第6話 違和感

 安堵感からくる涙。それはすぐに治まった。


 優しく気遣う男の手のひらが、落ち着くまでの心の揺らぎを抑える手助けをしてくれたからだ。


 「あの・・ありがとう」


 「もう大丈夫かい?」


 「うん」


 そして、優しい声色。


 先ほどまで、鋭い爪を生やし、光沢のある堅そうな皮膚をした異形な左腕は、人間の腕と変わりない見た目に変化している。


 その左腕が、涙を流していた俺の心を、落ち着かせるための所作をとっていた。


 (あれは、何だったのだろうか。)


 そんな疑問が、落ち着きを取り戻した頭によぎる。


 人間と変わらない見た目、にも関わらず変形する左腕。


 もちろん人間である自分にそんな機能はない。


 だとすれば、地上の獣なのか?


 そう結論付けるには、助けてくれたという事実が否定する。


 きっと考えるだけでは答えがでない。


 「さっきの左腕は、どうなってるの?」


 会話をしてみる。


 それが一番確実で、手っ取り早い手段だろう。


 「あぁ・・これの事かい?」


 そう言って男は、左腕を胸元まで移動させ、当然のように変形させた。


 肌の表面から浮き出るように、腕から指先に向かって変化していく。


 間近で見ても原理が分からない。


 「どうなってるの?」


 「必要な時に変えられるだけだよ」


 さも当然のことのように返される。


 それだけ本人にとっては、特別なことではないのだろう。


 「そういえば、自己紹介がまだだったね、僕は、『オスカー』君は?」


 「俺は、『ルカ』だよ」


 なんだか自己紹介で話しをはぐらかされた様だった。


 「少し場所を変えようか、君は少し休んだ方が良さそうだ」


 そう言ってオスカーは、ついてこいという様に、背中を向けて歩き出した。


 そういえば、獣に襲われる前は、休んでいる最中だった。


 それを思い出すと、身体に疲れが押し寄せるように、やってきた。


 しばらく歩くと、分厚い板のような壁と屋根に覆われた場所にたどり着いた。


 オスカーは、中を確認すると俺を招き入れた。


 瓦礫をどかし、一人分の寝転がれる場所を確保して、俺をそこに誘導した。


 「ひとまず眠るといい、話しは起きてからでいいだろう」


 俺は、その言葉に甘え、すぐにその場で寝転がった。


 地上に出てから歩きっぱなしで、好奇心に駆られ、休憩を中断してまでとった迂闊な行動により、獣に襲われた。


 その疲労からくるまどろみが、波のように押し寄せてくる。


 羽織っていた茶色い布を、オスカーに被せられた俺は、目を閉じた。


 地上に出て、色んな発見をしたこと、獣に襲われ、オスカーに助けられたこと。


 眠りに落ちるまでの間に、今日起きたことを振り返る。


 すると、オスカーに出会ってから感じていた違和感が芽生えてくる。


 獣から助けてくれた時からずっと、オスカーは、優しくこちらを気遣う振る舞いを見せていた、だからこそ芽生える違和感。


 息絶えた獣を見下ろしていた時からずっと、オスカーの表情が変わらなかった。

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