第36話 戦乙女の恩返し
敵の攻勢を無事防ぐことに成功したその夜。俺が居たのは魔王城の客室のうちの1室だ。
「ふひぃ……疲れたぁ……」
もう夜も遅い。戦後の打ち合わせと防衛戦略の修正・改善提案など、それが数時間に渡って続けられたのだ。いわゆる『鉄は熱い内に打て』ってヤツだな。
もう地下第1階層に帰るにしても遅いので、自然な流れで今日は魔王城に泊まることになった。めちゃくちゃ疲れてはいたけれども、ベッドで横になりはしない。まだ俺には【仕事】が残っているのだ。今はまだ、その時が来るのを待っているだけ。
……寝落ちしないように、筋トレでもしとくか? いや、余計眠くなりそうだな……。
どのように押し寄せる疲れと眠りに打ち
──コンコンコン、と。
俺のいる客室のドアがノックされた。
「……誰だ?」
「わたくしですのことよ」
ガチャリ。ドアを開けると、そこにいたのは予想通りの相手。
「ワルキューレ、どうしたんだこんな時間に? っていうか傷はっ?」
つい数時間前まであちこち傷だらけで苦しんでいたはずのブラッディ・ワルキューレが、普段着の赤いゴシックドレスに身を包み、どうしてかピカピカに回復した様子で立っていた。
「傷なんて……わたくしを誰だと思っていますこと? わたくしは堕ちたといえども聖なる
「マジか……」
堕天とかして闇属性に振れてるもんだとばかり思ってたけど……違ったんか。
「で、なんか用か?」
ワルキューレが自ら俺のところを訪ねてくるなんて珍しい。これまでは防衛戦力を(エキドナ経由で)引き抜いたりしたことで、若干恨まれてる節すらあったからな。
「よ、用がなきゃ来ないですのこと……。とにかく、誰かに見られてもアレですから、サッサと部屋に入れてくれますのことっ?」
「な、生意気な訪問者だな……」
とはいえ、別に部屋に上げたくない理由もない。
「どうぞ」
「お邪魔しますのこと。あら殺風景」
「客室に個性を期待するな」
招き入れるなり失礼なやつめ。まあこれはワルキューレの平常運転だし、別に気にしないけど。
「で、ホントに何の用なんだ?」
まるで訪問の理由に見当がつかないんだが……まさかコイツに限って『さっきのわたくしが欠席していた打ち合わせの内容を教えてほしいんですのこと』なんて殊勝なことを言うはずもないだろうし。
「……よ、用は、その……」
「うん」
「…………」
「……ワルキューレさ、なんか緊張してる?」
「な、なっ! なにを言いますのこと! してないですのことよっ!」
必死になって弁解するあたり怪しいけど……まあ、いいや。
「もしかしなくてもだけど、昼の戦いのことか?」
「え、ええ」
ワルキューレは仕切り直すようにコホンと咳ばらいをした。
「そう。昼の戦のことで……き、聞いて喜びなさい、アリサワ! わたくし、あなたに直々に【お礼】をしてあげようと思い、ここに来ましたのことよっ!」
「……お礼?」
「そ、そうですのこと! あなたには今日、助けられてしまいましたから。その、本当にありがとうございました……あと、仲間って言ってもらえたし、いろいろ謝りたいし、ゴニョゴニョ……」
なんか後半は声が小さくて聞こえなかったけど、まあ要するにお礼なんだろ? 魔力石かなんかをくれるのかな?
「まあありがたく貰おうかな」
「そ、そう?」
ワルキューレはホッとしたように微笑んだ。
……なんだ、可愛いところあるじゃん。お礼を受け取ってもらえるかどうかで、緊張してたり、照れていたりしたのか。
「楽しみだな、何をしてくれるんだ?」
「きっと期待には応えられますのことよ」
ワルキューレのゴシックドレスがストンと床に落ちた。
「──さあ、それじゃ早速、
……え?
目をゴシゴシ擦る。見間違えかなぁ……?
もう1回見る。
ワルキューレのドレスが床に落ちて、生まれたままの姿のワルキューレが俺の前に立っていた。
「はぁぁぁッ!?!?!?」
「……? さっきから呆けたり驚いたり、忙しいですのこと」
は、ははは裸の女が、目の前にっ!!! っていうか、コイツなんで下着とか着けてないんだっ? そういう文化っ!?
ワルキューレはこちらの目が潰れてしまいそうなほど白く、そしてまぶしい肌を俺に惜しげもなく見せつけつつ、客室のベッドへと腰かける。
「ほら、アリサワ。何をボーッとしてるんですのこと? 早く来なさいのこと」
「へぁっ!? いやっ、なんでっ!?」
「だから、お礼に来たと言ってるのですのことよ」
ポンポンとベッドを軽く叩いて、ワルキューレが自分の隣を勧めてくる。
……いや、いやいやいや! おかしいおかしい! なんで、どこからこんな流れになった!? っていうか、なんでコイツはまったく照れてないのっ!? さっきは『ありがとう』ひとつ言うのにめっちゃ照れてたクセに!
