不思議な二人の、穏やかじゃないドライブ(1)

 ファミリーレストランを出たのは、数十分前の話である。


 青いスポーツカーは滑るように進むし、初夏の日差しの熱をしのぐように冷房も掛けられて窓も閉め切られているから、さぞや静かなドライブになるのだろうか――という雪弥の推測は、物の数分で裏切られた。


「はははははっ! どくがいい一般庶民共ッ、この刑事の僕のお通りだぞ!」


 意味もなく赤いサイレンを車上に設置し、宮橋が実に愉しげに国道を爆走する。緊急を要する事態もないというのに、ハンドルを右へ左へと切って次々に車を追い越していた。


 運転技術はかなり上級だ。クラッチを上手い具合に切り替え、タイミングよくアクセルとブレーキを操作し、スポーツカーの重さを活かしてカーブも高速で難なく曲がる。


 雪弥は青いスポーツカーの助手席で、なんだかなぁという表情でいた。窓の外からずっと聞こえているサイレンの音は、雪弥の鋭い聴覚を叩いて煩い。


「宮橋さん。今擦れ違った車から、クラクションもらいましたけど」

「気にするな。僕は絶対に当てない」

「そういう事じゃないんですけど……」


 まぁ、ぶつかったら屋根でも吹き飛ばして、外に連れ出せばいいのか。


 護衛も任務に含まれていたなと思い出して、雪弥はそう考えて引き続き見守る事にした。そうしたら目も向けていないというのに、隣の宮橋が楽しさを消して真面目な横顔をした。


「おい、雪弥君」

「はい、なんですか?」

「先に言っておくが、僕の車の屋根を破壊したらただじゃおかないぞ」


 出会ってからずっと思っているのだが、なんで分かるのだろう。そもそも雪弥としては、これまで見てきた『刑事』とイメージが違っていて慣れないでもいた。


「先月、馬鹿三鬼のせいで一台『海に落とす事になって』、先月に買い換えたばかりだ。本当は黄色が好みだったが、急きょで在庫がなくて仕方なくの青だった」


 つまりは百パーセントは気に入っていない。それでも自分の愛車である、というようなニュアンスで宮橋が真剣な声色で言い、雪弥はますます困ってしまった。


「好みの色は知りませんけど、一体、何をどうしたら海に落とす事になるんですか?」

「緊急事態だった、人命がかかっていたからな」


 さらっとだけ宮橋が言う。


 愛車を海に突き落とす緊急事態って、なんだろうなと疑問が浮かぶ。雪弥は黒いコンタクトをした目をチラリと窓に向けて、またしても数台がこのスポーツカーに追い抜かれたのを見た。


「このサイレンと爆走、宮橋さんが怒られません?」

「ぎゃーぎゃー騒がれたり気絶されるよりマシだが、そうやって心配されたのは初めてだな。君は真面目なのか? いいか、これが出来るのが醍醐味なんだぞ」


 かなり怒られそうな事を口にしながらクラッチを切り替えて、宮橋が隣の県まで伸びる国道へと青いスポーツカーを走り向けた。比較的車道は空いていて、輸送車や会社のマークが入った車からチラチラ目に留まった。


 その時、宮橋が胸ポケットを探った。


「何かあった時に面倒だ。君の携帯番号を、僕のものに登録しておいてくれ」


 言いながら、目も向けずにひょいっと投げて寄越された。


 咄嗟に両手を膝の上で広げたら、綺麗なカーブを描いて携帯電話が手に落ちてきた。しばし見下ろしてしまった雪弥は、連絡が取れるようにしておいた方がいいかと考えて、今回は任務用にと持たされなかったので、自分のプライベートの携帯電話を取り出した。


 直後、急ブレーキが掛かって身体が前のめりになった。


 青いスポーツカーが、ブレーキの煩い音を立てながらドリフトで路肩に急停車する。シートベルトに押さえられた雪弥は、とくに驚いた様子もなくチラリと眉を寄せた。


「いきなりなんですか?」


 訝って目を向けてみると、宮橋がこちらの何かを凝視していた。視線の先を追った雪弥は、それが自分の携帯電話に呑気な表情でぶらさがっている『白豆』に向けられていると気付いた。


「君、なんだその気持ち悪い人形」

「え? 白豆ですけれど」


 雪弥が当たり前のように答えた途端、車内が沈黙に包まれた。


 じっとこちらを見ていた宮橋が、雪弥とへんてこな阿呆面のコスマット人形をたっぷり見比べた。ハンドルを握ったままの彼は、やがて「ふぅ」っと吐息をこぼして項垂れてこう言った。


「………………君は、ソレを『飼っている』のか……」

「あれ? よく分かりましたね」


 一目で察してもらえたのは初めてで、雪弥はにっこりと笑った。自分でも『ペット』が飼えるのだと分かってもらえたようで嬉しい。


 すると宮橋が、溜息を吐きながら前髪をかき上げた。


「なんだかなぁ……。君の事が、余分に色々と分かってくる気がするよ」


 そう言いながら、彼は再び車を発進させて、青いスポーツカーを車道へと戻した。

 スピードは飛ばしていたものの、車が少ないせいか左右へハンドルを切るような暴走はなかった。宮橋はやや疲れたような思案顔で「クレーンゲームの景品か……」「好みというわけでもなさそうだが、なんで愛着が湧くのか分からん……」と独り言を呟いている。


 不意に、どっ、と車体に鈍い衝撃を感じた。


 まるで車体の左を体当たりでもされたみたいだった。携帯電話を彼に返した雪弥は、自分のものを『白豆が窮屈にならないように』ジャケツトの内側にしまっていたところだった。


 なんだろうなと思って車窓へ目を向けた。けれど衝撃を覚えた助手席側からは、衝突したような物、もしくはその距離圏内に車やバイクなども確認出来なかった。


 宮橋がチラリとバックミラーを見て、不自然にハンドルを切って車線を変更する。


 すると、またしてもドッと同じ場所から鈍い振動を感じた。車窓から外の様子を覗き込んでいた雪弥は、その際、風が物体感をもって揺れるのを瞳孔開いた目で視認して、不思議に思ってすぐに窓を開けていた。


 ごぉっと風が肌に触れて、前髪がバサバサと音を立てて舞った。やっぱり、こうして見ても、ぶつかってしまうような物は見当たらなくて不思議に思う。

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