第32話 最弱の俺が戦場に立つ理由、それはただ逃げるためではなく

 ……なんとか、命からがら、ここまでたどり着いた。


 ブラッディ・ワルキューレを囲む兵士たちの陣形を骸骨馬スケルトンホースに乗って突破して、俺はそのすぐ側まで近づいた。


「待ってろワルキューレ、いま助けるっ!」


 俺は骸骨馬から飛び降りると、あきこちに大怪我を負ってボロボロになってしまったブラッディ・ワルキューレを抱き上げた。


「フ、フンギギギ……!」


 ワルキューレ自体は小柄なのに、鎧と槍が重いぜ……!


「ア、アリサワ……? なんで、あなたがここに……」

「あ? 予備戦力として突っ込んで来たからに決まってんだろ」

「なんで、魔力ゼロのあなたまで……」

「そうする必要があったから……って、喋ってる暇はねーぞっ。『魔炎の波イルフレイム』!」


 俺は後ろから迫りくる槍兵たちに向けて杖を振るう。その柄にはめ込まれた赤い宝石が輝くと、たちまちに紫色の炎の波がゴショク兵たちを包み、骨にしてしまう。


「さあ、乗せるぞっ!」

「うっ……」


 傷ついたワルキューレの体をできるだけ優しく、しかし急いで骸骨馬の上へと乗せる。さて、さっさと逃げないとな。それが俺の役割だ。


 俺がここに来た理由……それはブラッディ・ワルキューレの回収ともうひとつ。それに関しては逃げながら果たせばいい。


「アラアラ、いいタイミングでお仲間が来たわね。ずいぶんと貧相なボーイだケド」

「アリサワ、後ろッ!」


 気が付けば、俺のすぐ後ろには十英傑ブン・オウの姿が。そして、その巨大な矛が俺めがけて振りかぶられている。


「危ないッ!」

「いや、大丈夫。俺はなにもひとりで来たわけじゃないさ」


 直後、ガキンッ! と大きな衝突音が響き渡る。ワルキューレは思いっきり目をつぶっていたけど……俺にその必要はない。信じていたから。俺たちとブンの間で、振り下ろされた矛を長剣で止めていたのは──ゼルティア。


「さあ、タケヒコ。急げっ!」

「ありがとうっ!」


 俺もまたワルキューレを先に乗せた骸骨馬へとまたがった。


「ゼルティア、武運を」

「任せろ。私は負けない。行けっ!」


 ゼルティアが示した先、そこにはゼルティアとナサリーに寄って築かれた退路がしっかりと延びている。


「しっかりと掴まってろよ、ワルキューレ!」

「ぇ……ひゃぁっ⁉」


 俺は骸骨馬を走らせる。ゴショク兵たちの間を駆けていく。


「ちょ、ちょっとアリサワッ!」

「なんだっ? しゃべってたら舌噛むぞっ!」

「ゼルティア様を、引き揚げさせなきゃのことよっ!」

「はぁ、なんでっ?」

「あの大男、悔しいけど強かったのこと! 特にあれだけの兵士たちに囲まれてる状況じゃ……手も足も……!」

「だろうなっ!」


 そんなことは分かり切ってる。相手の土俵で戦ったらどうなるか、それは以前、俺自身がvs勇者ナサリーで証明している。どんなに強い相手だろうと、攻勢に転ずる暇さえ与えなければ思いもよらぬほど容易く倒せるものなのだ。


「だけど……それを込みで大丈夫だっ!」

「大丈夫……って、なにがっ⁉」

「ブン・オウの土俵は俺がブチ壊す! そしてブン・オウにはゼルティア様が勝つ! お前はそれを信じていればいい!」


 十英傑である【豪腕のブン・オウ】。比類なき腕力を持ち、知恵も切れるこの相手は、直情的なブラッディ・ワルキューレにとっては確かに天敵となりうる存在だった。


 ……だけど、俺たちは違う。腕力ならゼルティアが、知恵なら俺が。ふたりの力が合わされば歴戦の将であるブン・オウにだって対抗できる!


