第22話 過去での出会い
『オスカー・ロバーツ』
忘れるはずがない、あの時助けてくれた恩人で、優しい声色で微笑む、あの笑顔を。
終末への第一歩を踏み出してから二年。地上はまだ人間が住んでいた。いや正しくは、地上で恐怖に怯えながら、隠れて過ごしていた。
一部の人間達は、地下に居住区を築き上げて、地上の恐怖から身を隠すように暮らしていた。
生活する空間にも限度がある為、地下に入りきらない人間達は、未だに地上を彷徨う事になっていた。
私、アメリア・ハーヴェイもその一人だ。
天変地異が起きたという日からも、人類存続の為に子供のいる家族には、ほんの僅かだが支援が施されていた。だが、それも今は無い。
私の両親は、僅かな食料を全て私に捧げて、餓死していった。
両親の「もう食べたから」という、優しい噓を信じていた、幼かった自分の愚かさを悔いているが、同時に、その優しさを他の誰かにも分け与えていきたいとも思った。
「お姉ちゃん、疲れたよう」
当時、13歳だった私を、姉と呼ぶ、8歳くらいの孤児の少女に、腕を掴まれ歩みを止める。
「ミア、ここだと危ないから、もう少し頑張って」
少女は、小さい声で「うん」と返事をして隣に並んでくる。
この少女と血の繋がりはない。私と同じく、親を亡くして、地上を彷徨っていたところを私が保護しているだけだ。
保護していると言っても、身を寄せ合って行動しているだけではあるけど、幼い少女が、一人でいるのが放っておけなかった。
私達は、どうにか受け入れてくれるコロニーを探している最中だった。
当てがある訳ではない、だけどそうするしか生きていくには過酷すぎるからだ。
「ミア、あの建物の下で、少し休みましょう」
しばらく歩いていると、休めそうな場所を見つけ、ミアと共に建物の所まで移動する。
建物は、壁と屋根が残っており、身を隠しながら休むには、丁度良さそうだった。
中に入り、散乱した瓦礫の中にカーテンがあったので、それに二人で包まって眠る事にした。
眠っている最中に、外から雄叫びが響いてきて目が覚めた、すぐにミアを起こして逃げる準備をする。
たぶん
地上での生活を脅かす怪物。
試作型がいる。
試作型は、猛獣と変わらない。本能のままに行動する。
何故か人間を敵と認識して襲ってくる。対抗する為の武器でもあれば追い払う事も可能だろうが、そんな物は持ち合わせていない。どのみち、子供二人でどうにか出来る相手ではない。
「ミア、音を立てないようにね」
壁の隙間から外を確認しながら、側にいる少女に言い聞かせる。
このまま、建物の中で身を潜めていれば助かるけど、万が一中に入ってこられれば逃げ道はない。
いつでも動けるように外の様子を伺う。雄叫びの響き方からして、それほど近くではないはず。そう思っていた。
建物の出入口から外を確認すると、すぐ近くに一匹の試作型がうろついていた。
たぶん、雄叫びをあげていた試作型とは、別の個体だ。
どうすればいい?想定よりも近くに試作型がいる。このまま建物の中で身を隠していれば、離れてくれるか?それだと、中に入られたら逃げ場はない。
留まるか逃げるか、その二択に逡巡している間に、ミアは不安そうに、私の手を弱々しく握っている。
弱々しい姿に「守ってあげなければ」という思いが駆り立てられる。
この場から逃げよう。そう決心した。
逃げられる保証はない。だけど、ミアの不安そうな姿を見て、早くこの状況を打開してあげたい。そう思ってしまった。
「ミア、音を立てないように、ゆっくりついてきて」
うろついている試作型の動きを確認しながら、常に建物の反対側に周り続けて、動きを止めた隙を見計らってこの場を離れる。
上手くいけば、瓦礫に隠れながら逃げられるはず。しかし、そう上手く行かなかった。
建物の反対側の試作型、それとは別の個体が、建物の角を曲がった時に、もう一匹姿を現した。
先ほど雄叫びをあげていた試作型かもしれない。
迂闊だった。目の前の試作型に気を取られて失念していた。
状況は最悪だ。建物の反対側に周り続ける作戦のせいで、出入口から離れてしまった事と、後から現れた試作型は、既にこちらを補足していた。
ゆっくり距離を縮めてくる試作型。恐怖で震えながら手を握るミアを守る為にはどうすればいい?
(ミアを守る)その事を考えればこの手段しかない。
「ミア、私が引き付けるから、あなたは逃げなさい」
私が囮になる。そうすれば、ミアだけでも逃げられるかもしれない。
昔、両親が自分の身を犠牲にしたように、私もミアの為に囮になる。
死にたくはない。だけど、自分を犠牲にする優しさを、両親から受け継いでしまったのかもしれない。
「でも・・・お姉ちゃんが・・・」
弱々しく私を気遣う少女は、一人で逃げる事をためらっている。
また一人になる恐怖からか、私を囮にする後ろめたさからか、もしくはその両方か。どのみちこのままでは、二人共死ぬ。それなら、幼い少女を守れる選択をする、ただそれだけの事だ。
私は、意を決して、試作型に向かって歩み始めようとした時。
「動くな」
建物から少し離れた所にある、瓦礫が積み重なって崖のようになっている山の上から、男の声が響いてきた。
その男は、瓦礫の山から飛び降りて、私達と試作型の間に着地して、そのまま試作型に向かって突っ込んでいった。
男の腕は、おとぎ話の竜のような爪を生やし、肌は鱗に覆われたいた。その腕を試作型に突き出して、鋭い爪で切り裂いた。
切り裂かれた試作型は、血を流し、力なく倒れ伏せてそのまま息絶えた。
動かなくなったのを見届けた後、男はこちらに振り返り、歩み寄ってくる。
腕は、いつの間にか人間の腕に戻っており、近くまで来ると、膝を少し曲げて目線を合わせてから、微笑みを浮かべ、優しい声色で語りかけてきた。
「もう大丈夫だよ。恐くなかったかい?」
この時、まだ名前も知らなかった、優しい微笑みを浮かべる恩人。
これが、私とオスカーの出会いだった。
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