第37話 ブユダの陰謀!?(まあ知ってたけどね)

 深夜2時を回ったころだった。魔王城にも夜のとばりは降り、静まり返っている。それは玉座の間も同じ。ただし、その奥の部屋では魔王様が傷の回復のために深き眠りに就いているため、その護衛のために忠実で屈強な衛士たちが24時間交替制で玉座の間への扉を守っている。


 ──普段通りであるならば、そのハズだった。


 いま、玉座の間の前には誰も居ない。


「……ククク」


 怪しい笑みを浮かべながら玉座の間の前にやってきたのは──ブユダ。その後ろにフードを目深に被った数名の男たちを連れている。


 衛士の交替シフトについて、すでに探りは入れていた。ブユダは魔界の防衛戦略会議に何度も参加するかたわらで、諜報員を忍ばせたのだ。これは魔王城に限らずのことだとは思うが、セキュリティとは外から中に入る分には厳重だが、一度中に入ってしまえば脆いもの。数十分ほどこの玉座の間に誰もいない時間を作るのはとても簡単なことだった。


「さて、と。こちらですよ、お客様方……」


 後ろについてくる男たちに言うと、ブユダは玉座の間の扉を開けた。


「さあ、誰も来ない内に、早々に済ませてしまいましょう」


「──何を済ませるって?」


 もったいつけるのもアレなので、俺は向こうが俺たちに気が付く前に、先にそう声を掛けることにする。


「ブユダさん? アンタ……ずいぶんな裏切りしてくれましたね?」

「なッ……!? 四天王、アリサワ……!?」


 おうおう、これでもかってくらい目を見開いてくれてるなぁ。そんだけ大きく開けてくれてるなら、映ってるのは俺だけじゃないでしょう?


「まったく、欲に走りおって……バカモノめが」

「ゼ、ゼルティア殿下……!」


 玉座にはどっしりと、魔王女ゼルティアが足を組んで腰かけている。軽蔑するような眼差しでブユダをにらみつけながら。


「お前の陰謀が明らかになっていながらも、知らないフリをし続けるのは窮屈この上なかったぞ。お前の『特殊能力』のせいで証拠がないから、泳がせておくしかなかったがな」

「うっ……!」


 ブユダの特殊能力──『万物憑依ポゼッション』。それは別段に俺が探りを入れるまでもなく、魔界内では有名な能力だった。代々コクジョウの血筋に伝わるものであり、【あらゆる物に自らの意思と一部の力を宿すことができる】という力だ。例えば聴覚や視覚。そういったものを物に宿して、自分と共有することができる。


 だからコクジョウ領主はこれまであまり他の領主や魔王城に対して、物品の献上を行ったりはしなかった。『もしかして万物憑依ポゼッションが使われている品物では?』と相手を警戒させてしまうからだ。


「しかし、よくもまあ私たちをあざむきとおしたものだ。お前のその力の効果範囲が、まさか【『万物憑依ポゼッション』を宿した魔力石から作られたモンスター】にまで及ぶとはな。タケヒコが気づいてくれるまで、誰も疑いもしなかったよ」

「し、四天王アリサワ……!」


 ブユダが憎々しげに俺をにらんでくる。


「あ、いいねぇブユダさん。やっぱニコニコの作り笑顔よりも、そうやって敵意を向けてくれる方が俺にとってはよっぽど気楽ですわ」

「いつから、気が付いていたんですっ⁉ まさか、私が魔力石を持って訪れたときには、もう……!」

「いや、その時はまだ、別に」


 もちろん、最低限の警戒はすることにしていた。だから勇者ナサリーとの契約には別の魔力石を使うようにしたし、他の魔力石についても万が一『万物憑依』がされていたとしても問題ない倉庫に入れている。


「ただね……後々で考えて、やっぱ【あの言葉】がアンタから出てくるのはおかしいって、そう思ったんだ」

「あの、言葉……?」

「魔王女ゼルティア様がダークソーサラーのおとぎ話が好き、って話だよ」


 玉座に座っていたゼルティアの首がギュルン! とこちらに向いた。その顔は真っ赤だ。


 ……ゼルティア、ごめんね? 他のヤツらには内緒って約束だったけど、でも話的に重要だからさ、ちょっと勘弁しておくれ。


 俺は自分の手に持つロッドを掲げて見せる。


「ブユダさん、アンタは俺がこの杖を見せたとき『ゼルティア様はダークソーサラーがお好きだから、アリサワ様にも杖を贈られたんでしょう』みたいなことを言ってたな? ゼルティア様は周囲に対して自分が【おとぎ話好き】ってのは隠し通してたんだ。だから、アンタの口からダークソーサラーってのが出てくるのはおかしい」

