第26話 美少女たちのバトルと汗と友情
ゼルティアとナサリーは互いの剣で親交を深めるべく、朝の体操程度の軽い手合わせを行うことになった──ハズだったのに。
「ぜぇぇぇぇぇいッ!」
「はぁぁぁぁぁあッ!」
──ガキンッ! ガキンッ! シャキーンッ!
「なんでぇぇぇぇッ⁉」
何がどうしてこうなったのか、ふたりのその手合わせは、実戦そのものの大迫力で掘っ立て小屋の前で繰り広げられていた。
「おかしい、おかしいぞ……! 俺が知ってる『朝の体操程度』はこんなんじゃないっ!」
知らんオッサンが朝5時くらいに近所の公園でやってるラジオ体操的な太極拳を見ようと思って来たら、なぜか突然目の前で名作カンフー映画のアクションシーンの撮影が始まりました、くらいにモノが違う! いや、それ以上かもしれん。
「ペルさーんッ! ペルさん来てーーー!!!」
「はっ、タケヒコ様。ここに」
ペル(ドッペルゲンガー)は俺が呼ぶなり瞬時に駆けつけてくれる。
「ペルさん、止めておくれよ! あのふたりを止めておくれー!」
「……お言葉ですが、タケヒコ様。私が死んでしまうと思いますが構いませんか?」
「それは構う。ダメ。しかし……ペルでも無理なのかぁ……!」
勇者ナサリーの実力の60%を発揮できるペルであったとしても、あの2人の相手は荷が重いらしい……っていうか、そのペルに『死んでしまう』と言わしめるってさ、あの人たち全然互いに手加減してなくね?
「こんなとき、俺はいったいどうしたら……!」
いや、諦めたらそこで試合終了ですよ? そうさ、こんな時のために俺のお得意の問題解決能力があるんじゃないか。考えろ俺、考えるんだ……!
「──はっ⁉」
閃いた。そうか、そういうことだったのか!
「視点を変えてみれば、これは……よくある古典的シチュエーションじゃないか。物語のメインキャラクターたちがヒロインを取り合って決闘する王道的展開だっ!」
少女漫画などではありきたりなそのシチュエーション。本来は男たちが女の子のヒロインを取り合う展開という先入観に妨げられ、気づくのが遅れてしまった。
……今この場において争っているのは女性陣2人。対して男は俺1人。で、あれば。
「俺が良さげなタイミングで『私のために争わないでっ!』って悲痛の叫びを上げれば、きっと……」
きっと……。
きっと、気色悪いだろうなぁ。間違いない。ていうかあのふたり、別に俺のために争ってないし。
そう思ったのでもう俺は何も言わずにただ見てた。
──そしてゼルティアとナサリーが火花を散らし合うこと、10分。
「はぁっ、はぁっ……くっ……」
「どうやら終わりのようですね、ゼルティア様」
朝の体操(という名のガチバトル)は決着したらしい。汗だくで肩を上下にさせるゼルティアとは対照的に、涼しげな表情でナサリーは大剣を担いだ。
「私の勝ちです。とはいえ、ゼルティア様におかれましてもなかなかに見事な剣技でございました」
「くっ……悔しいぃぃぃっ! なんだ貴様っ⁉ 何をしても軽々と対応しておって! どうやって勝てとっ⁉」
「そうですね……どうやら今の私には体力という概念が無いみたいですので、剣で勝ちたければ純粋に技能で上回ってもらうしかないかと」
「ぐっ……私の鍛錬不足、か……!」
フラフラとした足取りでゼルティアが俺の元に歩いてくる。
「お、お疲れ様。大丈夫?」
「うむ、だいじょ──うわっ⁉」
「おっと……」
よっぽど疲れていたのだろう、ゼルティアがつまずいて、体を俺に寄りかけた。とっさに受け止める。
「あっ……」
そうして俺は間近で見て、感じた。
──ポタポタとゼルティアの顎から滴り落ちる、陽に照らされて輝く綺麗な汗のしずく。しっとりと濡れた背中。熱を持ったしなやかなその体。
「すっ、すまないっ、タケヒコ!」
ゼルティアが顔を真っ赤にして俺から離れた。
「あ、汗臭かったろうっ? ああ、タケヒコの体も私の汗で濡れてしまったな、いまタオルで拭くからっ!」
「あ、お構いなく……」
