第25話 ゼルティアと自室でイチャついてたら正妻風を吹かせるナサリーが来た件

 2週間弱が経った。俺は相変わらず魔界地下第1階層の守護者として防衛力の強化に努める一方で、週に2回、魔王城のゼルティアの部屋に赴いて戦略についての講義をするようになっていた。


 ……ヤバくない? 週に2回、美少女の部屋に入る権利を与えられているこの現状。マジでハッピーだぜ、とかいう完全陽キャの感想しか出てこない。


 ただ、そんなおもむきも今日はいつもとは少し違っていた。


「いらっしゃいませ、ゼルティア様」

「うむ。来たぞ、タケヒコ!」


 魔界地下第1階層の転移陣から意気揚々とした様子でゼルティアが現れる。今日は、俺の部屋で戦略の勉強を行いたいというゼルティアの要望に応えることになっていたのだ。


「あの掘っ立て小屋をリフォームしたんだろう? どんな風に変わったのか楽しみだ」

「……いちおう前にも言ったかと思いますけど、別にそんなに変わってないですからね?」


 間取りは変わってないし、外観などもそれほどだ。どちらかというと快適空間になるように家具を増やしたり、補修したりがメインだったわけだし。


 そんな楽しいものでもないと思うけど……とりあえず小屋へとゼルティアを上げる。


「ささ、どうぞ。何のお構いもできませんが」

「うむ、くるしゅーない! ん? おおっ、少し物が増えているな!」


 ゼルティアが楽しそうに部屋の中を見渡す。そんな珍しいものもないけどなぁ?


「タケヒコ……ハンモックとか、この階層の地図とか……なんだか、秘密基地みたいで興奮するなぁ?」

「そ、そうですね」

「サバイバルナイフとか宝箱は無いのか?」

「ないっす」


 ゼルティアの感性ってちょっとアレなのよ、男子小学生寄りなのよ。


「なんですか? もしかして今日ここに来たのって、『小屋ってなんかいいよな。部屋の中に居てもアウトドアって感じがするし、家を出てすぐそこで焚火とかできそうで、ちょっと憧れるなぁ』みたいなノリですか?」

「……そ、そんなこた、ことはないゾっ?」


 噛んだっ! いま噛みやがったぞこの魔王女様! やっぱりそんな理由だったのかよ! まったく日ごろ公務ばかりで元気でも有り余ってるのか?


「えーっと……じゃあどうします? 今日は勉強はやめて焚火とかしてマシュマロでも焼いちゃいます?」

「うぐっ、タケヒコっ! 私を子供扱いするんじゃない! 貴様いま、『やれやれ元気が有り余って困ったもんだ』みたいなことを思っていただろうっ?」

「おお、すごい! ゼルティア様、俺の心が読めるんですかっ⁉」

「……よし、1発殴る」

「調子乗ってすみませんでしたー!」


 ゼルティアがグルグル腕を回し始めたので降参。参ったと両手を上に挙げる。むりむり、殴られたら死んじゃう。


「まったく、タケヒコは……」

「ええ、俺ですか? ゼルティア様が最初にソワソワし始めたんじゃないですか」

「むっ」


 ゼルティアがむくれた。


「……まだ様付けか? ふたりきりなのに……」

「……すみません、ゼ、ゼルティア」

「……うむ。それでいい」


 顔を赤らめつつ、ゼルティアが微笑んでくれる。


「今日この第1階層に来たのは確かにこの小屋にちょっと興味があったのもあるがな……でも1番はタケヒコが暮らしている家を見たかったからだ」

「え、俺の?」

「そうだ。だって……好きな人の部屋は、見たくなるものだろう?」

「っ!」


 おいおい、直球ストレートだな……!


