第38話 さらばブユダ、来世で会おう

「さきほどのゴショク兵たちの戦いで、ブユダ、アンタが仕掛けていた企みはひとつじゃなかった。アンタは、大軍に見せかけるために使っていたたくさんのゴショクの陣幕に……その後ろの人たちを隠していたんだろ?」


 フードを目深に被った男たちに反応は無い……だが、ブユダの顔が青くなっていく様子が、言葉以上に今の状況を物語っていた。


「アンタが黙ってたってもう俺たちには全部筒抜けだ。疑い始めたら俺はとことん考え抜いて調べまくる性質タチなんでな。聖王国と、聖王国を介してゴショクとやり取りしていたことも全部知ってる」

「……」

「ずいぶんと派手な企みをしてくれたな? 『魔王様暗殺』と……『聖王国への魔界の属国化』とは。その見返りとして自分の立場さえ保証されれば、魔界に住む他の魔族たちが聖王国に奴隷のように扱われたって構わないってか?」

「……チッ」


 舌打ち……ってことはホントにそんな考えってワケか。やっぱり魔族ってのはどんなに外見や建前を取り繕っていたとしても、自分の欲望に忠実なヤツが多いんだな。


「……ブユダ殿、どうやらしくじったようだな……?」


 フードの男たちの内、奥の男から出たそのしわがれ声に、ブユダの肩が跳ねた。


「グッ……申し訳ございません。し、しかし、私は、できる限り慎重に計画を進めており、これは不測の……」

「いまさら言い訳など聞きたくはない。シュウ、ゲブ、尻ぬぐいをしてやりなさい」


「「ハッ!」」


 男の言葉に応えるように、他のふたりの男たちがそのフードを取った。屈強、という言葉が当てはまるわけではないが、しかし確実に鍛え上げられているのだろう引き締まった細さというものを感じることができる。


 ……十英傑ではない、ということは聖王国とブユダのやり取りを把握している都合上知っている。聖王国には勇者以外の十英傑はいないはずだし、眠りに就いている魔王様を暗殺するという目的に特化した人選をするのであれば武人を連れてくる必要はないからだ。


 と、すると……聖職者という線が1番高い。


「さて、と。ここからは私の出番だな、タケヒコ」

「……ああ、気をつけて」


 ゼルティアが玉座から立ち上がり、長剣を手にする。ブン・オウを倒したことで、その佇まいには一層の自信と迫力がみなぎっていた。


「フン、魔王女が自ら剣を取るか。魔界もよほど人材不足……いや、魔族不足と見える」


 奥の男が鼻で笑った。


「シュウ、ゲブ、殺すな。生け捕りにしろ」

「「お任せを」」


 2対1。その構図を確信したように余裕にあふれた足取りで、シュウとゲブと呼ばれたふたりがゼルティアに迫る。


「いや、いやいやいや……」


 思わずため息が出そうになる。こっちはお前らが魔王様の暗殺に来るって分かった上で待ち構えていたんだぜ? それなのに──待ってるのが俺とゼルティアだけなわけがないだろう?


 だから唐突に男たちの後ろ、玉座の間の入り口から飛んできたハンマーが、ゲブと呼ばれた男の後頭部に派手に当たり気絶させられたのは必然のことだった。


「あらあら、手ごたえがないのねぇ」


 カツカツ、と。ヒールの音を響かせながら玉座の間に現れたのは、エキドナ。


 ……あの防衛戦略会議のあと、今日この場での協力を仰いでおいたのだ。


「それで、アリサワ? このお客様たちの処遇はどうします?」

「貴重な情報源おきゃくさまだ。とりあえず、丁寧にもてなそう。みね打ちだ」

「分かったわ」


 これで2対2。もちろん、それだけじゃない。


「アリサワ、四天王のグライアイには魔王城の包囲にあたってもらってるわ。いちおうこの呪符であの子のことも動かせるから……あなたに預けるわね?」

「ん、サンキュ」


 四天王たち(頭が残念なワルキューレを除く)も、ブユダの裏切りと聖王国の刺客が来ることを知っていた。グライアイは万が一の保険。聖王国が魔王様暗殺に割いてくるだろう戦力はだいたい予想がついたし、十英傑もいないことは分かっていた。であれば……この場には聖職者に対して不利を取らないゼルティアとエキドナさえいれば十分だ。


