62、現実逃避

「君に謝ることがある」


 マルが首を傾げる。


「エルさんは悪いことしてませんよ」


「そうじゃないんだ。僕は独りぼっちだと分かってその原因を探ることもしなかったんだ」


「原因、知りたくなかったですか?」


 真っ直ぐな目で覗き込まれると、なぜか心の中を透し見られている気がする。僕は頷いた。


「調べたくなかったですか? マルは嫌なことをしましたか?」


 彼女の表情が曇っていく。


「原因を調べなきゃと思い続けていたんだ。だけど、勇気が出なかった……。君が僕の背中を押して前に踏み出させてくれたんだよ」


「マルは嫌われることしてない?」


 不安そうで、それでいて子どものように問いかける彼女を僕は抱きしめた。


「してない。ありがとう」


 僕の耳元で彼女が安堵したような吐息を漏らした。


「どういたしまして」


 その声は子どもなどではなく、僕を優しく包み込むような、そんな慈しみ深さに溢れていた。

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