魔術師と鬼と獣

             ※※※


 海の上に軍艦が来ているのか?


 狙ったように集中爆撃を受ける中、雪弥はそれをよけながら思った。近くであったのなら、すぐに向かって一旦潰した方が早いのだが――。


「番犬よ! よそ見をしているところではないぞ!」


 舞う土埃の中、まるで唐突といった速さで怨鬼の拳が現われる。


 雪弥は反射的にとびのいた。海側からの砲撃に加えて、異様にスピードもある目の前の巨体な鬼の大将。実にやりづらい。


 近くで爆発し、周りを蠢いていた鬼の身体が弾け飛ぶ。小さな破片が一瞬にして吹き抜けて、雪弥の頬とスーツを裂いた。


「何が正々堂々だっ、ざけんな」


 つい、口調が荒くなった。雪弥は、足を地面にめりこませると、一瞬で前方へ加速して怨鬼の身体を足で打った。


 ――が、その巨体が吹き飛んだ一瞬後、雪弥の真横にミサイル砲が迫った。


「雪弥君!」


 どこからか、宮橋の声が聞こえた。


 ギクリとして慌てて飛び退いた。直後、近くに落ちて爆発した。飛んできた大きな障害物は爪で斬り裂いたものの、完全に全部はよけきれないとは分かっていた。


 小さい方の飛翔物に関しては、身構えて身体に受け止める。


「くっそ、さっきからまるで幽霊みたいな弾だな!」


 腹部にあたった瓦礫を払いのけ、雪弥は愚痴った。先程から、このように少し調子もおかしい。くる直前まで、感知できない砲弾などが紛れていたりするのだ。


 すると、吹き飛んだコンテナの下から、よけきれずに爆撃されていた怨鬼が復活して、のそのそ出てきた。


「対特殊筋用だ。我も、おかげで何発かかすっている」


 闘気溢れる笑顔で、うむと頷いて怨鬼が言った。


 なんだそれ、聞いた事ない武器だ。そもそもお前、今当たってたろ、と雪弥はすごくツッコミしたくなった。

 でも、かすっている事についてもまた事実だ。これまでを思い返すと、ぐいっと口元の血を拭い忌々しげに答える。


「そんなの、さっきから見ていたから知ってる」


 厄介なのは、怨鬼がやたら頑丈なうえ、驚異的な治癒能力を持っている事だった。致命的な大きな負傷であるほど、目に見えるくらいハッキリと〝再生〟する。


 それは本能的に、身体を生かそうとしての彼の能力でもあるのか?


 雪弥は飛んできた砲撃をかわすと、次の攻撃をしかけながら自分と同じく傷はある怨鬼を観察した。したたかに足を振り降ろしてみると、怨鬼が真っ向勝負するかのように両腕で防いできた。


 直後、ズドンッと地面に衝撃が伝わる。


 怨鬼が、呻いた拍子に口から吐血をもらした。それでも耐え、崩れ落ちる事はない。


「でも、こちとら頭にでもかすったら、洒落にならないんだよ」


 正直言うと、この軍艦案を考えた奴、特定できたのなら真っ先に殺しに行きたい。この状況下での突入とか性質が悪いし、この非常にやりずらい感じ、殺意が湧くレベルでめちゃくちゃ腹が立ってくる。


