第34話 一騎打ち / 決着

 ドッペルゲンガーのペルが率いる軍が現れて、戦場は混乱の様相をていしていた。もはやブン・オウの築いた必勝の陣形はどこにもない。


「……貴様の展開した陣形の弱点、それは外壁が薄くなることだ」


 アルファベットの【C】の形に陣形を移行させると、弧を描く部分の兵力が、前面と背面の両方から簡単に攻められるのだ。


「確かに内側の敵兵力に対しては強く出られるだろう、しかし、それは外側から敵兵力が攻めて来ない間に限る」

「ええ、その通り。アンタたち第2陣が第1陣のための退路の確保にくることまでは読めていた。でもまさか逃げるだけではなく、陣形を破りに来る前提で兵力を分散させてるなんて……アンタのとこの軍師は何を考えているのっ?」


 ブン・オウの疑問はもっともだった。兵力の分散……それは本来ならご法度。できる戦略は増えるが、しかしその分各個撃破されてしまう可能性が高まるハイリスクな作戦だ。


「フッ、ウチの軍師は身内のひいき目を抜きにして優秀なものでな」

「いくら優秀でも不可能よっ! そんなの、よっぽどこの陣形の内側の状況や退路確保の状況を分単位のレベルで把握して、予備戦力を突撃要員に使うか退路確保のための補充要員として使うかをその場で判断する必要があるわっ!」

「そうだな、そしてウチの軍師にはそれができた。なぜなら、あやつ自身がこの鉄火場へと身を投じ、その戦況を逐一その目で把握していたのだから」

「はァッ!? そんな軍師、どこにも──」


 言いかけて、ブンがハッと息を飲んだ。


「まさか、さっきの貧相なボーイ……!」

「そう、あやつこそがタケヒコ。並々ならぬ知恵と勇敢さを持つ、我らが魔界随一の軍師よ!」

「クッ……あのとき逃すべきでは……アタシとしたことが敵を見誤ったか……!」


 暗黒勇者ナサリー、そしてペルの率いるモンスター軍団によって、ゴショク兵は圧倒的に不利に陥った。もはや、そこから立て直すことは不可能。


「……詰み、ね」


 散り散りに敗走していくゴショクの兵たちを見て、ブン・オウはそう呟いて馬を降り、矛を地面に置いた。


「負けたわ。ひとりの武人として、私は生き恥を晒すつもりは無いの……ひと思いにりなさい」

「うむ……いや、その戦功の立て方は、いささか違うな」

「え?」


 ……そう、私が求めているのはもっと、そう。


 ゼルティアは馬上から降りる。そして、地面に置かれた矛を再びブン・オウへと手渡した。


「私はまだ、貴様に実力で勝ることを証明できていない」

「な、何を言うの……?」

「貴様が本当にここで終わりたいと思っているのであればここで斬ってやってもよい。だが、もし貴様にまだ火が灯っているのなら……私と戦え、ブン・オウ」

「いったい、なぜ……戦功を立てたいなら、アタシの首を獲ればもう充分なハズじゃない。そんなリスク、背負う必要……」

「貴様の武が見たい。将としての武ではなく、貴様個人の武を」

「っ!」


 ブン・オウは、目を見張り……そして不敵に笑った。


「アンタってヤツは、青臭い……でも、嫌いじゃないわ」


 ブン・オウは、再び矛をその手にした。


「いいわよ、上等じゃない。アタシとて、将となる前はこの腕っぷしひとつで武を魅せ生きてきた。そうしてこの人生みちを切り拓いてきたのよ……!」

「そうだ。それが見たい。十英傑、【豪腕のブン・オウ】。その実力を見せてみろ」

「ブォホッ、ブォホホホッ! 将ではなく、ひとりの武人としてのアタシを出すなんてどれくらい振りかしら。いいわよ、魅せてアゲル! アンタにアタシが越えられるかしらっ!」

「越えるさ、今日」


 地上でふたり、長剣と矛を構えた。


「ドォリャァァァアッ!」


 大地を揺るがすような踏み込みと共に、ブン・オウが矛で仕掛ける。


「セェェェイッ!」


 同じく、地面を蹴り砕くように腰を入れて、ゼルティアが長剣で応じた。


 ──剣と矛が激しく交わり、雷が落ちたかのような轟音が響く。


「ああ、血が昂ぶるわァッ! 我がための武、我がための闘争! なんて自由で……色のある世界かしらッ!」

「まったくだ……!」


 ……やはり、ブン・オウ。貴様は強い。かつてナサリーと【分け】になった理由が分かる。


 ナサリーはブン・オウのその大柄な体躯から繰り出されるリーチのある攻撃とその腕力に、まともに近づくことができなかったのだ。ゆえに、得意の剣技という土俵に勝負を持ち込むことができなかった。


 ……でも私は違う。


 腕力は互角。であれば……勝負の決着をつけるのは速さ、そして武技。それらが上回る者が、この戦いの勝者となる。


 ──そしてゼルティアはこの数か月間、【特別に優れた武技を持つ】暗黒勇者ナサリーとひたすら戦い続けてその技を高めてきたのだ。


 洗練された両者の武技が火花を散らす。


 ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ! 


 剣と矛が1合、2合、そして3合と打ち合わされ──その達人同士の決着は瞬く間にやってきた。


「これで終わりだ、ブン・オウ」


 一瞬のスキを突き、ゼルティアが剣を跳ね上げた。ブン・オウがその手に持っていた矛が弾かれて宙を舞う。


「……アンタ、ヤるじゃない」


 ゼルティアはその長剣を躊躇なく振り下ろす。鮮血が舞う……ブン・オウの、その巨体が大地に沈んだ。


「──我、魔王女ゼルティアが、十英傑がひとりブン・オウを討ち取ったぞッ!!!」


 ゼルティアの高らかな勝利の叫びが、戦場にこだました。

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