第3話 邂逅
何もない。
それが、期待と希望に胸を躍らせて飛び出した、新しい世界への感想だった。
壁はなく、天井もない、それ以外は広い空間があるだけで地下とあまり変わらない。
「人がいないぶん、地下よりひどいんじゃないか?」
口に出して言ってみたら余計に虚しくなってきた。
具体的な物を期待していた訳ではない、地上にいけば何かがあるかもしれない、という期待を持っていただけだ。
しかし、期待を大きく下回る目の前の世界に、失望と脱力を禁じえないというのが本音だ。
「いや、歩いていけば何かあるかもしれない」
何もない景色、だがそれはどこまでも広がっている、ならこの先も何もないとは限らない。
まだ地上に出ただけ、この地上を冒険し何か新しいものに出会える、そこに期待を抱くことにした。
俺はしばらく、当てもなく歩いてみることにした、これは冒険、地下から地上に向けて歩いてきたように、見たことない物、新しい物に向けて目的地を変えるだけだ。
とりあえず真っすぐ進んでみる、そしたら案外、見たことのない物に出会えるものだ。
景色はあまり変わらない、しかし地面に転がっている物は、近くで見てみると興味深い物だった、地下の天井よりも高い岩の塊のような壁だったり、土がかぶって地面の一部のように見えていたものも、見たことがない材質で出来ていたり、硬い材質の棒のようなものが、規則正しく並んでいたり、歩いていくほど新たな物を見つけることができた。
「やっぱり、地上には知らない物がいっぱいだ」
作物の世話や、言葉を教わっていた時もそうだけど、知らないことを知っていくことことは、楽しい。
地下にはもう、知らない物や知らないことは無かった、生活に必要なことしか地下には無かったからだ、だけど地上には、見たことのない物が溢れている、知らないことがたくさんある。
新しい世界での冒険、興味を引く地上の物体、好奇心を満たす数々の体験、それらに出会う刺激は、次々に上書きされていく、さっき見た物、今見ている物、遠くに見えている物、そうやって興味はどんどん移っていく、それは地上に出たばかりの俺には楽しいこと、だがそれと同時にあまりにあさはかで、致命的な行いだった。
歩いていくうちに、さすがに疲労感を覚え、俺は少し休息をとることにした。
腰掛けるのに丁度いい高さの岩を見つけ、そこに腰を下ろす。
その場所は、分厚い板のような壁で四角く囲われた、地下にもあったみんなに割り当てられた住みかのような場所だった。
「さすがに寒くなってきたな」
地下と違って常に風が吹いている地上は、元々気温が低いことも相まってどんどん俺の体温を奪っていく。
休息にこの場所を選んだのも、壁が風を防いでくれるからだ。
自分を囲う壁を眺めながら、さっきまで見てきた物を思い返し、休息をとっていると、壁の反対側、遠く離れた所から声のような音が響いた。
声といっても、自分たち人間が話す言葉ではなく、叫び声のような、しかし、人間の口からは聞いたことがないような音がここまで響いてきた。
「何の音だ?」
本来なら警戒をすることだろう未知の出来事、しかし、色々なものに出会い、好奇心を満たしてきた今の俺にとっては、この謎の音もまた、好奇心をくすぐる出来事だった。
「たぶん、こっちの方からかな?」
音が響いてきたであろう方角を確認しながら、俺は周りを見渡しながら少し急ぎ足で、謎の音の正体の下に向かった。
砕けた石のようなものが散乱する場所、高さが不揃いで分厚い板のような壁が、地面から生えているその場所で、謎の音の正体を発見した。
音の正体、それは見たことがないもの、しかし、全く知らないものではなかった。
地下にいた頃から聞かされていたもの、自分たち人間が、地下にこもって生活してきた原因。
見たことはなく、聞いたことがあるだけのもの、しかし、一目見た瞬間、目に映るその存在が“それ”であると確信した。
「あれが“獣“か⁉」
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