第39話 聖王国のトップ 大司教アトゥム

 広い玉座の間、その空中で起こった大爆発に巻き込まれたブユダは──その体をいくつもの破片にさせて、床に落ちた。


「な、なに、が……」

「おいおい、生命力高いヤツが多すぎるな、魔界は……ゴメンね?」


 ブユダは大火傷を負い、胸から下と片腕を失くしながらも……まだ生きていた。さすがにあの大爆発なら即死すると思ってたんだけどな。楽に殺してやると言った手前、ちょっと気まずい。


「いったい、なにが起こって……」

「何が起こったのかって、そりゃあ……あのロッドの魔術だよ」

「そんな、バカな……魔法石は、どこにも……」

「当然だ。あらかじめ杖から取り外しておいて、部下に持たせておいたんだから」

「……!」


 ブユダが目を見開いた。それも仕方ないだろう、俺の後ろにこれまで影も形もなかった美少女が姿を現したんだから。


「お仕事ご苦労様、レイ」

「いいえ、タケヒコ様こそ、とても素晴らしい演技でした」


 半透明なその姿を持つ俺の最古参の部下、ハイ・レイスのレイ。彼女は両の手のひらを広げて俺に差し出した。


「こちら、お返しします」

「ああ、ありがとう」


 俺はその手に載っている砕けた赤い宝石を受け取った。


 ……たとえ込められた魔術を失ったとしても、ゼルティアが俺に贈ってくれたものには変わりないからな。大切にしなければ。


「ま、まさか……魔法石を、ずっとレイスに持たせて……!?」

「そういうこと。いまさら全部種明かしする必要はないだろ?」


 俺は魔法石を持たせたレイに『気配遮断』の能力で姿を隠してもらって、ブユダの側を飛んでもらっていた。そして、俺の合図で『魔炎爆豪イルボルマード』を発動してもらったのだ。


「どうせブユダが見てるだろうと思って、今日の戦場でこの杖を振り回した甲斐があったよ」

「ぐっ……ブラッディ・ワルキューレを、その杖で助けたのは……私に【アリサワはその杖を振って魔術を使うハズ】という先入観を与えるため、だったのか……」

「まあ、そうだな」

 

 あと今日これまで一度もレイを使わなかったのもこの時のためだ。というか実はブユダとレイは一度も顔を合わさせていない。


 ……これから敵になるかもしれない相手にこちらの手札を全てオープンにするなんてマヌケなことはできないしね。


「さて、こっちは片付いたけどゼルティアたちは──えっ?」


 振り向いて、今度目を見張ったのは俺の方だった。


「ゼルティアッ!?」


 その場に立っていたのは……フードの男、ただひとり。他のふたりの聖職者は倒れ、その近くでエキドナも倒れている。そしてゼルティアは……丸い光の結界の中に、閉じ込められるようにして意識を失っていた。


 ……ゼルティアたちが……負けたっ!?


 ウソだろ? いまの聖王国にゼルティアやエキドナを、真っ向勝負で倒せる存在なんて……いないはずだ!


 ナサリーからも聞いていた。聖王国にいる十英傑はナサリーのみであること、他に強者と呼べるような存在は法皇院ほうおういんという聖王国の実権を握っている機関に所属する……対モンスターに特化した聖職者くらいのものだということ。


 聖職者が相手なら問題なかったはず……それなのに!


