第35話 約束は守らないと・・・ダメよ~?

 通信の呪符から、ゼルティアの雄叫びが聞こえてきた。


 ……よかった。ゼルティア、ちゃんと勝ったんだな。万全を期してはいたけど、それでもやっぱり万が一ってことはあったから……ホッとした。


「ゼルティア様……勝ったんですのこと?」

「ああ。やってくれたよ、さすがはゼルティア様だ」

「す、すごい……そしてわたくしは本来ゼルティア様を守る四天王ですのことですのに、逆に守られるとは、不甲斐ない……」

「反省は後だ」


 殴られたり突き刺されたり矢を受けたりでボロボロなんだから、反省や悔しがるより前に回復をしてもらわなきゃな。


「しかし、敵はいったいなにがしたかったんですのこと……? 大軍ではないにせよ、あんな強者の将を送り込んできて……連合軍も結局来なかったですのことですし」

「……威力偵察かなんかだったんだろ」


 大嘘である。ゴショクという国がブン・オウに大軍に見せかけた小軍を持たせて送り込んできたことに、確かに意味はあったのだ。とはいえ、それをいまワルキューレに話すわけにはいかない。

 

 俺たちは魔界の入り口まで骸骨馬スケルトンホースを走らせて帰ってくる。出迎えにはエキドナ、そしてブユダが出てきていた。


「エキドナ、ワルキューレを頼むよ」

「ええ、ご苦労様ですアリサワ。さすが、無事勝利を収めましたね」

「俺……っていうよりかはゼルティア様のおかげだけど」

謙遜けんそんしないでください、アリサワ」


 骸骨馬からワルキューレを頑張って降ろそうとしていると、エキドナがヒョイッと片手で担ぎ上げてしまう。……やっぱ俺、非力すぎ?

 

「ゼルティア様はきっと、アリサワが立てた策だからこそ目の前の戦いに集中できたに違いありません。あなたの働きあってこその、ゼルティア様の戦功でもありますよ」

「……そりゃどうも」


 俺としては評価や称賛はゼルティアに集中してもらった方がいいんだけどな。俺は最強の魔王を支える影の参謀で充分だ。


「いやぁ、本当に! 素晴らしきご活躍でした!」


 ブユダが、なんとも快活に笑いかけてくる。


「大軍と見せかけた小軍というアリサワ様の読み筋は大正解でしたね! しかしまさか、その小軍の中に十英傑と呼ばれる猛者がいるとは予想外でしたが……それすらも打ち倒してしまわれるなんて」

「あはは、まあ、それほどでも」


 よく言うよな、ブユダめ。【俺が小軍と見抜いた上でゼルティアを第1陣として向かわせる】ってところまで読んで、あの軍に十英傑を仕込んでいたのはお前だろう?

 

 コイツの計画の1つは、あの蛸壺のような陣形にゼルティアを誘い込み、孤立無援の状態にさせてオウ・ブンの戦略と武力によって捕まえようというものだろう。

 

 ……まあ、突拍子もないワルキューレの参戦宣言と俺の戦略を前にして、その企みはあえなく瓦解がかいしたわけだが。


「……さて、じゃあ俺はまたゼルティア様を迎えに戻るよ」

「ええ。よろしくね。兵の撤収は私の方で指揮を取っておくわ」

「ああ、それも頼むよ」


 エキドナはそう言うと、ワルキューレを担架に乗せ、配下の魔族に運ばせる。

 

「あっ、そういえばワルキューレ? あなた、私との約束を守らず暴走したわね?」

「ギクゥッ!!!」

「あとでお説教と、傷が治ったらオシオキよ?」

「ひ……ひぃぃぃっ!!!」


 そんなふたりの会話を背に、俺はゼルティアたちを迎えに行った。




 * * *




 戦いが終わって2時間。次々と魔界の入り口の大穴に、地上に出ていたモンスターたちが帰っていく。エキドナはその1体1体をチェックして、敵が紛れていないかを確認する作業を行っていた。


「──ここまでが魔界地下第1階層戦力、っと。そして最後が……ワルキューレが率いていた即応軍ね」


 即応軍。それは魔界地下第1階層から地下第4階層のいずれの戦力にも属さない、普段は魔王城で待機する余剰戦力である。その内の8割は、この数カ月でコクジョウ領主ブユダが献上した戦力から構成されている。


「……ふむ、ふむ、ふむ。……アラ、見慣れないモンスターね」


 エキドナの目が留まったのは、大型のカバを思わせる形をしたモンスターだ。


「確か名前は……バゲージモス、だったかしら? 確か先月にブユダ様から献上されたモンスターね」


 その特殊能力は『収納』。その口の内側には体積以上の収納空間があり、武器や馬車など【さまざまなモノ】を仕舞っておくことができる。体の内部は亜空間と化していることから、内側にあるモノの魔力が漏れることも無い。


「……よし、問題なしと」


 エキドナの検閲を通り抜け、のっそのっそと、バゲージモスは魔界へと戻っていく。


「コッチだ、バゲージモス」


 迷いの森の中で声が掛かる。バゲージモスは、その方向へとのっそのっそと歩みを進める。ソコで待っていたのはどこにでもいるような魔族の男。テント状の荷台へとバゲージモスを乗せると、馬を走らせ始めた。


「さて、俺の仕事は……第2階層のレャクレ山火口付近で【荷物】の載せ替えか。どこまで運ぶんだ、コレ?」


 この男はバゲージモスを指定の場所まで運ぶという依頼しか受けていない。その中に、何が入っているのかなんて考えもしない。

 

 ……依頼主も不明、最終的な目的地も不明。魔界の各階層を経由する指示に、配送者である馬車の御者たちは一様に首を傾げながらも仕事を果たした。なにせ、前金の羽振りがよかったからだ。

 

 のちに、この魔族の男が同業者たちに聞いたところによると、同じような【バゲージモスを運ぶ】という依頼が何件も出されていたらしい。

 

 それからバゲージモスたちはいろいろな馬車の荷台に載せ替えられて、最終的に魔王城の即応軍の元へと戻った。いつの間にか、その中身は空になっていた。

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