第16話 地下施設②

 「さっき言っていた抱っこを今してあげよう」


 ・・・はい?


 俺の方に振り向きながら、入口の扉を見つけた時の話しをしてきた。


 「いや、別に待ち望んでいたわけじゃ・・・」


 動揺しながらも拒絶の反応を示す俺に、かまうことなく、ゆっくりとオスカーは距離を縮めてくる。


 「大丈夫、恐くないから」


 いや、アンタが今一番恐いよ。


 ゆっくり距離を縮めてくるオスカーは、俺の目の前に来てから、片膝をついて腕を広げはじめた。


 とりあえず、この場から離れようとオスカーに背中を向けた瞬間、そのまま腕で身体を包み込まれた。


 「ちょっと、なにすんだよ」


 オスカーは、俺を抱き上げたまま立ち上がり、右脇腹まで移動させた。


 「そのまま僕の腕にしがみついておくんだよ」


 「だから、これ何?」


 右脇で抱えられて、宙ぶらりんのままオスカーに聞く。


 「このまま降りる」


 そう言って、エレベーターの扉の前まで移動しはじめた。


 「降りるって、壊れてるんじゃ」


 「だからこのまま降りるんだ」


 なんとなくだけど想像がついた。このまま俺を抱えて、飛び降りるつもりなんだ。


 エレベーターの底は、明かりのおかげでなんとなく見えるけど、結構深い。少なくとも、普通の人間が落ちれば、ただじゃすまない。


 進人種サクリファイスのオスカーならどうにかなるかもしれないけど、俺は普通の人間だ。なのに、俺を抱えたまま飛び降りようとしている。


 「よし、行こう」


 そう言うと、俺を抱えたオスカーは、床のないエレベーターの中に飛び込んだ。


 「ちょっ、まだ心の準備がっ・・・」


 一瞬、身体を浮遊感が包み込んだけど、その直後に、落下の際の風圧が感覚を支配した。


 落下中はとにかく、衝撃に備えて身体を強ばらせて、オスカーの腕にしがみつくことしか出来ない。


 目をつむって着地の時を待っていると、壁を削るような音が聞こえ、落下速度が緩やかになっていく感覚があった。


 そのまま落下していき、身体が下に引っ張られる感覚が一瞬おきた後、目を開いた。


 どうやら着地は、成功したようだ。


 腕で抱えられたまま、オスカーの反対側の腕を見ると、変形した状態になっていた。


 壁が削れる音は、爪を食い込ませて、落下速度を落とす為のものだったようだ。


 「楽しかったかい?」


 俺を抱えたままオスカーは、能天気なこと聞いてきた。


 「俺も、怒る時くらいあるからね」


 普通に怖かったし、せめて心の準備くらいさせて欲しかった。


 反省したのかオスカーは「すまない」と言って、ゆっくりと俺を床に下ろした。文句を言いたい気分だったけど、無事に着地出来たので大目にみておくことにした。


 寛大な心でオスカーを許して、辺りを見回すと、エレベーターの扉の先は、そのまま部屋に繋がっていた。


 中は、研究施設と言うには、思ったより狭く、人間が30人ほど入れる程度の広さだった。


 中央には、長い机が置かれていて、その上には、紙が散乱している。そして、壁際には、たくさんのボタンがついた装置とその隣に、人が入れる大きさの透明な筒状のケースが、部屋の端まで並んでいた。


 ケースの中は、空になっていたけど、端から順番に見ていくと、部屋の角にあるケースだけ何か入っているようだった。


 オスカーと一緒に、そのケースまで近づいて見てみると、その中身は、ケースいっぱいの液体と、目を閉じたままの人間が眠ったように入れられていた。

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