序章後編 進人種の男

 陽光の遮られた大地その地上は、常に寒冷地に等しい気温を維持している。

かつては温暖化などが問題視されていた時代もあっただろうが、今ではその心配もない。正しくは、その心配をする存在が地上から姿を消したからだ。無論、温暖化の原因を作った存在が、同一の存在ではあるが、何より温暖化の進行よりも早く劇的な環境の変化が訪れたからだ。


 今の地上に、人間はいない。かつて地上を支配していた人間は、地上を捨てて地下に居住を構える事になった。逃げるように、自分たちの造りだした新たな生物の脅威から、身を守るために。


 今の地上を支配しているのは、かつて人間だったもの。人間たちが世界を終わらせないため生み出した世界の希望、進人種サクリファイス、人間が研究と実験を繰り返し、人間を強制的に進化させた生命体だ。


 その生命体たちは、地上の過酷な環境にも適応できる身体に進化をして必要な機能を新たに身に付けていく。常に生物学的進化を続けていく人間を超越した存在だ。


 人間を超越した生命体。進人種が今の地上を支配している、しかし何故人間たちは、地下に追いやられる事になったのか。


 それは、進人種たちが暴走したためだ。


 なぜ暴走が起きたか、それはほんの些細な事だった。いや、人にはそれぞれ価値観がある、些細だと思う事も人によっては、重大である事もある。そんな出来事が引き金となり、一人の進人種が暴走を起こし暴れはじめた。そして、それを多くの進人種たちが目撃し連鎖的に暴走が広まった。


 常に進化を続ける進人種たちの心と精神は、人間のままだった。


 暴走を目撃した進人種たちは、精神的なショックを受けたのだろう(自分たちも同じようになるのではないか)と、そうして植え付けられた恐怖は、進人種たちの精神を蝕み、怯えさせた。


 必要な機能を身に付け常に進化を続ける進人種たちは、時に不要な機能を排除する。


 精神的なショックそれは、身体に苦痛を与えるもの、そう判断した瞬間、進人種たちは、心と精神を不要な機能として排除したのだ。


 その結果進人種たちは、人間らしい理性も失い動物的本能だけで行動を起こすようになった。


 人間たちは、そんな進人種たちを失敗作だと失望の目を向ける、それに対し進人種たちは、敵意を向けてくる相手と捉え、動物的防衛本能として攻撃を始めた。


 攻撃に必要な機能として、身体を獣のように変化させ、異形の姿に成り果てた進人種たちは、人間を敵と判断し襲いかかる。人間を超越した身体能力。そして、異形の姿に変化した身体、もはやただの人間にかなう相手ではない。


 天変地異の後、兵器と呼べる物は失われ、なす術もなく蹂躙されていく人間、そうして暴走した進人種たちは、地上を支配し人間は、地下に身を潜める事になった。


 こうして地上から人間は姿を消し、地上を進人種が徘徊する終末に向かっていくだけの世界が生まれてしまった。


 地下に身を潜める人間たち、終末を迎えるのを待つだけの世界、そんな世界で生きる者たちは、終末を迎えるまでのカウントをこうよんだ『終末暦』《しゅうまつれき》と。


 そんな終末暦を数える世界で、地上を徘徊する進人種たちを、理性を保ったまま、表情を変えることなく殺し続ける進人種の男がいた。


 男の名は、『オスカー・ロバーツ』


 暴走する事なく理性を保ったままのその男は、無表情のまま暴走した進人種を殺し、感情をよみ取れない表情のままつぶやいた。


「もう大丈夫、苦しまなくていい、僕が終わらせるから」


 そうして男は、また歩き出した。

 終末暦を数えるこの世界を、男は歩いて行く。

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