「証拠を残さないのが、我らの組織のやり方だ」

「だからってコレはないと思うんだよね」


 言い合いながらも、雪弥と怨鬼は再び接近戦を始めていた。


 こんなにも長く肉弾戦を続けた、というのもあまり経験になかった。向こうが、力比べみたいに全身でぶつかってくる。


 強靭な身体。それでいて〝切断〟を回避する器用さ。

 ――これが、存在している本物の〝鬼〟か。


 雪弥は、青い目を煌々と光らせた。先程からぶつかり合うたび、接近して気配を濃厚に感じ取るたびに、腹の底から言葉にならない不快感が込み上げる。


「それは我が、今も昔も獲物であるからだろうよ」


 攻撃を相殺し合い、睨みあった一瞬、怨鬼がニィッと白銀の歯を見せて嗤う。


「あ?」


 雪弥は、つい訝って品のない声を上げた。


「化け物退治の三大大家――その若き番犬。だから我とお主は、血で、もう合わんのだ。だから、我もお主を殺したくてたまらないわけだ」

「血でって」

「継承された血の記憶が、生きるためにソレを殺せと、耳元で煩く喚き立てる」


 そう、怨鬼が低く言った。


 よける事は想定済みだったのか、不意に怨鬼が、割れたコンクリートをしたたかに拳で打った。砕かれたそれが、猛スピードが突っ込んでくる。


 雪弥は、腕を振るって馬鹿力で弾いた。


「僕の中を、殺せ殺せと騒がしくしているのは、貴様の方だ」


 思わず、怒りを露わにそう言い返した時、またしても砲撃を受けた。


 一瞬、そちらをよける事へ咄嗟に気がそれた。近くで激しい爆音が上がる中、その飛来物に紛れて怨鬼が突っ込んできて、気付いた時には雪弥のわき腹をしたたかに打っていた。


 後ろにいた鬼共を巻き込んで、積まれたコンテナまで吹き飛ぶ。衝突の衝撃でコンテナが破壊され、雪弥を受け止めた一つのコンテナが大きく凹んだ。


 ――なんと、邪魔な火薬と鉄固まりの集中攻撃か。


 激しい物音を耳にした後、自分が吹っ飛んだせいだとようやく理解して、呻く。


「チッ。大砲を腹で受け止めたみたいな、拳しやがって」


 つい、言葉が悪くなる。久しぶりに、ぐつぐつと煮えるように痛い。もうどこが痛いだとか、そういった感覚はなかった。


 第一陣。その特攻を謳っているだけはあるのか。


 恐らくは、彼がもっとも頑丈で肉体の戦闘値も高いのだろうか。だがその特徴を表すかのように持久力はない。雪弥と同じくして、怨鬼もダメージは受けていた。


 見てみると、向かってくる怨鬼の身は傷だらけだ。大きな損傷口がじゅくじゅくと治癒するが、その治りは先程より浅い。


「そう悠長に休んでいると、死ぬぞ」


 鈍く光る赤い目で見据え、怨鬼が言った。


「番犬よ、人の思考を頭から切り離せ。本能に従うのだ。なぜ多く人の思考に戻る」


 そんな事を言われても、よく分からない。


 押し潰した背中の鬼共の死体から、雪弥は立ち上がった。ケホッと小さく咳き込んだ際、飛んできた邪魔なミサイルを空中で一刀両断する。


「――ふむ。迷いがあるのか」

「あ?」

「お前は背の後ろに置いた〝もの〟を、完全に信頼して思考から切り離しはしないのか」


 すっ、と、怨鬼の指が差した先に気付いて、意識が引っ張られる。


 ――向こうには、宮橋さんがいる。


 ずっと気を向けている事に、気付かれいるのだ。外から爆撃されるなんて、思ってもいなかったから。


 宮橋さんに怪我があったら。もし、死んでしまったら。

 だって彼は、自分と違って、弱い人間なのだ。


「ほれ。また、気を取られたぞ」


 ギシリ、と思考が動きを止めた一瞬、そんな声が聞こえた直後に全身を打たれる衝撃を覚えた。


 咄嗟にガードしたものの、そのまま雪弥の身体は吹き飛んだ。そのスピードに付いていった怨鬼が、先廻りをすると、上から両手を一気に振り降ろして地面へと打った。


 雪弥の身体が、超高速で落下してコンクリートを砕き割った。


 土埃を上げ、ようやく静かになる。


「もう、しまいか」


 続いて着地した怨鬼が、そう言うと、少し切れた息を整えながら拳を撫でた。


「それにしても頑丈であった。こんなに打ったのは、初めてである」


 確かに不覚だったのは認める。でも、何が悪い。


 ぴくり、と、雪弥の指先が微かに反応する。

 そばにいて、助けられないなんて、もう、あの大学生のような事はしたくないのだ。


 ――だって宮橋さんは、『助けて』なんて、言いそうにない。


 だから雪弥が、気をかけていないといけないって。そう頭のどこかで思ってしまったのだから、しょうがないのだ。


「放っておいても、死ぬか」


 まだ息を整えている怨鬼が、そう言ったところで、ふと気付いて宮橋がいる方を見上げた。


「気配を断つ術を解いて、良かったのか。魔術師よ」

「つい、うっかり、ね」


 強がりで笑った宮橋の手は、支えにしていた鉄骨の形が変わるほど握り締められていた。


 怨鬼が、獣のような赤い目を鈍く光らせたまま、ふうむと首を傾げる。


「手助けするかと思ったぞ」

「しないよ。僕は、中立だ。勝敗には手を貸さない」

「それにしては、強い殺気を感じたが」

「そりゃそうさ。迷いがあるから、そうなるだろうと予想していた経過だった。でも、実際に目の前にすると、思った以上に、クるなと」


 ギギギ、と宮橋が握るクレーンの鉄部分が、馬鹿力で更に形を変える。

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