エージェント雪弥×怪異刑事の宮橋、二日目
地を駆ける。
何モノよりも速く、そして時に高く。ある時には、地を焼き続けるその黒い炎さえも突き抜けて、何モノよりも、遠くまで。
――けれど不意に、空気が変わる。
なんとも眩しい世界だ。唐突に引っ張り上げられたように突如、開けた視界の〝明るさ〟に、くらりとする。
その夢は、一体、何者の視点なのか。
脈絡の掴めない、ただの夢。けれど分かる事は、〝ソレ〟がとても怒っている事だ。首輪を付けて飼いならすつもりかと、激しく怒り狂っている。
そんな中、沢山の着物の人々が見守る間を、逆行で顔の見えない一人の華奢な少女が進み出て来た。
『どうか落ち着いて。私は※※※※よ』
笑い掛けた彼女は、その後、ソレに名前を付けて『※※※』と呼んだ。
世界が眩しい。どこを見ても毎日が飽きない――と〝ソレ〟は思考している。
何故なら、どこもかしこも光に溢れていて見えないところなどなく。そして目が眩みそうなほど、色も温度もめくりめく変わっていくから。
『ああ、〝ひさらぎ〟』
ソレは、なんという感情かよく分からない声で、そう口にする。
『そして初めての、我が友よ』
怒りは、とうに消え失せていた。ただただ誇らしげに地を駆けた。ならば、その妙な名で我を呼ばせてくれよう、とソレは答え――。
※※※
とても、妙な〝夢〟を見た気がする。
近くのファーストフード店で、雪弥は朝メシを食べながら、ふと思考が暇になった拍子に回想した。
内容は、よく覚えていない。
四肢で地を駆ける、何モノかの夢を見たような気はしていた。
数時間前、雪弥は、泊まった宮橋のマンションで起床した。適当に腹越しらえをする事になり、スポーツカーで近くのファーストフード店に立ち寄ったのだ。
朝の時刻、出入りする客は意外と多い。客層は社会人から学生まで幅広く、席についていた客の顔ぶれも、半ば慌ただしそうに変わっていっている。
県警もある都心のド真ん中だ。
入店した際、宮橋に『いつもこんな感じだよ』と教えられて、そうですかと答えたのは数十分前の事である。
「君がぼんやりしながら、スイーツまで全制覇したのが信じられん」
ふと、そんな声が聞こえて、雪弥は回想を終える。
見つめ返してみると、向かい側には食後のホットコーヒーを飲んでいる宮橋がいた。明るいブラウンの瞳は、窓から差し込む明かりでガラス玉みたいに見えた。
上品なコロンの香りがする。身支度を整えていた際、君もどうだ、と差し向けられた整髪剤からも、いい匂いがしていたのを思い出す。
ああやって見ていたら、ちゃんと大人なんだなぁと思ったものだ。
雪弥は、しばし黒いコンタクトをした目で宮橋を見つめ返していた。それから、ようやく感想が頭の中を去ったところで、問い掛けられた内容を考える。
「はぁ。すみません。あまりこういう店には入った事がないので、とりあえず、こっちのファーストフード店のも、一通り全部味見してみようかと思いまして」
「『とりあえず』でコンプリートしようとする奴は、初めて見たぞ」
コーヒーの入った紙コップを置き、宮橋がやや呆れたように後ろへ背をもたれる。
「まぁ、僕もたまにしか入らない。どれがうまいだとかは、分からん」
その時、二人のいる席の横通路を歩いていくスーツの男が、そう答える宮橋をちらりと見やった。バーガーを四つ、ぺろりと平らげていたのを見ていたからだ。
端整な顔立ちもあって、そして見事な食べっぷりでも余分に目立ってしまって注目を集めてもいた。しかし、二人は気付かないままさっさと店を出る。
腹ごしらえを済まして外に出てみれば、夏到来の日差しが降り注いでいた。先程よりも強くなった熱気と明るさを前に、宮橋がチラリと秀麗な眉を顰める。
「今日も、暑いな」
宮橋は手で日差しを遮り、指の間から青空を見やりながら言った。雪弥は、つられたようにして目を向ける。
「そうですね」
到来した夏の風が柔らかく吹き抜け、雪弥の灰色とも蒼色ともつかない髪がさらりと揺れていた。その下で、日差しが黒いコンタクトの奥の碧眼に映り込んでいた。
ほどなくして、二人はその場を後にすべく歩き出した。
駐車場に停めてあった、宮橋の青いスポーツカーに乗り込んだ。エンジンがかかると、すぐに冷房がかけられる。
「なんか、変な夢を見た気がします」
雪弥はシートベルトをしめながら、なんとなくそう口にしていた。
すると、隣から返事があった。
「おかげで、僕もひどい夢見だった」
まるで自分のせいだと言われたようにも感じて、雪弥は疑問府を浮かべた表情でそちらを見た。
そこには、ハンドルに手を置いて、じっとこちらを見つめている宮橋の姿があった。
「――不思議なものだな」
ぽつりと、宮橋がまるで独り言のように唐突に言った。
雪弥は、ちょっと首を傾げて見せた。昨日の今日で少し慣れたが、相変わらず発言やタイミングが不思議な感じのする人だ。
「何がですか?」
「何人もの人間が〝繋ぎ〟続けてきて、ようやく本来あるべき〝魂〟が器を手に入れた。それなのに君は、まるでこれまでの隊長と同じようにして、そこにあったりもする」
言いながら宮橋が、少し座席に頭をもたれかけさせた。癖の入った栗色の髪が、西洋人みたいな端整な顔にさらりとかかっている。
「君は、君自身を知るべきだろうか」
またしても、奇妙な台詞を投げかけられた。
雪弥は、不思議とそれが自分自身の意見を求める問い掛けだと分かった。何か、選択を提示されているような気がした。
――でも、結局のところ、その感覚も途端に曖昧になる。
何を確認されて、そう伺われているのか分からない。だから沈黙していた。ぼんやりと考えながら見つめ返していると、宮橋が視線を前へ戻し車を動かし始めた。
「君が知ったところで、彼らが心配しているようなことなんて起こらない気もするのだけどね。実際、君は、何も〝知ろうとしない〟し〝聞こう〟とも感じていない」
独り言のように思案げに言いながら、スポーツカーを車道へ出した彼が、ギアをチェンジする。
「それが良いのか悪いのか、僕は考えあぐねいている」
そう呟いた宮橋が、車の走行が安定してすぐ「さて」と言って、声の調子を戻した。
「彼女を捜す」
「例の、ツノがはえた中学生の〝ナナミ〟ですよね?」
鬼化が進んでいる、というのも非現実的な事象だ。けれど雪弥は、それを実際に間の当たりにもしていた。
いまだ、よく分からない事だ。
でも彼が〝そう〟だというのなら、もしかしたらあるのだろう。
雪弥は改めて思いながら、スーツの袖口を整えつつ思考を終える。ソレがなんであるのかを、ただの〝護衛〟で、サポーターである自分が深く理解する必要はない。
「また町中の捜索ですか?」
続けて確認してみると、宮橋がスポーツカーを国道へと進めながら頷いた。
「昨日も言った通り、彼女は遠くへは行けない」
そう答えた宮橋の目が、一瞬、ガラス玉みたいな印象を強めた。
「――もしかしたら、彼女を返してやれないかもしれないな」
ぼそりと、呟かれた言葉。
一人の少女が、無事でなくなる想像が脳裏を過ぎった。そんなの嫌だな……そう思ったら、雪弥は「どうして」という質問を口にする事ができなくなってしまった。
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