「フン、聖職者は戦士などの物理的な攻撃手段に頼る相手には弱い。だからこそ、このふたりがいれば負けはないと……そう思っていたんだろう? 四天王のアリサワとやら」

「……!」


 ひとり悠然と立つフードの男がしわがれ声を響かせる。


「ブユダから魔族には珍しく知恵者がいるとは聞いていた。なるほどな、四天王アリサワ……権謀術数に長けていると見える。だが、知恵比べで人間に勝てると思うな? 魔族ふぜいが」


 男がフードを脱いだ。老人だ。しかし、常人ではない……聖なるオーラがその体には満ちていた。


「アリ、サワ……!」

「エキドナっ!? 生きてたか! いったい、コイツは……!」

「気をつけて……その男、【神の力】を使います……!」


 相当な深手を負ったのだろう、エキドナは床に倒れ伏したまま体を動かせないようだった。


「四天王とゼルティアを一瞬のうちに倒す神の力……? お前、いったい……」

「フン、この神気に当てられたのならひざまずけ、下郎。私は聖王国大司教、アトゥム。魔王を冥府の底へと叩き落とす神の代行者であるぞ」

「大、司教……だとっ?」


 それは、聖王国の実権を完全に握っている存在。聖王国のトップだ。


 大司教は聖王国において唯一、神と対話できる存在。そしてナサリーに【太陽神ラーの加護】を与えたのもまた、この大司教アトゥムだと……ナサリーが言っていた。


「あ、あり得ない……たかだかひとつの暗殺計画に……それも、計画がバレた時点で敵地に孤立するのが決まるこの状況下で、大司教が自ら来るなんて……!」

「そうだろうな。無謀な行いだと、お前がそう考えるだろうと思ったからこそ、私が来た。魔王を確実にこの手で滅ぼすために」

「……魔王様を殺したら、その後にアンタも死ぬぞ……? この魔王城はすでに包囲されている」

「構わぬ」

「何を考えてるんだ……!? 聖王国と魔界、互いのトップを失うことになるんだぞ……これまでの戦争ももはや意味を為さない! ぜんぶ振り出しに戻るだけだっ!」

「意味? あったさ……これで全て終わらせられる。私の娘を奪った憎き魔王を殺せる。それだけで、充分にこの命をかける意味はあるのだ」

「娘……?」

「ここで消えるお前が、それ以上を知る必要などない!」

「くっ……!」


 マズい! 何かは分からんが、攻撃が来る! ……とはいえ、俺に避ける術はない。


「『退魔の神唱ジートゥ・ニアラー』!」

「うわっ!?」


 大司教アトゥムの掲げた手から放たれた、圧倒的な光の波が俺を包み込む。


 ……これが、神の力なのか……!


 まぶしくて何も見えない。暖かな光のはずなのに、背筋に悪寒が走る。しかし……それだけだった。


「なっ……なぜ、浄化されんのだ……!?」


 光の波のあと、何事もなく立っている俺を見て、アトゥムが目を丸くした。


 なぜ、と言われてもな……。


「おかしい……! 魔の者はどれだけの強者だろうと、神の光によって魔力が浄化され尽くされるはず! 先ほどの四天王には効いたというのに、どうして……!?」


 ああ、そういうことか。俺……もともと魔力ゼロだから。神の光とやらで失うはずの力を持っていないのだ。


 ……あっぶねぇ。九死に一生ってやつだ。


「タケヒコ、様……」

「っ! レイっ!」

 

 しかし、それはどうやら俺だけのようだった。俺の背後にいたレイは……神の力とやらを微小ではあるが浴びてしまったらしい。苦しそうにして浮いていた。


「すみま、せん……タケヒコ様を、お守り……」

「いいっ! 命令だ、レイは少し離れて休んでいろっ!」


 マズいな……俺以外の魔族やモンスターはどうやら神の力の前で為す術がなさそうだ。俺だけが対抗できるとして……これからどうする? 


 アトゥムに、俺が本当にただ非力すぎるヤツってことがバレたらおしまいだ。せめてイチかバチか、いまこの場で【奥の手】を使って戦場を移すか……? 気を失っているゼルティアや仲間たちを、これ以上の戦闘に巻き込むわけには……。


「……あれ?」


 ゼルティアの様子を見て気が付いた。ゼルティア……ケガとかは、してないのか? 意識はないようだが、その表情は苦しげではなく、ただ眠っているだけのように見えた。


「うぅ……!」


 それとは対照的に、エキドナは苦しそうに床で呻いている。神の力とやらに魔力を奪われ、身体的にもダメージがあるようだった。


 ……なんだ? この違和感は。


 俺はなにか──なにか重大な見落としをしているんじゃないか……?