「……!」

「だから、どこかでアンタはその話を聞いた……いや、盗み視たんだろ? ゼルティア様が自室で、可愛らしくもおとぎ話のダークソーサラーに夢中になる瞬間を、その力、『万物憑依ポゼッション』を使ってね」


 ブユダが押し黙った。どうやら図星だったらしい。


「もちろん、魔王城の人々やゼルティア様がブユダからの贈り物をなんの警戒も無しに受け取るハズがない。だから俺は考えた……『本当にその能力の効果範囲は物に限るのか?』ってね。それがアンタが俺に土産を残してくれた翌日のことだ」

「よ、翌日……ッ!?」

「ああ。それからしばらく実験してたんだ。アンタが盗み聞きしたくなるようなシチュエーションをお膳立てして、いろいろと」


 ──例えば、今後増やしたい戦力についての相談を会議の後にエキドナとふたり、魔王城の中庭でおこなった。


 ──例えば、地上の国々の調査にあたって必要な資源は何かと廊下で秘書たちと話し合った。


 ──例えば、ゼルティアの自室でイチャイチャしつつも、『小軍を大軍に見せかける戦術は』なんて講義を行ったりした。


「まったく物がない場所で行った密談の内容でも、ブユダ、アンタは不思議なくらい俺たちに都合よく働いてくれた。欲しかった戦力を魔王軍へと献上してくれるし、地上の調査に必要な資源は分けてくれるし……早々にアンタの『万物憑依ポゼッション』は魔力石から生み出されたモンスターにも作用するって確信は得られたよ」


 そんなわけで、俺はそれを逆に利用させてもらったりもした。


「助かったよ、ゴショクに対して……俺がゼルティア様に仕込んだ戦略についてまでをも伝えてくれたりね」

「……ッ! まさか、先ほどの戦い……それをぜんぶ分かった上でッ!?」

「まあ十中八九そうだろうな、とは思ってたよ。ゴショク側にゼルティア様が勉強した戦略を使わせることで、俺たちを油断させようとしてたんだろ? そうやって俺たちの警戒を薄めた上で、アンタが【十英傑】を仕込んでくることも想定済みだった」


 今回に関しては勇者ナサリーと戦った時とはまるで違う。情報も、準備に使える時間もたっぷりあった。だからこそ……万全だ。


「さっきの戦いにおけるアンタの狙い、それは──【ゼルティア様を捕えること】。魔界内での現時点のトップであるゼルティア様を聖王国側に属するゴショクの捕虜とすることで、自分の意見をより強く魔界へと反映させつつ、魔界が聖王国へと降伏しやすい状況を作りたいと考えたんだろう」

「……そ、それは私じゃ……く……っ!」


 何か言いたげなブユダだったが、押し黙った。なんだ? 俺の推察に間違いでもあったのだろうか……? いや、でも概ねに関しては正しいはずだ。


「ブユダ、アンタはゴショク兵たちが小軍を大軍に見せかける戦略を取っていると俺が看破し、『これならばゼルティア様率いる第1陣で充分に戦功を立てられるだろう』と俺に考えてほしかった」

「……っ!」

「そうして突撃させたところを、十英傑の中でも武力の高いブン・オウで不意打ちしようと考えたんだ。本来、ブン・オウほどの将なら万を超える兵を率いているのが常。まさか小軍を率いて来ようなんて、夢にも思わないもんな。いい作戦だったと思うぜ? ブラッディ・ワルキューレが乱入してこなければさ」

「ク、クソ……!」


 ふむ。ブユダの反応から察するに、後半については完全に俺の考えが当たっていたらしい。だとすると……前半は何が間違ってたんだろうな? ……まあ、いっか。考えるべきことと考えなくてもいいことがこの世にはあるのだ。


「あと、それだけじゃない。アンタは表側に張り付けてる笑顔とは対照的に……とても狡猾な魔族だった。いや、魔族らしいともいえる。さっきの戦いの中、目立つブン・オウを隠れみのとしてもうひとつの作戦を動かしていたんだから」

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