第40話 真実

「私個人の恨みで聖王国を戦争に引きずり込んだ、と……? フンっ。いったい、何を根拠に」


 大司教アトゥムはそうは言うものの……おいおい、俺をにらみつける視線にいっそうの憎しみが込められている気がするぞ?


「とぼけは無しでいこうぜ、大司教。回りくどいのは嫌いなんだ……お前の仲間も、ゼルティアも、意識がないんだから問題ないだろ?」

「……何を言おうというのだ」

「大司教の個人的な恨みについてだよ。お前の娘ってのはさ、つまり──【魔王様の奥方】のことなんじゃないか?」

「!」


 アトゥムは表情こそ変えなかったが、一瞬その息を飲んだ。確信が……深まった。


 ……やはり、そうだった。アトゥムが言っていた『魔王様に娘の命を奪われた』という言葉、あれは言葉通りの魔王様に娘を殺害されたという意味じゃない。


「大司教、お前は【自分の娘が魔王様とちぎった】こと、そして【その結果として娘が亡くなってしまった】こと。それらの憎しみで動いている……違うかっ?」

「……」


 沈黙は肯定と取らせてもらおう。


「考えてみれば、お前の行動は憎しみに偏り過ぎていた。自分の命を、聖王国のトップであるという立場を、すべてをないがしろにしてまで自ら魔王様を倒しに魔界に飛び込んでくるなんていうのは……使命感というよりはむしろ妄執だ」

「妄執……フン。だったらどうした。我々は【魔の存在を許さない】という信念の元に生きてきた。魔王を討たんと命を捧げるほどの執着があったとて不思議ではなかろう」

「いつからだ?」

「なに?」

「いつから、聖王国の主義思想イデオロギーは魔界に対して宣戦布告をしてくるまでに強くなったんだ?」


 俺はここで、視点を大きくぐるりと変えてみたのだ。


 ──もし、主義思想イデオロギーがあったから戦争が起こったのではなく、誰かが戦争を起こす目的で強い主義思想イデオロギーを作ったのだとしたら?


 そもそも、考えてみればおかしな話だった。いくら【魔の存在を許さない】風土のある聖王国だからといって、これといったキッカケもなく、ある日突然に魔界に対して戦争を仕掛けてくるなんていうのは。


「過去に何かのキッカケがあり、互いにたびたび戦争を繰り返していたなら分かる。でも、今回はそうじゃなかった。聖王国と魔界の初めての戦争が、何のキッカケもなく始まるなんておかしい」

「……人々は、普段からモンスターに生活を脅かされている。その積み重ねが──」

「野良モンスターだろ? 魔界には通常人々は立ち入らない。であれば魔界のモンスターによる被害なんて無いハズだ」


 狂犬病に冒された野良犬の被害が増えたからといって、人の生活圏外に生息する犬も全てを排斥しようなんて動きは起こらないだろ? それと同じだ。


「誤魔化しは要らない。お前だろ? 大司教という立場を、神と対話できるという立場を利用して、聖王国の主義思想イデオロギーをこれまで以上に強い【対魔界】へと誘導したのは」

「……」

「大司教アトゥム、お前は自身の復讐を成し遂げるために聖王国と魔界との戦争を引き起こしたんだ……!」


 個人の感情で国と国の戦争に発展するなんてバカらしいし、あり得ない? いいや、そんな理由を根本原因とした戦争だって現世にもたくさんあったし、今もなお続いている国だってある。


「……それと、この結論に俺が行きついたのは、ひとつの違和感があったからだ。大司教、アンタのゼルティアの扱い方が……丁寧過ぎた」

「……ッ!」


 丸い光の結界の中で意識を失うゼルティアは、いまも無傷のまま、安らかな寝息すら聞こえてきそうなほどに穏やかな様子だ。


「本来、ゼルティアの必要性は聖王国には無いハズだ。ブユダに魔界の実権を譲ろうとしていたわけだから、聖王国の直接の利害には関係しないからな。だから俺は当初、【ゼルティアを捕まえる】という計画はブユダが魔界を支配するにあたって必要とされたものだと推察していた。しかし、それは違ったんだよな?」


 アトゥムもまた、眠るゼルティアを見つめていた。その目に宿る感情は……なんだろうか。憎しみのような、悲しみのような、あるいは慈愛のような……複雑なものを感じる。


「ゼルティアを生かしたまま捕えたいと注文をつけたのは……お前だろ、大司教アトゥム。なぜならゼルティアは──お前の【孫娘】だから。魔王様とお前の娘の間に生まれたのがゼルティアなんだ」

「……」

「大切だと思ったから、どうしても傷つけたくないと、そう思ったんじゃないか?」

「違うッ!」


 アトゥムは、今日ここにきて初めて、その激情をあらわにした。


「大切などと……思っているものか……!」

「嘘つけよ。じゃあなぜこんなにも優しく眠らせている? それにブユダもゼルティアを必要としていないのであれば、殺したってよかったはずだ。なぜそうしない?」

「……黙れッ! ……この気持ちが、お前ごときに分かってたまるものか……ッ!」


 唾を飛ばしながら、アトゥムが目をいた。


「憎いに決まっているッ! 我が娘の命を奪って、のうのうと生き延びているあの魔王女がッ! だが、あの中に流れているのは間違いなく、私の愛した娘の血なのだ……! 娘と瓜二つな姿で、そっくりな声で、そこに居るものを……私はどう受け止めればいいッ!」

「……命を、奪う? よせよ、ゼルティアがお前の娘を殺したわけじゃない。魔王様にしたってそうだ。魔王様はその奥方を深く愛し……その後は誰もめとらなかったと聞いている。そんなふたりが、命を奪う訳が──」

「奪ったようなものだッ! 私の娘は……聖王国のかつての過激派による【魔族狩り】に巻き込まれ、まだ赤子のゼルティアを庇って死んだのだから……!」

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