第30話 計画通り~想定内の想定外の事態~

 地上にぽっかりと空いた大穴、その魔界の入り口から俺たちは大勢のモンスターを引き連れて地上へと上った。俺とゼルティアは骸骨馬スケルトンホースにまたがっている。その分視界が高い位置に来るわけだが、


「おー……スゲー」

「一面に広がる敵、だな」


 さっそく見えた戦場の光景にふたりして息を飲んだ。 


 ……これは報告に来た魔族が慌てるのも頷けるな。遠くに広がる数えるのもおっくうになるほどの陣が敷かれており、俺でさえ万の兵がいるんじゃないかと錯覚してしまいそうになるもん。


「タケヒコ、本当に敵は大軍ではないのか? 敵軍の厚みがすごいのだが」

「よく目を凝らせば分かるけど、陣だけが構築されていた周りに兵がいないところがチラホラあるよ。上手いこと陣幕を使って、兵士たちの間隔を広く開けて配置してるんだ」

「視覚的に向こうのテリトリーを多く感じさせられてしまっているだけ、か」


 その通り。人数に関してはその通りだが……


「お気をつけください、マスター。それとゼルティア様」


 後ろから同じく骸骨馬にまたがったナサリーが寄ってくる。


「向こうの兵士たちの装備の色を見て確信しました。彼らはゴショクの国の者たちでしょう」


 ゴショク、俺の知識だと確かそこは山の多い国で、生前の世界で例えるなら中国のような地形の国だった。


「ええ。聖王国とは同盟国の関係で、私も何度か訪れたことがありました。そしてゴショクにはかの【十英傑】がふたりいます」

「ふたりも、か」

「ひとりが【大魔術士】と呼ばれる女ですが、彼女は国に引きこもっています。しかし、もうひとりの方は違う。自ら好んで戦場へ駆けるほど闘争心に溢れた武人……ブン・オウです」

「……!」


 なるほど、強くて戦好きか。なら今回の戦の目的からしても、恐らくこの戦場に出てきていることだろう。しかし、それは俺たちとて望むところ。


「そのブン・オウはどれくらい強いんだ?」

「そうですね……1度親交を深めるため、ということで手合わせをしましたが、その時の結果は【分け】でした」

「……ッ!」


 分け、それはつまり生前の勇者ナサリーと互角だったということだ。


「ブン・オウは体格に恵まれた大男。人並み外れた腕力に、何事にも怖気ぬ勇敢さ、そして将としての優れた知恵を持っております。立ち合い時は特にその腕力に苦戦したものです」

「……フッ、腕が鳴る」


 ゼルティアがやる気十分とぐるぐる腕を回し始めた。


 ──そして、軍の展開が終わり、開戦の時がやってくる。


「いっっっきますのことよぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 ブラッディ・ワルキューレがこちらの第1陣を率いて全力でかけていく。俺たち予備戦力も今回の作戦の都合上、着かず離れずの距離でその1陣の後を追っていく……のだが。


「おいおい、ワルキューレのやつ、荒ぶり過ぎだろ……!」

「タケヒコ、あやつに将を任せたのはやはり失敗だぞ」

 

 ゼルティアがそう言いたくなる気持ちも分かるな。ワルキューレの赤い鎧に身を包んだその姿が、後続のモンスターの兵たちを引き離すように単騎で敵陣へと突っ込んで行く。あんなの、普通は囲まれてボコボコにされて一巻の終わりだ。


 ……まあ、アイツはそれでも大丈夫だから四天王なんだろうけど。


「キャハハハハハハッ!」


 ワルキューレの槍のひと振りで、防衛陣地を築いていたゴショク兵たちがバラバラになって吹き飛んだ。


「血ィ、血ィ、血ィィィッ! もっと、もっとちょうだぁぁぁいッ!!!」


 ブラッディ・ワルキューレの力は凄まじいものだった。立ちふさがる兵や障害物など物ともしない。その全てを槍1本で薙ぎ払い、後続の兵たちの道を作る。あっという間に我らが第1陣はゴショクの腹を喰い破っていった。


「あぁンっ! イイッ! すごぉい……! こんなにたくさんの血、受け止め切れないですのことよぉぉぉっ!」


 ブラッディ・ワルキューレが俺たちからどんどん離れていくが、その声は繋ぎっぱなしにしている通信の呪符から絶えず聞こえてくる。


「聞くに堪えん嬌声きょうせいだが……順調のようだな」

「……そうだね」


 エロゲのアレなシーンのボイスを聞いてるみたいだ。……時折、ゴショク兵の肉とか骨が潰れる不協和音と悲鳴がセットになってることを除けば。


「傑出した武の前には中途半端な陣地など意味をなさぬものなのだろうな」

「とはいえ、ゼルティア。敵陣が薄いのは分かってたこと。これからが本番だ」

「……うむ。そうだったな」


 さて、順調な突撃だったが、ここでようやくゴショクの陣に動きが見えた。


「むっ……横に広がっていたゴショクの陣が、斜め前方へと進みだしたぞ?」

「ふむ、なるほど。さすがは歴戦の将。対応が速い……いや、やっぱり誘われていたのかな。どうやら向こうは蛸壺たこつぼを作ろうとしてるみたいだ」

「タコツボ?」


 蛸壺……それは一直線に自陣を喰い破ろうとしてくる相手を、ほとんど全方位から迎え撃つための陣形だ。アルファベットの【I】の形のように兵士たちが横並びになっていたとして、そこから【C】の形に陣形を変えていく防衛戦略である。この【C】の内側の余白に敵を閉じ込めて、その周囲から徹底的に攻撃を仕掛けるのだ。


 さて、俺たちはどう行動するのがベストかな……なんて考えていたところ、


「キャハッ、キャハハハ──何者ッ⁉」


 ガキンッ! という大きく鈍い音ともに、通信の呪符から聞こえてくるブラッディ・ワルキューレの様子が変わった。


「──あンらぁ……アタシの一撃を受け止めるなんて、見た目はカワイイ小娘ちゃんなのにずいぶんとヤるわねェ?」


 女口調の野太い男の声が聞こえてくる。


「出ましたね」


 ナサリーがどこか懐かしむような声音で言う。


「この声の主が十英傑、【豪腕のブン・オウ】です」

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