「くぅっ! ナサリーに負けたあげく、タケヒコにとんだ痴態を見られてしまった……一生の恥だ……!」
「いや、全然そんなことない。むしろ運動後のゼルティア、すごく綺麗だ……」
「はっ……?」
いや、だって普通そう思わない? 爽やかな汗をかく女の子って……魅力的じゃない? 目いっぱいに体を動かして火照った後の姿って、なかなかに貴重だしさ。
「とっ、とにかくっ! 今、タケヒコにつけてしまった汗は拭くから! ホラ、こっちへ来い!」
「あ、大丈夫。ぜんぜんこのままで結構」
「結構じゃない! 絶対クサいから! 私が結構じゃないんだ!」
「こんなの大したことない。舐めておけばなんとかなるから」
「アホ!!! バカ!!! ちょっとやそっとの傷くらい唾でもつけておけば大丈夫、みたいな言い方で汗を舐めようとするなっ! 汚いっ!!!」
痛い痛い。ペシペシと軽く叩かれてしまった。それから乱暴に体を拭かれてしまう。まあこれはこれでお姉さんにお世話される気分でなかなか良いのでは……?
「しかし、それにしても思いがけずに自分の剣の腕の拙さを改めて知ってしまったな……おい──ナサリー」
ゼルティアは呼吸を整えると、ナサリーの元へと歩み寄った。だ、第2ラウンドとか言い始めないよね……?
「さすがは元勇者だ。潔く負けを認めよう、今の私では貴様に勝てん……それで、だ。ナサリー、その腕を見込んで訊きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「この世界に、地上には……私より強い者はどれだけいる?」
「……そう、ですね。ゼルティア様より強い者といえば……【十英傑】などでしょうか」
「十英傑……?」
「私たちのいるこの大陸の国々の中で極めて高い武勇を有する10人の者たちです。以前まで聖王国の勇者として、私もその内の1人に名前を挙げられていました」
それは俺も初めて聞いたな。地上の強者たちはそんな感じで名前を馳せてんのか。
「10人……多いな」
ゼルティアは小さくため息を吐く。
「ナサリーはそやつらと戦ったことはあるのか?」
「生前に私が直接戦って確かめた者もいれば、武勇を又聞きしただけの者もいます。あえて言わせてもらうなら……十英傑の中には生前の私より強き者もいます」
「……!」
「最強を名乗りたいのであれば、今のこの暗黒勇者たる私に負けていては話にならないということですよ、ゼルティア様」
それはにわかには信じられない話だった。あの魔王様を追い詰めた、【
もしそんなヤツが魔界に攻め込んできたらどうしよう……なんて、俺がひとり戦々恐々としていると、
「タケヒコ」
ゼルティアが真剣な表情を向けてくる。
「タケヒコにお願いがあるんだが、いいか?」
「もちろんっ!」
「……内容を聞く前から承諾するヤツがいるか、おバカ」
そんなこと言われても。俺、ゼルティアのやることには何でも協力してあげたいと思ってるからなぁ。
「願いというのはな、これから戦略についてをタケヒコに学ぶかたわらで、ナサリーともたびたび模擬戦をさせてもらいたいということだ」
「それはやっぱり、強くなるために?」
「ああ。このままではいけない。私はもっと強くならなくてはならないんだ。タケヒコの言ったような【猛将】となるためには、な」
俺は当然のごとく、頷いた。
「ゼルティアにそれが必要だというなら、喜んで。ナサリー、今後俺がゼルティアを訪ねる時について来てくれるか?」
「マスターの命令とあれば、どこへともなりと」
「──感謝する、ふたりとも」
ゼルティアは俺へと軽くハグをすると、それからナサリーの元へ。
「よろしく頼んだぞ、ナサリー」
「手加減はしませんので、ゼルティア様」
ふたりの間に固い握手が交わされた。
……女の子の熱い友情(?)。それを側で眺めるのも、オツなものですな。
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