「さて、あっちは大丈夫として問題は……ブユダ!」

「ひぃっ!?」


 俺は、ひっそりと背中を向けて逃げようとしていたブユダを呼び止めた。


「アンタさ、いまさら逃げられるなんて思ってないよな?」

「くっ……くくっ、くははっ!」

「ん? なに笑ってんだ?」

「アリサワ、お前ひとりで……私が止められるとでも思っているのですかっ?」


 ブユダの視線の方向、そちらではゼルティアたちが戦っている。こちらを気にする様子はなく、俺はブユダの前にたったのひとりだ。


「でも、お前にだって護衛はいないだろ? それにたとえ配下の魔族を召喚されようが……俺にはこれがある」


 ゼルティアからもらった魔法石の杖を見せた俺に、しかし、ブユダは笑った。


「そうでしたねぇ……ですが、いったいあと何回魔術を使えるのです?」

「……!」

「ブラッディ・ワルキューレを助けるために、あなたはすでにその杖で3回魔術を使っているはず……であれば良くてあと2回、運が無ければ1回で魔法石は砕けるでしょう」

「……その1回でアンタが仕留められればそれでいいさ」

「不可能ですよ、四天王アリサワ。お前は私という魔族を最後まで見誤っていた!」


 ブユダの背中から突然、翼が生えた。着ている服を突き抜けて、体長ほどはある両翼が羽ばたいてブユダの体を宙へと浮かせた。

 

「ハハハッ! 魔術を当てられるものなら当ててみなさいっ! 私の特殊能力は『万物憑依ポゼッション』だけではない!」

「なるほど、『高速移動』か──ッ!」


 俺が杖を振り上げようとした瞬間、ビュンッ! と風が通り抜けた。


「ムダですよ、アリサワ。お前に杖を振らせるつもりはありません。没収です」

「くっ……!」


 一瞬で、俺の杖がブユダに奪われてしまった。そして、これ見よがしに真っ二つにへし折られる。


「ハハッ、ハハハッ! 終わりです! 配下のカースナイト・ナサリーやドッペルゲンガーを連れてこなかったのが仇になりましたねぇっ! 聖王国の面々に対しては不利を取る彼女たちも、私に対してなら充分にその力を発揮できていたでしょうにっ!」

「……」


 そう、確かに俺はふたりをこの場には呼ばなかった。高位の聖職者が使う能力『浄化』と『正体看破』はゾンビ系のカースナイトやドッペルゲンガーにとっては天敵となりうる存在、ということになっているからだ。


「さあ、アリサワ! 己の詰めの甘さを悔やみ、そして私の人質となってもらいましょうか……! そしてまずはゼルティア殿下の動きを止め……四天王エキドナを滅ぼし、魔王様を討つのだッ! そうすればまだ私たちにも活路はある!」

「……そうかい。それなら最期にちょっといいか?」

「見逃してくれという内容なら無理な相談ですが?」

「違う違う。聖王国と魔界の戦争についてだ。魔王様は確か陣地の強襲にあって不意を突かれたって話だったが……ブユダはそれに関与してたのかどうか。それがずっと気にかかっていてな」

「ふんっ、そんなもの……」


 ブユダは鼻で笑った。


「関与してたに決まっています。魔王軍の動きは逐一私がリークしてたんですから。じゃなきゃあの魔王様が不覚を取るなんて想像できないでしょう?」

「……やはり、そうだったか」


 ということはコイツのせいで魔界は追い詰められてしまったワケだ。ゼルティアが知ったら激怒するだろうな。ただ俺としては……ちょっと微妙な感情だ。


「ブユダ、アンタは魔界にとって最低最悪の行いをした……だが、アンタのその行いがなければ、いま俺はこの場にいなかっただろう」

「なんですと? 突然なにを……」

「魔王様が追い詰められていなかったら、俺という存在はこの世界に召喚されていなかった。俺は……不謹慎だとは思うけど、この世界に転生できてよかったと思ってる。だから、ちょっとだけアンタに感謝してるよ」

「……気でも狂いましたかっ?」


 そりゃ頭の具合を心配もされるよな。突然、敵である俺が感謝し始めたんだから。でも、感謝はすなわち容赦に繋がるわけではない。


「でも、ちょっとは楽に殺してやるよ」

「はぁ?」

「アンタが折ったその杖の柄を見てみろ」

「杖? 杖がなんだって──なにぃッ⁉」


 その杖の柄にあったはずの魔法石は……どこにもない。


「アンタの敗因は観察力不足。俺には素晴らしい配下がもうひとり居るってことを、しっかりとリサーチしとくんだったな──」


 俺が片手で合図を送るやいなや、ブユダのすぐ隣──何もないはずの虚空が赤く輝き、それを中心として空気を揺るがすほどの大爆発が起こった。


 炎系の中でも高威力な魔術、『魔炎爆豪イルボルマード』。赤い魔法石に込められた中で最大の攻撃が、ブユダの体を包み込んだ。

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