「いったいどうしたの、アリサワ? あ、もしかしてこう言う積極的な乙女は苦手なんですのこと?」
「い、いやっ! そうではなくっ!」
「ならば処女しか抱けないとか? それなら安心なさいのこと」
ワルキューレは平坦ながらも、わずかばかり丸みを帯びた、緩やかでつつましい曲線を描くその美しい胸を「えっへん」と張った。
「他のワルキューレたちは割とやりたい放題に戦士たちと【
「いやっ、そういうことでも──」
「ああ、もう面倒ですのこと。じゃああなたの好きになさい。わたくしは目をつむって横になっていますのことですから」
言うやいなや、ワルキューレは本当に客室のベッドの上、素っ裸のまま横になった。
「お礼の内容は1時間、わたくしの体を好きに使ってもいいという内容ですのこと」
「はっ、はぁッ!?」
1時間、ワルキューレの体を好きに『使ってもいい』……だとっ!?
「さあ、なんでもするですのこと。体勢はこのまま仰向けでいいかしら? 足は開いておいた方がいい? ワルキューレの体は戦士をよく癒すらしいですから、きっと極上の体験をできますのことよ……?」
コイツ、マジで言ってんのか……? いや、本気だ。
ワルキューレのヤツ、本当にピクリとも動かない。恥部を隠そうともせず、本当に道具みたいに横になっていやがる……。
俺は、どうする……? 据え膳食わぬは男の恥、とも言うが……。
……ゴクリ。
「ほ、本当に好きにしていいんだな……?」
「さっきからそのように言っていますのこと」
「後悔したって……もう遅いぞ……?」
俺は手をワキワキとさせながら、ワルキューレへと近づき──その体にシーツを掛けた。
「ん? アリサワ……これはいったい、なんですのこと?」
「まだシーツ掛けただけ。ちょっとうつ伏せになって?」
「え? はい……」
ゴロン、と。ワルキューレが転がって……俺の目の前にワルキューレの【足裏】がやってきた。
「じゃ、いくぞ?」
「いくってなにが──んぎぃッ!?!?!?」
ビクンッ! とワルキューレの体がエビ反りになった。
「おっ、良い反応だな……じゃあここはどうかな?」
「あっ……あぁぁぁッ!? んダメッ! いっ、痛いぃッ!!!」
「おっと……逃げるなよ、まだ始まったばかりだぜ?」
身をよじって俺の指先から逃げようとするワルキューレの足を掴み、俺の脇の下でガッチリとホールドする。
「ほれっ、ぐりぐりぐり~っと」
「ッ!? ッ!? ッ!? むりむりむりむりむりぃぃぃぃぃッ!!!」
え? 俺が何やってるのかって? そりゃ……【足ツボマッサージ】だよ。
「んぎにゃぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!!」
「暴れるな暴れるな。お礼してくれるんだろ? お前の体を好きに使っていいんだろ? じゃあ命令だ。1時間ジッとしていろ」
「そんなっ、アッ! できることと、ンッ、できないことがぁッ! 痛い痛い痛いソコむりソコむりダメダメダメ壊れちゃうッ! 足裏壊れちゃうぅぅぅぅぅッ!!!」
「ダメ、やめない。この際ついでに暴走したことも反省なさい」
「反省してるぅぅぅぅぅッ! もうしないからぁぁぁぁぁッ! 許してぇぇぇぇぇッ! 痛い痛い痛いぃぃぃッ!!!」
──結論、ワルキューレはかなり足裏が凝っていた。
最初の5分はかなり痛がっていた様子だったが、しかしそれからは痛みに慣れたか足裏がほぐれたかして、だいぶ反応が落ち着いていた。
……え? なんで俺が足ツボマッサージしたのかって? なんでエッチなことしなかったのかって?
そりゃあ、ゼルティアを裏切れないからに決まってるだろう。足ツボを押すのは割と体力を使うから性欲を紛らわすことができるし、それに後半は俺も足ツボを押すのにハマってきていて、割と時間を忘れて楽しむこともできた。
──そんなこんなで、1時間。
「スヤァ……( ˘ω˘ )」
「ワルキューレ、寝ちゃった……」
なんとも健やかな寝息を立てて、ワルキューレは客室のベッドで深い眠りへと旅立ってしまった。
「ムニャムニャ……ありしゃわ……」
「寝言言ってら」
「今度はわたくしが……ムニャ……足ツボを……押して差し上げますのこと……」
……絶対にイヤだなぁ。力加減を間違われて足を潰されそうだ。
「多少は会話もできたし、スキンシップ(?)もできたし、ちょっとはお互いに距離が縮まったかな……」
とりあえずそれが今回の収穫ってとこか。あと、突然のことにムラムラきてしまった性欲に負けなくてよかった。ホント。
そんなことを思っていると、時刻はもう、深夜の1時を少し回った後だった。
「……そろそろか。よし」
行くとするか。
俺はワルキューレの体に布団を掛けると、客室を後にした。
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