。


 腑に落ちない。という考えを読み取ったのか、説明を補足してくれた。


 「複雑な事なのだけれど、心と身体が別々に判断していて、自分で意識している感覚が無くても、いつの間にか行動を起こしている感じかしら…?説明するのは難しいわね」


 分かるようで分からない。痛みを感じるまで、怪我をしていることを認識していない。という感じか?確かに説明が難しい。


 「とにかくオスカーは、俺の空腹に気付けるように、自分も空腹の機能を無意識の内に身に付けていたってこと?」


 「そうかもしれないって事よ」


 無意識に機能を身に付けている。一体どんな感覚なんだろうか?

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