第5話 獣を狩る男

 その男は、獣を見下ろし、無表情のまま佇んでいる。


 体格は、細身ながら俺よりも大きく、真っすぐ立っても胸元ぐらいまでしか届かないほどの体格差がある。


 髪色は、明るいブロンド色で、肩に届かないくらいまで髪の毛は伸びている。


 足元は、足首まで覆う黒い履物を履いて、暗めの灰色で上下、色の揃った服を身にまとい、その上から茶色い布を羽織っている。


 見た目だけなら自分とあまり変わらない、体格が大きいだけの人間の男に見えるだろう。


 しかし、その男の左腕は、人間と呼ぶには異形のものだった。


 肘より先までしかない袖口から除く腕は、光沢のある堅そうな質感で、乾いた木の皮のような模様の肌が手の甲まで続き、指は鋭い爪のようになっている。


 その男は、血を流し、地面に横たわる獣が息絶えるのを見届けると、こちらに視線を向けた。


 男は、身体ごと向きを変え、こちらに近づいてきた。


 先ほどまで異形な見た目をしていた左腕は、膨らんだ袋から空気が抜けるように形を変え、人間の腕と手のひらと同じ姿に変わっていた。


 「あっ・・えっと・・」


 先ほどまで迫っていた死の恐怖、それに加え理解が追い付かないほどの目の前の現実に、頭の整理が出来ず、意味のない言葉を発することしかできない。


 しかし、警戒を完全に解くことはできない。


 目の前の男もまた、未知の生物と変わりないからだ。


 身体の一部が変形する人間など見たことがない。


 何より、あの地上を支配する恐ろしい獣を殺したのが、この男だからだ。


 襲われる寸前、目を瞑っていたから確信がある訳ではない。


 しかし、目を開いた瞬間の視覚からの情報から察すれば、その結論に至る。


 地上の生物、そして、普通の人間ではない存在。


 それらの要素から、この男もまた、先ほどの獣とはまた別の獣ではないか、という考えが頭に浮かぶ


 助けたのではなく、獲物の横取りをしただけの可能性。


 警戒心から様々な考えが頭をよぎるが、それは杞憂だった。


 「ケガはないかい?」


 優しい声色で言葉を発したのだ。


 「うっ・・うん・・大丈夫」


 「そうか・・・君は人間かな?」


 「そう・・・だけど・・・」


 会話が成立している。


 言葉を発する以上当然のことであるが、先ほどの腕を変形させたという事実が、理解を阻害する。


 「僕は敵じゃないから心配しなくてもいい、襲ったりしないから」


 こちらを気遣うように語りかけてくる。


 「助けてくれたの?」


 「あぁ、危ないところだったね、恐くなかったかい?」


 「こわ・・くない・・」


 視界がぼやけはじめる。


 先ほどまでの恐怖。


 そして、優しく気遣うような男の声に、強ばったままの身体と緊張感がほどけていき、安心感が生まれた瞬間、涙が流れはじめた。


 流れる涙を隠すように、俺は俯いて泣き声をあげるのを我慢する。


 目の前の男は、俯いて泣くのを堪える俺の頭に手を置き、何も言わず優しく撫でながら、落ち着くまで見守っていた。

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