少女を捜して(2)

 そんな声が聞こえて、雪弥は宮橋の横顔へ視線を向けた。


 何やらじっくり考えているようで、眉間には小さな皺が出来ている。それを呑気に見つめて数秒だけ考え、ひとまず相槌を打つようにこう言いながらピンっと指を立てた。


「うーん、と――つまり『分かりづらい』と?」

「君、また考えるのを放り投げたな?」


 それでいて妙な順応力を発揮して、質問も大きく間違っていないのもどうなんだろうな、と宮橋が綺麗な顔を顰めて視線を返す。


 しばし二人の間で会話が途切れた。


 行き交うスーツの人々の中で、やや歩みを遅め見つめ合っていた。返事を待っていた雪弥は、なんだか妙な表情でじーっと見つめられ続けて、先に声を掛けた。


「なんですか、その目は?」

「僕が言うのもなんだが、――君が大人になる将来が心配になってきた」

「え。僕はもう成人した大人ですよ」


 真顔で何を言っているんだろう、と雪弥は少し困惑した。


 自分が二十代前半だった頃を思い返した宮橋が、なんだかなぁと首を捻って頭をガリガリとかいた。話を戻すように「まぁ、そうだな」と言葉を切り出す。


「僕は署で三鬼(みき)から話を聞いて、ナナミという少女の写真も見ている。……だか、なんというか……彼女の気配がどうも薄いというか」

「薄い?」

「説明が難しいんだが、――とにかくかなり『見付け』づらい」


 何かたとえ話でも交えようという気配を見せた宮橋が、どうせと見切りをつけたようにやめて、不意に立ち止まってそう話をしめた。


 雪弥は、ブランドバックが並ぶショーウィンドーの前で同じように足を止めた。忌々しいと言うような顰め面で、何やら考えているような彼の顔を見つめる。


「つまり捜索は視覚に頼るしかない、というところなんでしょうか」

「それ当たり前の事なのでは、みたいな顔で訊いてくるな」


 低い声で言った宮橋が、手元に目を落としたままボソリと「イラッとする」と呟いた。


「あれ? 宮橋さん、今僕の方を見ていませんよね?」

「それくらい声だけでも分かる」

「でも実際、僕らはふらふらと歩いているその女の子の姿を捜して、視覚頼りでこうして歩き回っているわけでしょう」


 訊き込み無しの、地道な捜索活動だ。

 この都心内に含まれている三つの地の範囲は、地図上で確認すると、想定していたよりも広くはない。とはいえ、結構長時間歩き回っているのも確かだった。


 雪弥としては、色々と不思議な捜査をしているようにも感じて大人しく付いて行くしかないでいる。だがそろそろ、本当に捜せるのかなと、ちょっと思わなくもない。


 すると、しばし歩道で立ち止まっていた宮橋が、忌々しげにゆらりと顔を上げてこちらを見た。


「――こうなったら、犬の勘に任せてみるか」


 真っ直ぐ見つめられた雪弥は、「え」と声が出た。


 少し間を置いた後、まさかそれは自分を指しているのかな、と遅れて気付き「あの……」と戸惑いがちに口を開いた。


「宮橋さん、僕を警察犬みたいに言われても困ります」

「何を言っているんだ? 僕は勘を貸せと言っただけで、君に優秀な警察犬の嗅覚を求めてないぞ」


 キッパリと言ってのけた宮橋が、美麗な顰め面でビシッと近くから指を突き付けてくる。


 おかげで雪弥は、またしても返事が遅れた。


「……それ、露骨にそれ以下で構わないって言い方じゃ……」

「いいか雪弥君、この一時間以上前から、確かによく近くに『出て』いるはずなんだ。それでいて彼女は捕まらないし姿を見掛けだってしない。――こうなったら僕は、一旦は運に賭ける」

「そんなに切羽詰まってでもいるんですか?」


 偉そうな態度で堂々と説かれてしまった雪弥は、呆けて断る台詞も出てこなかった。歩き続けている現状に、彼はそこまで飽きてしまっているのだろうか……と、ちょっと心配になった。


 とっとと事を終わらせてしまいたい気持ちは分かる。

 ポッと湧いて出た急な捜索ではあるし、自分だって、何故こうして護衛兼パートナーをしているのかもよく分からないでいる。状況に流されるまま捜索活動に入っているわけだが、そもそも一体全体どうして今こうなっているのか、思い返してみても首を捻るばかりだ。


「先に言っておきますが、見付からなくても後で怒らないでくださいよ」


 渋々前を進みながら、雪弥は溜息交じりに言った。


「僕はそんな事で怒るほど器は小さくないぞ」

「それから、この近くにいると言われても、僕に当てはありませんからね?」

「ひとまずは勘でいい。僕も行き先を考えるのに疲れた。さぁっ、とっとと前進だ!」


 再び歩き出した宮橋が、後ろから先程と違って元気良く声を掛けてくる。


 あ、疲れたのが本音かな……雪弥は遠慮なく言うところがある彼を思ってそう感じた。でも口にしたら、また頭を掴まれるか叩かれそうな気がして、黙っている事にしたのだった。

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