少女を捜して(1)

 その男は、とても優しい目をしていた。

 柔らかく碧眼を細めて、自分が守ろうとする人達と愛しい世界を眺める。それでいて迷いなく、その時代には珍しかった西洋の剣を握って部隊軍を率いた。


 面差しが似ているかと問われれば、『そうだ』とも答えられるのかもしれない。


 けれど、やはり全くの別人だ。幼さなどない、完全な大人の男だった。


 受け継がれた血の記憶の中で、その魂は、生きている時に憐れんだ自分の中の獣の夢を見る。憎むでもなく、畏れるでもなく、ただただその男は慈悲の心で憐れんだのだ。


 自分の運命を呪わなかったのか。

 君もまた、若くして戦いで死んだというのに?


 けれど、それは全くなかったのだろうという事は、その微笑みと穏やかな目を見れば一目瞭然だった。――僕は軍人という生き様を知らないから、よくは分からないけれど。

 恐らくは彼ほど、その血を理解した歴代の副当主はいないだろう。


 事実を見れば、憐れむべくは人か。


 けれど、全てには始まりがあるのを忘れてはならない。


 怨(おん)、厭(おん)、慍(おん)、おん……獣の咆哮がする。狂ったように響き続けて、反響と残響で誰の声も届かない。


「ああ、なんとも哀しい『犬』だねぇ」


 過去へ過去へと遡るような映像の断片の途中――僕は、思わずポツリと言った。


             ※※※


 猫と名乗った占い師と別れてから、雪弥は宮橋が足を進めるままに都会の町中を歩き続けた。彼は時々目的の場所を決めたような足取りを見せたかと思ったら、少し秀麗な眉を寄せて、また目的もない散策に戻るような歩調になった。


 次第に西日が濃く色付き、日差しがやわらいでビルの影か目立ち始めた。辺りは高い建物だらけで、どこよりも早く薄暗さに包まれるような印象を受けた。


「都会は、日が暮れるのが早いですね」


 がやがやと人が溢れる帰宅ラッシュの中、雪弥は何度目か分からない信号待ちで、囲まれたビルの間にポッカリと覗く空を見上げて口にした。


 まだ明るい夕焼け色の空が見えるのに、すでに周囲一帯は電灯が付いていた。吹き抜ける風は、走行する車やトラックの排気ガスの熱気を含んで生温かい。


「まだ明るい方さ。多分ね」


 これといって珍しくもない宮橋が、上も見ずそう答えた。歩道の信号が青に変わったのを見て歩き出した彼は、やれやれと言わんばかりにポケットに手を入れている。


「さすがの僕も、歩くのに飽きてきたな」

「疲れた、ではなくその感想ですか?」


 雪弥は隣を歩きながら、大きな歩道を渡っていく沢山の人々の様子を眺めつつ尋ねた。擦れ違う人達のざわめきは、歩道の信号音を押しのけんばかりだった。


「暇は大敵なんだよ、雪弥君。余計な疲労感を誘う」


 返ってきた答えを聞いた雪弥は、思うところがある表情を浮かべた。曖昧な口調で「まぁ、そうでしょうね」と相槌を打って目を戻す。


「こうして歩き回って、町中で一人の女の子とバッタリ遭遇する確率も低いかと思いますけど……」

「遭遇するさ。知っているという事は、時には縁あるモノを引き寄せたりする。僕らはあの骨がどういうモノであるのか、そして彼女の身に何かしら異変が起こっていると『知っている』からね」


 道を渡った宮橋が、そこでポケットに手を入れたまま明るいブラウンの目を向けてきた。やっぱりガラス玉みたいで、何を思い考えているのかよく分からない。


「それでいて僕がいる」


 そう、遅れて告げて言葉が途切れる。


 雪弥は、その静かな眼差しに、他の誰よりも引き寄せる――という言葉を感じた気がした。けれど始めの説明を思い返すと、恐らく彼に関する所は質問してはいけなのだろう。


 なんだか、これまで出会った中で、もっとも掴み所が分からないというか。


 不思議な人だなと思いながら、雪弥は軽く頭をかいて彼の隣に並んだ。足並みを揃えて歩く中、横顔に視線を覚えつつ自分が知っている範囲内で考える。引きが強いや悪いといった内容なのだろうと、ざっくり簡単に納得する事にした。


「そういう『引き』というのは、実際あったりするんですかね」

「あるさ。実際、この土地では不可解な事件がもっとも多く起こっている」


 宮橋が混雑した人混みへと目を戻し、ポケットから手を抜いて思案顔でスーツの襟を引っ張った。


「だからL事件特別捜査係がある」


 そう言うと、また言葉が途切れた。詳細を語る気はないらしい。だいぶ前、あの二人の刑事と話した場所の近くまで戻ってきたなぁ、と雪弥は意味もなく現在地を思ったりした。


 そもそも『L事件特別捜査係』だなんて、初めて聞いた。

 黙々と歩く宮橋に付いて行きながら、暇を潰すように思って空を見やる。これまで関わってきた警察機関を思い返すに、どうやらN県警にしかないものであるらしいとは推測していた。


 やがて、巨大なテレビモニターが付いたビルが見えてきた。いくつもの店が入った背の高い建物が並んでいて、茜色の日差しも弱まった薄い夕焼け空の下、夜の営業を始めた居酒屋の出入り口も賑わっている。


「ちょっとばかし想定外だったのは、かなり『視』えづらい事だな」

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