「……考えるんだ」


 いま奥の手を切って戦場を変えたとして、どうなる? 一時しのぎにしかならないに決まってる。とっておきを使うのは楽だ。使っておけばいったんはなんとかなるから。


 ……でも、そんな簡単な道を選んじゃならない。最良の結末に辿り着くためには、いつだって困難な道を選ばなきゃならないんだ。


 だから、


「考えろよっ、俺……!」


 戦闘で役に立たない分、俺が戦うべきは戦場はここだろう? 俺は、この頭で戦い続けなきゃいけないんだ。


「俺の武器はなんだ? そうだ知恵だ、問題解決力だ。だったら解いてみせろよ……それができなきゃ俺は本物の能無しだ……!」


 ──俺は、思考回路という名の小宇宙へとこの身を投げ込む。


 さあ、記憶の海に潜れ……少しの違和感にでも喰らいつけ……視点を変えろ……そして何よりも速く、光よりも速く思考を回せよ、俺……!


 アトゥムが、神の力を喰らってもビクともしない俺にためらっているこの数秒が、俺に与えられた唯一のチャンス。俺はギュルギュルと思考を回す。俺の感じた違和感の中に、この場を打開する活路があると、そう信じて。




 ──ブン・オウはゼルティアの扱いがどうだった? 雑だったハズだ。


 ──力関係は聖王国>ブユダ。ブユダにとってゼルティアという存在は利用価値がある、だから捕えようと考えていたのだと俺は推察した。


 ──だから聖王国にとってはゼルティアは必要でないはず……なのに、なぜアトゥムは無傷で捕らえている……?




 まだ、まだだ。まだ情報が足りない。視点を大きく変えるんだ……!


 広く、広く事態を俯瞰ふかんしよう。立場を越え、国を越え、時間を越え、他人と自分の境目を失くし、神の視点を手に入れろ……!




 ──どうして魔界と聖王国は戦争になったんだっけ? そう、主義思想だ。聖王国は【魔の存在を許さない】から。でも、そもそもそれはいったい、なぜ?


 ──大司教は確実に魔王様を葬り去るために乗り込んで来た……聖王国の主義思想を全うするため? 国の人々のために? 使命感……? 本当に?


 ──いつから聖王国は戦争の準備をしていた? 呪われた勇者ナサリーの居場所を無くすほどに強い主義思想……これは自然に浸透していったものか?


 ──であれば長い時間が必要のはず……なのにそれ以前に聖王国と魔界で戦争が起こらなかったのは……なぜ? あるいは、長い時間が必要じゃなかった。誰かの意志によって、聖王国の主義思想が染められた……?


 ──大司教アトゥムの言った『全てを終わらせられる』『娘の命を奪った魔王を殺せる』といった言葉の数々は……あれ?


 ──大司教コイツ、一度も魔界について言及していない……いや、それ以前もだ。魔界の実権もブユダに任せようとしていた。その目に映っているのは、魔界ではなくあくまで魔王様……?


 アトゥムの憎悪、魔王様──そして、無傷のゼルティア。




「──えっ?」


 頭の中に、ひと筋の光が走った。その正体は、ひらめき。


 ……嘘だろ? 


 俺の頭に浮かんだのは、いろんな論理を飛躍した突拍子もない結論こたえ


「大司教アトゥム、まさか、お前……!」


 震えそうになる声を落ち着けて、俺は言葉を絞り出す。


「ただひとり、自分の憎悪のためだけに、聖王国を戦争の渦中に引きずり込んだのか!?」

「……ッ!」


 アトゥムは、その両のまなこを憎々し気に見開いた。

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