鬼と着物とその話(1)
青いスポーツカーは、あれから三車線の国道を真っすぐ走り続けている。
車の走行は、多くもなく少なくもなくといったところだろう。雪弥のいる助手席の車窓からは、向こうの町並みに立派な県警本部の建物も見えた。
「確信を持って車を走らせているようですが、目的地は決まっているんですか?」
ふと、雪弥はそちらから宮橋へと視線を戻して尋ねた。
「彼女が羽織っていた着物を覚えているかい?」
宮橋が、一度だけチラリと横目に見て確認してくる。
昨日、追いかけた廃墟ビルでもナナミの姿は見掛けた。その際の薄暗い中でも、やけに着物が鮮明に浮かんでいたのは覚えている。
「上品な柄の着物だったのは覚えていますよ。何か関係が?」
「もしかしたら、という推測が一つある。僕は、あの柄に覚えがあって、あの手の着物と想定したうえで考えると可能性はかなり高い」
宮橋が言いながら、ギアを切り替えた。
「普通、人が〝見えない領域〟に引きずられる場合は、いくつか条件がはっきりしている」
前の車を追い越して、次の車もあっさりと車線変更で追い抜いていきながら、彼がそう言った。
「まず、『言葉によってもたらされる情報』。そして『視覚的な情報』、『物』、『出来事』。だから、もし〝奇妙な事〟の被害を受けたくない場合は、どれも極力避けるに越した事はない」
そこで宮橋が、車の走行を安定させて横目に見てきた。
雪弥は、しばし考える。
「都市伝説とか、コックリさんとかいったものですかね?」
そういえば幼い頃、妹の緋菜が怖がっていた事を思い出す。中学生になった頃にもらった手紙で、学校で流行っているのがちょっと嫌なのだと泣き事も書いていた。
そう思い返していた時、雪弥の耳に宮橋の声が入った。
「まぁそういうものだ。――もしくは〝人を呪う事〟」
なんだか、後半の呟くような声が、やけに耳についた。
雪弥は、一瞬、奇妙な感覚を受けて目を向けた。すると宮橋が「それで、だ」と話を変えるように言ってきた。
「大抵、人ならざるモノへと変わってしまうものは、核になっている【物語】に引きずられて起こる」
物語。
それは彼の口から、たびたび聞く単語だった。本人が疑問に思う事もなく、全てその物語の主人公と同じストーリーを辿っていくもの、なのだとか。
「しかし、彼女がはじめに関わっていたのは『子』の骨だ。それなのに『母鬼』になりかけているという事は、原因は別の何かが関わって引き起こされている」
骨以外の物、と雪弥は口の中で繰り返して思案する。
「そうすると、やっぱり『着物』、ですかね」
思い当たる事と言えば、彼が先に口にしていたそのキーワードだろう。
不思議な感じのする着物だった。まるで幽霊みたいだという印象を覚えたのは、ナナミが私服の上から羽織っていたそれの印象が強かったせいもあるのかもしれない。
「まぁ、君にとっては、奇天烈な話だとは思うがね」
思い返していると、ふと宮橋が言う声が聞こえた。目を向けてみれば、肩をちょっと竦めてみせている。
「宮橋さんがあるというのなら、あるんじゃないですかね」
雪弥はそう相槌を打つと、「それで?」と彼に続けた。
「先程言った『柄に覚えがある』というのは?」
すると宮橋が、少し不思議がるような目を寄越してきた。じっと見つめられて、雪弥は小首を傾げてしまう。
「なんですか?」
「いや? なんというか大抵、そうやってスムーズに話を進めるような反応はされなくてね。君も、大概〝こちら側〟と無縁でないせいかな」
「はぁ。僕は、何かしら、他にリアクションを取った方が良かったんですかね」
あまり質問はするな、と先に言ってきたのは宮橋さんの方では、と雪弥はこっそり思ったりした。
宮橋は「まぁ別にいいよ」と言うと、座席に背を戻していった。少し車のスピードを上げて、のんびりと走っていた前の数台を追い抜いていく。
「彼女が羽織っていたあの着物は、恐らくは『怨鬼の衣』の一つだよ」
怨みに鬼、と語られているタイプの【変身物語の鬼】。
その女性達が着ていた着物は、ひとまとめに『怨鬼の衣』と呼ばれているらしい。有名ないくつかは実在していて、その中には〝存在を確認されていない幻の物も〟あるという。
「実在しているのか分からないのに、幻の物としてシリーズの中に入っているのも、不思議な感じがするのですが」
話を聞き届けたところで、雪弥は素直な疑問を口にした。
「目撃はされているんだよ。ただ、出現する条件が揃うまではこの世に現われないし、事が終わってしまうと、手元に現物として残らないタイプの物なのさ」
「現物として、残らない?」
「この世のものではない着物、と語られている。それは、その着物が元々は『本物の鬼』の物だった、とされているからさ」
この世の物ではなく、鬼が持っていた、物。
だから、この世界から消えてしまう? 雪弥は昨日、少女ナナミの姿を何度も見失った一件を思い返した。
「人じゃなくて、物まで……そんな事、実際あったりするんですか?」
「あるよ。本物の鬼の物であるのなら、それは〝見えない領域〟の物だ。用が終われば、元のあるべき世界へ帰還するから、消えてしまうのは当然の事なのさ」
そうざっくり宮橋が説明する。
雪弥は、やっぱり首を捻った。改めて説明されたところで、考えても分からない。
「消えてしまうのに、実在はしているんですね」
「その辺は、〝君達の知るところの〟魔術やら召喚に近いかもしれないな。実在はしていて、こちらの世界に引っ張られると誰もの目にも映る。だが起因するべき世界は、こちら側じゃないモノ」
含むような言い方だった。けれど雪弥は、そもそも魔術やら〝召喚〟やら、だなんて言葉を特殊機関でも聞いた覚えがない。
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