雪弥と宮橋、そして忘れていたこと(2)
『なら顔ぐらい出せるよな? 緊急事態発生だ。近くにいるやつら全員、強盗の逃走車を止めろと指示が出てる』
「僕は近くないなー」
『おい俺の言葉を遮る勢いで即答すんなよ! 嘘ぶっこくな、テメェの事だから優雅に自宅マンションで過ごしてたんだろッ』
「それこそ言いがかりだ」
宮橋が、ふんっと鼻息を吐く。
普段からの行動がたたって、そう三鬼に想像させているのだろう。なんか、ちょっと哀れな人だな……。
と、そのガラス玉みたいな目が、不意に雪弥を見た。
「雪弥君、失礼だと思わないかね。彼、こういうところがあるから、彼女の一人もできないと思うんだ」
『あっ、そうか例の研修の新人がそこにいんのか! てんめええええええ隣の新人になんてこと言ってくれちゃってんだ!』
「事実を」
『凛々しい声で断言すんな! 耳がぞわっぞわするわ! くっそ、業務連絡一つでストレスたまるとか……!』
気のせいか、向こうから『先輩落ち着いて』と、あのワンコ刑事の声が聞こえた。
『ああもうっ、とにかくだな! テメェの方が誰よりも見付けられるだろ』
「何を?」
『強盗の逃走者は車が一台と、二人乗りしたバイクが一台。ほとんどが二十代だったらしい』
「はぁ。僕は加勢するなんて一言も」
言い掛けて、不意に宮橋が言葉を切る。
しばし、考えるような間が空いた。雪弥が見守っていると、宙を見やりつつも前の車を二台追い越した宮橋が、ふっとこう呟く。
「ああ、なるほど。なんて悪運が強いんだろうね、三鬼は。それは〝僕らがこれから通過するところ〟か」
『あ? それ、ってのはなんだ?』
「いいだろう、ついでに手伝ってやる。この前、パトカーが接触したところがあっただろう。お前、真っすぐそこへ向かってこい。僕らは先に到着しているはずだ」
『あっ、おいコラ宮橋――』
そこで、三鬼の声が、ぷつりと途切れる。
宮橋に目で指示されて、雪弥が通話ボタンを切ったからだった。
「いいんですか? 途中なのに切っちゃって」
通信の途絶えた画面を見ていた雪弥は、目を戻しながら念のため確認した。
「問題ない。僕は、用件を言い終えた」
……いや、あなたの言い分じゃなくって、彼の言い分を聞かなくて良かったのかと、僕は確認したかったんですけど。
そう思いながらも、雪弥は宮橋の胸ポケットに携帯電話をそっと戻した。
「ついでだ、君にも仕事をさせてやろうと思ってね。言うだろ、人材と戦力は使いようって」
言いながら、宮橋が不服そうな顰め面でブレーキレバーを引っ張り、ハンドルを大きく切った。
国道で青いスポーツカーが、急カーブを切って反対車線へと移った。後ろからクラクションが鳴らされるが、宮橋は気にも留めず一気にアクセルを踏み込む。
ぐんっと加速感がした。雪弥は、助手席で揺られたのち、こう言った。
「それ、もっと他に言葉があった気がします」
「君の気のせいだ。せっかくの現役の軍人だ、なら僕が使ってやろうじゃないか」
「はぁ。国家の、というのなら宮橋さんも同じ立場では」
「馬鹿言え、君、月にいくらもらっていると思っているんだ」
雪弥は、そう言葉を投げられて、ふと黙り込んだ。
「――いくらでしょうね」
今更のように、ちょっと真剣な顔で顎に手をあてて考える。その隣の運転席でハンドルを握っている宮橋は、呆れた表情だ。
「君、ここ一番で真剣な表情だぞ。年上の先輩としてアドバイスしておく、数字はきちんと把握していた方がいい」
「はぁ、すみません。どうせ殉職したら使いようもありませんし。食べて、寝られるとこがあればいいかなって」
「後半が本音だな。君が、後先を考えているとは思えん」
ひどい言われようだ……。
その間にも、宮橋の運転する青いスポーツカーは、ぐんぐん他の車を追い抜いていた。減速することもなく、四車線の国道へと乗り上げる。
「協力してあげることにしたんですね」
雪弥が今更のように言えば、宮橋が「ふん」と鼻を鳴らした。大きく切ったハンドルを元に戻し、トラックを二台追い越す。
「まだ少し時間があるからだ。ついでの道中だしな」
「宮橋さんって、やっぱり優しいんですね」
「やめてくれ、反吐が出る」
褒めただけなのにこの反応……なんでだろうなと雪弥が思っていると、宮橋が続けて言ってきた。
「それに相手は、本物の銃を所持している」
「えっ、そうなんですか?」
「ここで止めないと、三鬼達が発見して追跡している途中、あいつの執念の追いっぷりにパニックを起こした青年達が〝誤って勢いで発砲する〟。だから先廻りで待ち伏せして、そいつらがくるのを待つ」
「ここを通るんですか? 逃走中の強盗犯が?」
確か車とバイクが一台ずつだったなと、電話での会話を思い返す。それに語られた宮橋の推測は、やけに詳細が鮮明のようにも思えた。
「なんで分かるんですか?」
ひとまずの三鬼の下りやら、発砲される危険性やらについては脇に置いて、そもそもな疑問を雪弥は口にした。
すると宮橋が、そんなことも分からんのかと言わんばかりの目を寄越してきた。
「そんなの、〝見えた〟からに決まっているだろう」
やっぱりよく分からない人だなぁ……と雪弥は思った。
やがて宮橋は、広い国道の中央あたりの路肩で青いスポーツカーを停車させた。
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