第29話 この中に1人! 裏切り者がいるっ!

「……まったく、困ったものだな」


 四天王ブラッディ・ワルキューレの幼さが際立つその癇癪かんしゃくに、怒るにしても呆れが先だってしまったのだろう、ゼルティアが深いため息を吐いた。


「あやつは無視でいいな。さあ、行くぞタケヒコ」

「あ、はい」


 今度こそ会議室を後にしようとしたが、しかし、ガシっと。俺の手が掴まれる。


「待ってください、アリサワ」

「……なんだよ、エキドナ」

「先ほどまではアリサワの方針に賛同でしたが……少し、考え直したんです。ブラッディ・ワルキューレに先陣を任せましょう」

「えっ……なんでだよっ?」

「だって、そちらの方が確実でしょう? 最終的にゼルティア様が戦功を挙げるにしろ、なにもリスクのある最初の戦いに投入する必要はないではありませんか。相手が大軍でないという絶対の保証もないわけですから」


 ぐっ……気づかれたか。エキドナの言うそれは正論だ。つまり、先行部隊としてブラッディ・ワルキューレを突撃させて敵軍のその力を計る……なんともマトモな案じゃないか。


「えっ……わたくし、いくさに出てもいいんですのこと?」


 ギャン泣きしてたブラッディ・ワルキューレがケロッとした顔でこっちを向きやがる。ウソ泣きかよ。


「約束事はあるけれど、それをしっかり守れるならね? できるかしら?」

「わたくし、守れるわっ! できますのことよっ!」


 おいおい、エキドナめ! 確定事項みたいに話を進めるじゃんっ?


「おい、タケヒコ……どうする?」

「うぅ……エキドナの言うことがド正論すぎて、なんて返したものか……」


 ゼルティアとふたり、どうしたものかと腕を組んでいると、


「──あの、少しよろしいでしょうか」


 これまで静観を保っていたコクジョウ領主ブユダが恐る恐るといった様子で手を挙げた。


「えぇと、ブユダ様? 何かご意見があるようでしたら、どうぞ」

「発言の機会をありがとうございます、エキドナ様。これまでのお話、私のような戦についての門外漢もんがいかんには部分部分でしか理解できていないかと思いますが、現状の論点としてはどうやら『いかにゼルティア様の安全を確保して戦功を立てていただくか』ということかと存じます」

「そうですね、その通りかと」

「であれば、ゼルティア様には予備部隊を率いる将としてブラッディ・ワルキューレ様と共に戦場に出るのはいかがでしょう」


 予備部隊……読んで字の通り予備の部隊、だな。しかし、なんで予備?


「お言葉ですが、予備部隊が使用されるのはあくまで非常時。実際の活躍の場となるのは実働部隊として先陣を切るワルキューレに不測の事態が起きたときとなりますので……活躍の舞台がめぐってくるにしろ、それはハイリスクなものになってしまうかと」


 うん、まあそうなるよな。エキドナが俺の気持ちを代弁してくれる。しかし、ブユダの案は少し違っていた。


「予備を予備として活用するわけではなく……むしろ場合によっては予備を主戦力とさせるのです」

「ん……? どういうことでしょう」

「ゼルティア様の戦功を挙げることを重視した場合、逃げてしまっている相手では力不足でしょう? であれば、ブラッディ・ワルキューレ様が率いる部隊が敵の力量を確認した直後、相手の戦力いかんによって、その後続の予備部隊を率いるゼルティア様たちが敵を蹴散らしにいく……とした方がよいのでは、と思った次第です」


 なるほどな。鉱山作戦か。


 ブラッディ・ワルキューレはいわば鉱山のカナリアで、ゼルティアがツルハシを持った鉱員だ。ワルキューレカナリアが危険を検知して鳴かなければ安全と考えて、ゼルティア鉱員が突入するという流れだろう。


 万が一、敵が強すぎてブラッディ・ワルキューレが敵中に取り残される羽目になった場合、ゼルティアたちは安全第一で何もせずに戻ってくればいい……ということだろう。


 ……まあ、ゼルティアに限って仲間を見捨てるなんて真似はしないんだけどさ。絶対に。


「……どう思いますか、ゼルティア様。それにアリサワ」


 エキドナがこちらを見たので、俺とゼルティアは顔を合わせる。


「どう思う、タケヒコ?」

「そうですね。問題ないかと」


 俺は即答した。ぶっちゃけ作戦とかはどうでもいい。この提案がブユダから出た時点で──カナリアが鳴くのだろうことは分かっている。そしておそらく俺やゼルティアともども、鉱員たちは逃げられない運命になるのだろうと確信した。


 ……でも、それでいい。すべて俺の想定の範疇を越えていない。これならゼルティアにとっても、これまでの特訓の成果を試すいい機会になるはずだ。


「ではゼルティア様やアリサワも納得したことで、その案で迎え撃つことにしましょう。ブユダ様、ご提案をありがとうございました」

「いえいえ、素人が口を出してしまい申し訳ございません。少しでもお役に立てたようならよかったです」


 エキドナとブユダのやり取りが終わって、会議は解散。俺たちは即刻、積極的防衛行動のための準備に取り掛かる。


 ……と、俺はその前に。ちょっと話しておく相手がいるんだよな。


「エキドナ、少しいいか?」

「どうしたのです、アリサワ」


 俺は会議室を出た廊下で、エキドナを捕まえるとちょっと離れた場所に移動する。


「どうしたんです、こんなところまで連れて来て……」

「伝えたいことが1件、協力してほしいことが1件あるんだ」

「……もう、【なんでも】は聞いてあげませんからね?」


 どうやら、この前のお願い事を相当根に持たれているらしいな。まあ、前回はだいぶ吹っかけてしまったからしょうがない。


「無理難題を押し付けようってわけじゃないんだ。とりあえず結論から話すから、落ち着いて聞いてくれ」

「……もったいつけますね? 聞くだけは聞いてあげますから、早く話してください」

「うん、了解。あのな、コクジョウ領主のブユダいるだろ。アイツ、俺たちのこと裏切ってるから」


 この3カ月かけてブユダの動向を調べたんだよね、俺。そしたらなんと、ブユダのヤツ聖王国と共謀して、【魔王様暗殺】と【魔界を聖王国の属国にする】という聖王国のふたつの計画に協力する代わりに、魔界の実権を貰うという取引をしているらしいのだ。


「………………」

「おーい、エキドナさん? 帰ってこーい」

「……え、えぇッ⁉⁉⁉」


 一拍どころか三拍くらい反応が遅れたエキドナの、その素っ頓狂な声が廊下へと響いたのだった。

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