65、見知らぬ感情

 彼女の手を取って偽装区域を進む。彼女の力の込めようから緊張が伝わってくる。


 別に禍々しい場所ではない。だが、ここは目覚めた時のことを思い出す。あまり気持ちのいい場所ではないのが事実だった。


「知らない設備があります……」


 狭い通路の両脇に時折口を開ける小部屋、その入口から中を覗いたマルが呟いた。


 天井から床まである大きな筒状の設備を彼女は指差していた。


「あれはイスマエル・クレイドルの解析装置のようだ。艦内のナノマシンを投入して、その詳細研究を行っていた節がある」


「ほえ〜」


 マルが感嘆の声を漏らす。僕は彼女の手を引いてさらに奥へ向かう。目指すは僕が目覚めた場所、≪スノウ・ホワイト≫だ。


「≪スノウ・ホワイト≫……」


 僕からその名を聞いた彼女は、次の瞬間、立ち止まって膝を抱えてしまう。


「どうした?」


 マルの体が震えていた。初めて見る現象だ。彼女が恐怖を感じている?


「アーカイブに接続できません……。マル、独りぼっちです……」


 その真に迫る表情に慌てて彼女を抱きしめる。


「僕がそばにいるから!」


 彼女がその震える手で僕の背中を強く抱きしめ返した。

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