 だがまずは俺がこの最前線からワルキューレを連れて離脱することが最優先だ。ゼルティアとナサリーに広く退路を確保してもらっていたから離脱は簡単、という予測を立てていたんだが……まあ、戦場とは机上の計算がそのまま通用するほど簡単な場所でもない。


「──逃がすかっ! この魔族どもめっ!」

「きゃあっ⁉」


 骸骨馬に力なく乗せられているブラッディ・ワルキューレの足を、決死の表情で飛び出してきたゴショク兵たちに掴まれて、馬から引きずり落とされてしまう。


「仲間たちをよくもまあ楽しそうに殺してくれたなッ!」

「この鬼女めッ!」

「討ちとってやるッ!」


 ゴショク兵たちの槍や剣が振りかぶられる。


 ……いやいや、ここでみすみす殺させたら、俺は何のためにここまで来たんだっつーの!


 俺が杖を構えると、その柄にはめ込まれた魔法石が赤く光る。


「『魔炎の壁イルフレアード』ッ!」

「ッガァァァッ⁉」


 紫色の炎が立ち昇ってワルキューレの正面に壁を作り、それに触れたゴショク兵たちを灰と骨に変えた。


「大丈夫か、ワルキューレ!」

「え、ええ……」

「そりゃよかった──よっこら……セィィィイッ!」


 馬から降りた俺は再び気合いを入れてワルキューレの体を持ち上げる。


 ……重い重いッ! これでも俺、最近は筋トレにも励んでるんだけどなぁっ⁉


 なんとかワルキューレの体を馬に乗せ、俺もまたがる。


「さあ、さっさと最前線から離れるぞ」

「……アリサワ」

「ん、なんだ?」

「さっきから気になっていましたのことよ……あなた、どうして魔術を……?」


 ああ、紫色の炎のことか。俺はワルキューレへと杖を見せた。


「これのおかげだよ。ゼルティア様からもらったんだ。柄に炎魔術が込められた魔法石が埋められてるロッドでな。何回かだけだけど、強力な魔術が使えるんだ」

「魔法石……って、アリサワ! それ確かすごく貴重な……」

「らしいな」


 魔法石は魔力石と同じように自然にできるものではない。魔術を物に対して付与することができる高度な技術と、その魔術に見合った高価な宝石が必要だ。市場価値は目を見張るほど高い。


 ──ただし、一般的に数回ほどの使用で壊れてしまうものが多く、超高価な消耗品なのだ。


「そんな貴重なもの、なんで……」

「え? なんでって、そりゃ褒美に貰って……」

「違うのことっ! なんでわたくしなんかのために、そんな貴重なもの使ってるのことよ……! もっと他に使う機会が……!」


 は? ワルキューレなんかのために?


「『お前なんか』じゃないだろ、ワルキューレ。お前は四天王で、俺の仲間じゃないか」

「……っ」

「なんだよ? なんかおかしいか?」

「わたくしは、四天王でありながら、兵を率いる将でありながら……周りが見えなくなって、暴走してしまったのことよ……?」

「知ってる」


 俺もゼルティアも突撃していく姿を呆れながら眺めてたしな。


「そ、それにそれにっ! わたくしは……以前あなたを見捨てましたのことよ……?」

「見捨てた? ああ、勇者ナサリーが攻めて来たときか。あの時はアレがベストの判断だったってだけだろ」

「違っ……わたくしは、そこまで深く考えてなんて……」

「……」

「……ごめんなさい、アリサワ……」


 ふーん? もしかして……そこに後ろめたさを持ってくれてたのか。


「なんだよ。自分の快楽しか興味のない【お子ちゃま】かと思ってたら、割といろいろ気にしてくれるタイプだったんだな、お前」

「なっ……お子っ……⁉」

「それじゃあ、後で助けた礼はたっぷり返してもらうとするかな。ただ、別にこのロッドのことは気にしなくていいぞ」


 ……杖の使用に関しては、後々のためにここで【使っておく必要があった】ってだけだからな。


 俺たちはそんな会話をしつつ、なんとか最前線から抜け出た。これでひと安心だ。


 ……さてさて、戦況は把握できたし。そろそろだな。


 俺は通信の呪符を起動する。俺の頼れる配下のひとり、ドッペルゲンガーのペルへと。


「聞こえるか、ペル?」

「はっ、タケヒコ様。通信状態良好です」

「第1プランの通り、退路確保は間に合っている。予備戦力2を率いて1点突破しろ。そのあとはナサリーの指示に従え」

「了解っ!」

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