知る者と、知らぬ者
ナンバー1は、慎重に確認した。
「つまり現在も、現場の状況を正確に把握できていない、と?」
「はい。報告よると、そのようです。ただ、もし殺戮モードに入っていたとすると、ナンバー4は、その……見境が利かなくなる事があるため、彼らも〝殺戮距離内〟には入らず、近くに町の者が近付かないよう対応に回っているようです」
その暗殺部隊の隊長は、以前、雪弥から直接その忠告を命令で受けてもいた。それはナンバー1達も、把握しているものではあった。
今、一番知りたいのは、雪弥が暴走に入っているのか否か、だ。
「ここ数日は、仕事をさせていないからな」
なんというタイミングの悪さだ、とナンバー1は髪をぐしゃりとかき上げた。でも、この短い期間ならば、殺戮衝動もまだ抑えられるはず――。
その時、中央の情報部の方から声が上がった。
「大変困惑しているのですが、その、敵艦の方も〝よく見えない〟んです」
「どういう事だ?」
「はっ。色々と映像や存在情報を取得しようとしているのですが、その、妨害電波でも出ているのか、どのモニターにもうまく映ってくれないんです」
その声を聞きながら、ようやくリザが動き出した。近くの画面を覗き込んだ際、その漂う色気に男性職員がゴクリと息を詰めてしまう。
「不思議ね。あれだけ派手に動いているのに、離れた位置からの目撃情報はあがっていないの?」
リザに尋ねられ、男性職員が首を横に振った。
「近くの一般人達も、鈍い光と音で、何かイベントでもやっているのかと不思議に思っている、とか」
「おい、『鈍い光』だと? これだけ攻撃されていながらか?」
「はい、ナンバー1。現場周囲から情報を集めようと思って動いてみたところ、そういう事になっていて、我々もいよいよ分からない状況に」
男の言葉は、続かなかった。
先程からずっと自分の仕事にあたっていた一人が、イヤホンマイクを口の前からややそらしながら「ナンバー1!」と呼んだ。
「どうにか信号をハッキングして、こちらから何度も呼び掛けていますが、現在も未確認の軍艦から応答はありません!」
※※※
広いホテルのラウンジで、二人の美しい男が休憩を取っていた。一人は西洋寄り、もう一人は東洋寄りの武人みたいな凛々しい目鼻立ちをした男だ。
――貫禄を漂わせてはいるが、実年齢が分からない方は、夜蜘羅(よるくら)である。
「始まったみたいだね」
でも、と囁き声を落とした彼が微笑む。
「大騒ぎになるかと思ったのに、残念だなぁ」
そのへんは何も考えていなかった、というような様子だ。子供みたいな無垢さと好奇心。しかし、その頭の中では自然と何十パータンを描いてしまってもいる。
それだと単につまらない。だから彼は、時々下の者が驚く、突拍子もない『笑えない遊び』をする。
「恐らく、魔術師がそばにいるんでしょう」
その向かいで、幹部メンバー中もっとも若い門舞(かどまい)が言った。
「〝理(ことわり)〟を熟知している者ほど、均衡が崩れるのを嫌うと言いますからね。でも不思議な事に、彼、いまだ〝僕の目〟でも全然見えないんですよ」
ティーカップを口元に引き寄せた彼を、夜蜘羅が見た。
「ふっふっ、目は大丈夫かい?」
気味の悪い笑みが、夜蜘羅の喉の奥で鳴った。
予想外で〝愉しかった〟のだろう。会合の中で、唐突に上がった悲鳴。その注目の中心にいた門舞を見た時、夜蜘羅が心配する表情を作るのを忘れていたのを、門舞は見ていた。
「おかげさまで」
門舞は軽く笑って答えた。唐突に流血して騒ぎになった片目は、既に応急処置がされていた。面白かったからなのか、気前よく彼に〝蜘蛛の糸〟で押さえてもらったから出血も止まっている。
そして、こうして一旦休憩を取って、ラウンジにいた。
――原因は、この世の〝理〟のルールを破った、その反転。
巨大な力のようなモノなのだ。その跳ね返ってきた力が、想定外の威力で牙を剥いて、門舞を打った。
どうやら今回動いた一件の状況を、利用されたらしい。
次にルールを破ったら〝理〟が敏感にも反応し、必ず〝咎め〟を落とすよう、巧みにも仕組まれていたようだ。
「見えない方の側、というのは厄介みたいだね。せっかく色々と用意してあげたのに、鑑賞できないなんてなぁ」
そう言った夜蜘羅が、当初からする気もなかったとは誰もが分かっている。
彼がやろうと望めば、こんなところで企業の社長として、仕事をこなして出席してはいないだろう。
「あなたが軍艦に仕掛けたモノと、少し似たようなものですよ。ただ、厄介なのは、その相手には物理的なカラクリがない事、ですかね」
「存在していないモノ、か。幽霊みたいに消えたり現われたり、記憶できたりできなかったりするモノは、私は生憎興味がないなぁ」
「あなたの自由にならないから、でしょ」
門舞もまた面白い一件だったので、処置された片目に血が滲むのも構わず、肩を揺らして笑った。夜蜘羅が「その通り」といたく満足げに笑む。
「目、潰れなくて良かったね?」
――本心なのか。それとも、からかいなのか分からない言葉。
でも、門舞だって〝どっちでもいい〟のだ。夜蜘羅がどう考えていようが、愉しければそれでいい。にっこりと微笑んだ。
「結界に干渉しようとして、その寸でのところで手を引きましたから、向こうに目を奪われずに済みました。ほんと、全然見えて来なくって」
そこで彼は、少し肩を竦めてみせる。
「見えない方のモノに、浅知恵で手を出すべきではないですね」
「領分が違うからねぇ。雪弥君、プレゼントした両方の鬼、喜んでくれるかな?」
すぐに夜蜘羅の関心は、別へと移る。テーブルに置かれてあった、包み菓子の一つをつまんで、鼻歌交じりに指先で遊ぶ。
その楽しげな様子を見て、門舞は秀麗な眉をやや困ったように寄せた。
「あなたも酷な事をする」
そこは、彼も少し同情するような笑みを浮かべた。誰に、どこの人に……とは明確にしない。
言葉を掛けられた夜蜘羅は、菓子の包みを解きながら言う。
「人間の副当主は、戦士部隊長であったと聞く。あれくらいで壊れてしまうようでは、話にならない」
でもまさか、早々に軍艦を丸ごと一隻ぶつけるとは、思わなかったわけで。
いや夜蜘羅自身なら、平気で生き残れるだろうけれど。
門舞は、そんな事を少し思って――けれど別に深く興味を抱くところでもなかったので、うんと一つ頷いて思考を終わらせた。
「その日本菓子、僕も頂きます」
「いいよ。はい、どーぞ」
わざわざ、今、夜蜘羅が包みから出したばかりの菓子を、門舞の掌(てのひら)の上に置く。
そこに置かれたのは、あまり見慣れない抹茶味のチョコ。
門舞は、なるほどと頷いた。
「包みを開いてみたら、あなたの好みではなかったわけですね」
「気分じゃなかったんだ」
あっさり認めた夜蜘羅は、続いて別柄の包みを開いて、ようやく発見した純粋なチョコ味を口に放り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます