鬼と着物とその話(2)

「はぁ。よく分からないのですが」


 思わず本音を口にすると、宮橋が見当違いだとでもいうように笑う吐息をもらした。


「別に、君が〝そう〟考えるのなら、それでもいいよ。そもそも分からなくてもいい」

「また人の考えを読んだようなタイミング……」


 宮橋は、そんな雪弥の疑問の呟きを聞き流して、ギアを変える。


「僕はそうありたいと思った事はないけどね。とある魔術師に役目を押し付けられて、立ち位置的には『魔術師』だ。――魔術師ってのは、理解して欲しくてモノを語るわけじゃない。だから、内容によっては別に君が分からなくてもいいんだよ」


 それが、役目の一つみたいなものだから。


 そう続けられた言葉が、耳にこびりついた。雪弥は不思議に思って、しばし彼の大人びた端整な横顔を、じーっと見つめてしまう。


「そんな『怨鬼の衣』だが、僕は、その一つが置かれている場所にも覚えがあるんだ」

「え。そうなんですか?」


 唐突に切り出された宮橋の本題に、雪弥は少し目を丸くした。


「実在している『鬼の着物』というやつが、本当にこの地区に?」

「勿論、正真正銘の『怨鬼の衣』だ。仕事と趣味をかねて、そういったモノを収集して保管している奴がいてね」


 アクセルをやや強めに踏み込んで、宮橋の秀麗な眉がやや寄る。


「昨日、君に接触して来た、あの鬼一族の大男がいただろう」

「ああ、そういえばいましたね。三日後、だなんて、わざわざ〝予告〟されて言い逃げされました」


 思い出したら、胸に不快感が蘇ってきた。すると宮橋が「落ち着きたまえ」と横から口を挟んできた。


「ご丁寧に三日〝用意の時間〟をくれたと考えれば、都合がいいだろう。そいつとは別に、魔術に詳しい奴も確実にいる。実在していない物を引っ張り出す事は不可能、とすると、残される可能性は、そこから『怨鬼の衣』が魔術具として持ち出された事だよ」


 そういえば、昨夜の廃墟で魔術師がどうのと言っていた。おびき出したのも、あの鬼の一族とかいう大男と同じく、自分が狙いだったのだ、とか。


 ――とはいえ、腑に落ちない。


 雪弥は、車窓に腕をよりかからせて頬杖をつく。窓ガラスに、学生とも間違われそうな小さな顔が映り込んでいて、ちょっとふてくされたような表情が浮かんでいる。


「あんなモノを寄越される覚えも、全くないんですけどね」

「恐らくは、鬼の男とはまた別件の用だろうね。ついでに誘い込んだ感じもある」


 宮橋が、覚えがないという雪弥の意見については、肯定するようにそう言った。


「悪趣味であるのを考えると、ただただ前運動がてら、君に〝オモチャをプレゼント〟して、見物したかっただけのようにも思えるんだがね」


 まるで独り言のように呟かれる彼の声が、やや低くなる。


 雪弥は、ピリッとした空気の変化を感じた。頬杖をといて目を向けてみると、前方を睨み付けている宮橋の美麗な横顔があった。


「宮橋さん、もしかして怒ってます?」

「人を人だとも思わないやり口が、気に入らない。僕は魔術師として中立のつもりだけど、さすがに考えが変わりそうだ」


 言いながら、宮橋の手がハンドルをギリッと握る。


「向こうに味方している魔術師風情が〝この僕の〟裏をかいて、悠々と安全な場所で高みの見物をしているかと思うと、心底腹立たしい」


 この人、ただ、負かされた感じがして嫌だったりするのかな……。


 雪弥は、昨日今日過ごしてきた彼の性格から、判断に迷った。とはいえ、それが個人的な理由なのかどうかは置いても、明確になった点が一つ。


「宮橋さんが、一連の元凶共に対して怒っている、というのは理解できました」


 ここにきてようやく、昨夜まで宮橋が口にしていた『君に怒っているわけではない』という台詞を理解できた。


 言葉数が多いと思ったら、謎掛けのように少なくもある。


 うまく掴めない人だ。魔術とやらの下りについても、よく分からない。だが、少女を意図的に鬼化するために不思議な着物が使われたらしい、とは理解した。


「その着物が、持ち出されたのか否か。だからまずは、置かれているという場所に向かっているわけですね」


 前置きの説明もあって、それは正しく理解できた。その不思議な着物とやらが、本当に盗み出されているのかの状況確認も含んでいるのだろう。


 雪弥が吐息交じりに納得を伝えると、宮橋が鷹揚に頷いた。


「それが〝どの【母鬼の物語】の着物なのか〟特定出来れば、彼女(ナナミ)が、次に向かう先が分かる」


 その説明に、雪弥は「ん?」と疑問を覚えた。


「彼女が、自ら向かう先があるんですか?」


 ナナミは、夢でも見ているかのように漂っている感じではなかったのか。てっきり、昨日みたいに捜すのだろうと思っていたから、つい尋ねた。


 ふと、はじめて宮橋が、質問に対してやや間を置いた。


「【物語】というのは、過程と、行く先が決まっている、完成された一つの本みたいなものだ」


 次の信号がタイミングよく青信号に変わって、そのまま減速しただけでスポーツカーを街中へと曲がらせた彼が、そこでそう口にした。


「従わせるための暗示と、鬼化を進めるための強化の魔術。そうやって無理やり外から【物語】を、捲きで進められているとしたのなら――」


 ぷつりと、言葉が途切れる。


 その続きを、宮橋は語らなかった。

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