魔術師の仕掛け
着地したポイントは、港沿いの一つに設けられた巨大倉庫のような場所だった。
いくつものコンテナが積み上げられており、潮風を受けて錆も目立った。荷役機器が、作業終了と共に放り投げられたかのように停められてあった。
「これ、必要な事なんですか?」
だだった広いその敷地の中、雪弥は周囲のフェンスに沿って歩いていた。宮橋はコンテナの後ろの細くなっているところも、避けずに進んでいく。
「まぁ、な」
やや間を置いて、前を歩く宮橋が心あらずといった様子で答えてきた。
集中しているのか、雪弥が尋ねてもずっとこの調子だった。考え事でもしているみたいな表情で、時々ぶつぶつと独り言のような何かも呟いている。
そして、気紛れのように、指先をフェンスに滑らしたりもした。
まだ午前中の時間だ。すぐに来客があるとも思えないので、雪弥はしばし宮橋の好きにさせた。彼の後に続きながら、敷地内の地理情報を頭に叩き込む。
「〝オン〟」
不意に、ぞわっと違和感が肌に触れた気がした。
呟きを放った宮橋の背に、バッと目を向ける。すると見越していたかのように、彼が軽く手を上げて雪弥に応えてきた。
「君が苦手な系統のモノだとは、分かっているよ。でも、これから何かが起こったとして、その騒ぎを外にもらさない、そして内側からも外へ出さないための準備は必要だ」
「……そのために、ずっとこうして歩いていたわけですか?」
先日にあった、廃墟での一件が脳裏をよぎる。
あの時も、結局は外に騒ぎが微塵もれていなかったようだった。帰りの道のりで、パトカーのサイレン一つなかったのを不思議に思ったものだ。
「〝無音状態〟と〝結界〟。僕が僕として可能である前者の方法、そして魔術師として可能な後者。今回は念には念を入れて、その二つを貼らせてもらった」
肩越しに、手ぶりを交えて宮橋に説明された。
「まぁ、ついでに別の仕掛けもやらせてもらったがね」
「はぁ。そう言われても、よくは分からないんですが……もしかして『魔術師風情』とかいう者への、仕返しも含まれていたりするんですか?」
「そのへんもきっちり仕組んだ。僕がこの結果内にいる間、手を出そうものなら〝相当痛い目をみる〟だろうね――違和感は、もうないだろう?」
宮橋が肩越しにちらりと見やって言葉を投げた。納得できかねるという表情をしていた雪弥は、視線を落として首の後ろを撫でる。
「確かに。あの一瞬だけでしたけど、余韻のぞわぞわが残ってます」
「文句を言うんじゃないよ。君がいちいち外を気にかけなくていいように、僕が舞台を整えてやっているのに」
雪弥は、ふっと宮橋の背に目を戻した。
次の場所を目指すように、宮橋がフェンス域から離れて歩き出した。ひらひらと片手を振って、言う。
「君は、バカで不器用なくせに、一度に全部を考えようとして、いちいち迷いのループにはまるみたいだからね」
そう告げた宮橋の明るいブラウンの目が、不意にこちらを振り返る。
「いい機会だ。荒治療とはよくいったものだが、こうして君らのところに、わざわざ引っ張り出された。ご指名を受けた相談役として、一つ、君の引っ掛かりを、すっきりさせてやろうじゃないか」
ねぇ、と宮橋が唇にあやしげな美しい笑みを浮かべた。
それは、なんだか兄の蒼慶が、時たま親族や社交相手に見せるものと似ていた。雪弥は反射条件のように背中がぞわぞわして、訊き返すタイミングを逃した。
やがて周囲のコンテナを見渡せる、だだっ広い敷地の中央まで来た。そこで宮橋が足を止めると、不意にこんなご所望を口にした。
「見晴らしの一番いいところに行きたい」
……これも、後輩(げぼく)か護衛役の仕事だったりするのだろうか。
そう感じた雪弥は、ひとまず「はいはい」と答えてコンテナの上まで移動した。そこから彼が希望している条件に合うところを探す。
「やっぱり、あそこかなぁ」
ひょいひょいっと移動して、雪弥は管理棟の天辺から手を額にやって眺めた。
船からの大型積み荷を下ろしていくためのものだろうか。クレーン型に近い作業用の固定型巨大機器が、そこには設置されてあった。
中央を、ここよりも近くで一望できる巨大な〝モノ〟だ。
横には鉄の梯子も設けられている。それはメンテナンス用もかねて、クレーンの折れたアーム部分の天辺まで続いていた。
ひとまず雪弥は、宮橋をそこへ案内する事にした。
「僕を抱えてジャンプしたら、許さないぞ」
「…………えぇと……うん、分かってます」
先を越されてそう言わてしまった雪弥は、苦し紛れにそう答えた。宮橋の疑い深い目が痛くて、ゆっくりと視線をそらした。
固定式の巨大機器の上に昇った。アームが付いている固定台の頭頂部までいくと、地上からはかなり高い位置だ。
「おぉ、なかなかに高いな」
だが宮橋は平気そうに言うだけで、すとんと鉄の足場に腰を下ろした。足元をぶらぶらさせて下を覗き込む様子に、雪弥はちょっと珍しいなと思ってしまう。
エージェントの仕事で連れた下ナンバーの人間も、このくらいの高さだと、雪弥がよく分からない事を言ったりするのだ。怖いだとか、落っこちたらひとたまりもないだとか……。
「着地すればいいのでは、と思っているのは君だけだからな」
隣に立って下を見下ろした雪弥に、間髪入れず宮橋が言った。
「君は、自分が思っている以上に厳しい上司感があるんだと自覚しろ。それが知っている〝家族や人〟だったら、どうするか考えてみたまえ」
「危ないから、そもそも昇らせませんよ。何を言っているんですか?」
「君こそ、真顔で何を言っているんだ?」
こいつ、という感じの目で、しばし宮橋が雪弥と見つめ合った。
時刻は、そろそろ正午頃か。高台の風を受けながら、しばらくの間ぼんやりと青い空を眺めていた雪弥は、「ねぇ宮橋さん」と暇がてら呼ぶ。
「こんなところで、ゆっくりしていてもいいんですか?」
ここに到着してすぐ、時間を無駄にしたくないかのように即、動き出していた宮橋を思い返せば当然浮かんでくる疑問だった。
すると、寛ぎ座っている宮橋が答えてくる。
「準備は整ったからな。いつ来てもオーケーだ」
「はぁ。だから悠長に構えているわけですか……」
「時間は知らないが、まぁ、ここにいれば、向こうから来るんだろう。三日後だと、あの大男は言っていたじゃないか」
確かに、あの大男は『三日後だ』と言っていた。
でも雪弥はとしては、待ち合わせ場所を指定したわけでもないので、なんだか変な感じもするのだ。
「ここに、現われますかね」
思わず、雪弥が呟きを落とすと、宮橋が一つ頷いて即言う。
「現われるさ。どこへ行こうとも追うと、わざわざご丁寧に教えてもきただろう。決まり文句とはいえ、〝それに間違いはない〟からね」
やれやれと宮橋が胡坐をかいた足に、腕を乗せて頬杖をつく。
その様子を、雪弥は青い目でじーっと見ていた。うーんと考えて一旦空を見上げる。
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