第31話 十英傑のひとり、ブン・オウ

 ブラッディ・ワルキューレは、背後からの突然の攻撃に骸骨馬スケルトンホースから落馬してしまっていた。


 ……まったく、なんですのことっ?


 もちろん、そんな不意打ちごときでやられるようなヤワではない。槍を片手に立ち上がる……が。


 ……腕が、痺れてる……?


 自分に一撃を食らわせたであろう、黒馬にまたがるその目の前の大男の一撃は、想像以上に重たいものだったようだ。


「……あなた、何ですのこと?」

「ヤるわねェ? アタシの一撃を喰らって立ち上がれるヤツなんて、これまで数えるほどしかいなかったケド」

「……質問に答えなさい。何者なのか、と聞いていますのことよ」

「アッラ、もしかしてアタシのこと知らない? 傷つくわァ。それとも、もしかして魔族ってみんなそんな感じ?」

「もったいつけは要りませんのこと。あなたが大将なんですのこと? あなたの首をもげばわたくしたちの勝ち?」

「んふっ、気が短いのねェ。まァ、いいわ」


 大男がその体躯ほどある矛を肩に担いだ。


「アタシはブン・オウ。お察しの通り、この軍の大将よ。で、アンタはゼルティア魔王女様で合ってるのかしら?」

「はぁ? 人間ごときに名乗る名前は持ち合わせていませんのこと」

「……ブォッホッホッ! そうよねェ! そりゃあ名前を聞かれて素直に答えるヤツ、そうそういないわよねェッ!」


 牛が鳴くような声で、その女口調の大男が笑った。


「ま、いいわ。とりあえずアンタのことは適当にボコってとっ捕まえちゃうから」

「人間ふぜいが……このわたくしに勝てるとでも思い上がっていますのことかしら?」

「思っている。なぜならアタシは──ブン・オウだから」

「あっそう。腹立たしいですこと……お前はふたつに裂いてシャワーにしてやるッ!」


 ──ブラッディ・ワルキューレが跳んだ。チーターのように俊敏に。


 その場にいるほとんどの兵士たちの目にも止まらぬ速さで、槍を構え、馬上のブン・オウへと迫る。もう、ワルキューレの記憶からは『戦功をゼルティアに渡す』なんて考えはすっぽり抜けていた。


 ……とにかく今は、目の前で自分の享楽きょうらくをジャマした大男が許せない。それだけで頭がいっぱいだった。


「死ねッ! 人間ッ!」

「確かに速いケド……遠いわッ!」


 ガキンッ! とブンの長い矛の柄が接近途中のワルキューレにぶつけられる。もちろん、直撃は槍で防いだワルキューレだったが、


「……くぅッ!」


 ブンの凄まじい腕力がワルキューレを容易く弾き飛ばした。


「ブォホホッ! リーチの差がデケェわよね? アタシの方が体格が上、武器エモノの長さも上、極めつけに馬上よ? 聖王国のナサリーちゃんくらい器用だったら上手く立ち回れるんでしょうケド……アンタはどうかしら?」

「ほざけッ!」


 ワルキューレは立ち上がり、再びブンへと迫ろうとして……しかし。


「なっ……?」


 ドスリ、と。ワルキューレの脚に矢が刺さり、その動きが止まった。


「アラ、立ち止まっちゃうの? そこはアタシの攻撃範囲内よ?」

「がぁッ⁉」


 ブンの再びの大振りの一撃が、ワルキューレを吹き飛ばす。


「くっそ……!」


 辛うじて転がらずに態勢を立て直そうとする。でも、そんな暇はワルキューレには与えられなかった。


「今度は槍ッ⁉ 周りからッ……!」


 背後から自分に向かって突き出された槍を回避しながら、ワルキューレは周りを見渡した。


 ……いつの間に! わたくしとブンの周りが兵たちに囲われてるっ⁉


 丸く大きく、それはまるでブンと自分を閉じ込める檻のようだった。


「これはいったいっ……⁉」

「お嬢ちゃん、アンタ将に向いてないわ。だって全然周りが見えてないんだもの」

「ぐっ……わたくしの兵はッ⁉」

「そんなもん、とっくに分断済みよ。アンタは独りきり」


 ブンが呆れたように鼻を鳴らす。


「大人しく捕まるってならこれくらいにしといてアゲル。さ、どうする?」

「こんな小賢しいマネで、もう勝ったつもりなんですのこと? お前なんて、ジャマさえなければこの槍でひと突きにしてやれる……ッ!」

「降伏はしないのねェ? ま、確かにアンタが強いのは分かったわ……【個】としては、ね」

「……何が言いたいんですのこと?」

「『武ハセルモノニラズ、勝チテ見セルモノナリ』ってね。小賢しくて結構、綺麗に舞うのは踊りで充分。アタシにとっての武とはすなわち【必勝】。それのみよ」


 ブンが再び矛を横に構え、大きく息を吸う。


「弓兵ェェェェェィッ!」


 四方の空から矢が降り注ぎ、ワルキューレの逃げ場を失くす。


「魔導兵ェェェェェィッ!」


 直線的にいくつもの光の球がワルキューレを追尾する。


「槍兵ェェェェェィッ!」


 槍が突き出され、ワルキューレが後ろに下がることを許さない。


「クッ……これはッ……!」


 ワルキューレが体に矢を受けつつ逃げ回っている間に、いつの間にかそこはブンの矛が届く範囲だった。


「フンヌゥゥゥゥゥッ!」

「ギャァッ!」


 グシャリッ! 力いっぱいに振り回された矛がワルキューレの体を押し潰すようにして吹き飛ばす。


 ──それからはまさしく蹂躙じゅうりんだった。軍 vs 個、あるいは猟師たち vs 獣の戦い。完全装備でチームワークも抜群の猟友会を相手にイノシシが1匹で戦おうとしているようなものだ。


 ワルキューレは1度も攻勢に出ることを許されず、ひたすらに殴り回されて、とうとうその体を地面に伏せた。


「ふぅ、しぶとさだけはピカイチだったわねェ」

「……ぐぅっ……!」

「アラ、まだ動くの? アタシ、弱い者イジメは趣味じゃないんだケド……」


 もう一撃とばかりにブンがその矛を振り上げた。


 ……しかし。


「『魔炎の壁イルフレアード』ッ!」

「ッ⁉」


 ブンの前に、突如として紫色をした炎が立ち上がり、ワルキューレとの間に壁を作った。


「……間一髪、って言うには遅すぎたか」

「あ、あなた……アリ、サワ……?」

「おうよ。悪かったな、手間取って」


 四天王のひとり、アリサワタケヒコ。骸骨馬に乗り、片手に赤く輝く魔法石の埋め込まれたロッドを持ったその男がワルキューレの側に駆けてきた。

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