60、改暦

 マルが名探偵の格好のまま作業を続けている。その服装が気に入ったのだろうか。


「843年です」


急にそう言われて聞き返してしまった。彼女はもう一度、


「843年です」


 と繰り返した。


「最後の自動報告以外のレポート?」


「はい。843年前でした」


 マルの端末の画面を覗き込む。この≪パンゲア≫艦内全てから集約された最後のレポートだ。


 それは別れの挨拶のようなものだった。


・・・


パンゲア暦99999年2月28日午前7時52分


 我々はこの艦を放棄することとした。

 次世代移民船ローラシアの建造が急ピッチで進んだことで、終末を回避することができたのはたいへん喜ばしいことだ。

 この艦の中枢機関をローラシアに移植したが、パンゲア万幹ばんかん機能がナノマシンによる再生を行った。再生阻止を試みたものの、イスマエル・クレイドル(※註1)による強固な防護に遭い、断念せざるを得なかった。やはり、この艦の完全沈黙は不可能であった。

 ともあれ、パンゲアの民の駆逐は完遂された。これが我々ホモ・アイテール(※註2)による新しい歴史の始まりであり、ローラシア暦の第一日である。

 この艦は、旧時代の墓標として無限の宇宙を彷徨うのだ。


〜〜〜


【註1】

イスマエル・クレイドル:≪パンゲア≫の遍在的中枢機能≪アニュス・ガイア≫を格納する概念。中枢部を管理・運用し、保護している。


【註2】

ホモ・アイテール:天帝人

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