「ふふ、どうしたタケヒコ? 顔が赤いぞ……?」

「ゆ、夕陽のせいですよ」

「まだ朝だが? というか室内だが? 認めよ、タケヒコ。照れてるのだろ?」

「……ゼルティアだってさっきから顔赤いし!」

「ふ、ふんっ! 照れて何が悪いっ! 私は女子だぞっ! 顔くらい赤く染めてやった方が可愛かろうっ?」

「じ、自分で可愛いとか……!」


 ひ、開き直ったな、ゼルティアめ……。ならこっちにだって考えがあるぞ。


「ゼルティア」

「なん──うぁっ⁉」


 俺は、ノースリーブでむき出しのゼルティアの肩へと触れ、自分の元へと引き寄せる。


「タ、タタタ、タケヒコ……⁉」

「そうだな。ゼルティアはとても可愛い。そんな可愛い可愛いゼルティアに辛抱ならなくなったので、これからキスをします」

「はっ、はぁっ⁉」


 素っ頓狂な声を上げるゼルティアだったが、俺は容赦しないぞ。顔をゆっくりと近づける。


「ちょぉっ⁉ ちょお待て、待てタケヒコ! ばかっ! 心の準備が……!」

「3秒前」

「カウントを取り始めるなっ!」

「にぃーい、いーち……」

「ふぁぁぁあっ! 2回目、まだ2回目なんだぞっ⁉ こんなムードもへったくれもない、こんなところで……! 大馬鹿者! くぅっ……!」


 何だかんだ言いつつ、ぎゅっと目をつむってくれるゼルティア。


 ……ふふ、よしよし。これで照れたことは誤魔化せる。その上でゼルティアにチューもできる。まさに一石二鳥だ、さすがは俺。問題解決能力に優れた魔界随一の軍師なだけはあるな!(※極大の自惚れ&何も考えないで喋ってます)


「ゼルティア、可愛いよゼルティア……」

「ぐぅぅぅっ……! キスし終わったらコイツ殴るぅ、絶対に殴るぅ……!」

「照れ隠しするゼルティアはキュートだね、とてもキュートだよ……」

「ふ、憤怒ふんぬぅぅぅっ……!」


 とまあ、そんな茶番を繰り広げつつ唇を重ねようとした、その時。


「──マスター! 洗濯物が終わりましたよっ!」


 掘っ立て小屋の戸をバァン! と開け放って現れたのは暗黒勇者ナサリー。


「ん?」

「え?」


 ゼルティアと、ナサリーの目が合った。


「……なんだ、貴様は?」

「……あなたこそ、どちら様でしょうか」


 ……あれ? 空気が凍ってない?


「私はゼルティア。タケヒコの【恋人】だが?」


 ひときわ【恋人】という部分を強調して言うゼルティア。それに対してナサリーは淡々と、


「私はナサリー。マスターとはかけがえのない一心同体の間柄、とでも言いましょうか」

「かけがえのない……っ⁉ 一心同体、だとっ⁉」

「まあ、生前に命のやり取りをしたうえ、今では生活も共にしておりますので。なかなかこれほど深い関係は得難いものです。あ、マスター。これマスターのパンツです。表裏しっかり洗っておきました」

「……パンツを、洗った……?」

「あとマスター、今日のご飯はお鍋ですよ。いっぱい食べて、体をしっかりと温めましょうね」

「……おいタケヒコ? なんだコイツは? いったいこれはいったいどういうことだ……?」


 ゼルティアが笑顔を向けてくる。うっすらと殺意さえこもっていそうな、引きつった笑みだった。


「あ、これについては説明をば……」


 早々に事情を話さねばヤバい。俺はまくし立てるような早口で、実はかくかくしかじかでと事の経緯を説明する。


「──なるほどな、事情はまあ、把握した」


 ギリギリ、セーフ! なんとか誤解は解けたようだ。


「だが私は今、溢れんばかりに嫉妬をしているぞ? メラメラとな。それを解消するには……これしかあるまい」


 ん? セーフ……なのか? いや、ゼルティアが背中の剣に手をかけてるっ⁉


「アウトだ! それはダメだよゼルティア!」

「なんだ、タケヒコ。どけ。ちょっと運動するだけだ」

「明らかに血なまぐさい運動しようとしてますよねぇっ⁉」

「……いや、それは誤解だよ、タケヒコ」


 ゼルティアが小さく息を吐いた。


「私はそこまで短気ではない」

「え……」


 ……そうかなぁ? 俺の記憶の中のゼルティアは、勇者の元に単身突撃しようとしたり、500人のモングル兵に単身突撃しようとしたりする女性なのだが……。


「なんだタケヒコ、その疑わしげな目は」

「いや、別に」


 みなまでは言うまい。殴られそうだし。


「じゃあゼルティアは、どうして剣に手をかけてるんだ?」

「それはもちろん、目の前に居るのがくだんの勇者ナサリーと聞いたからだ。ただし、もはや父上の傷の恨みを晴らそうなどとは思っていない。ただ私が最強を目指す途上ゆえに、その存在は避けては通れぬというだけだ」


 ゼルティアが不敵に微笑んで見せる。


「それに、私たちは同じ剣士同士。ならばお互いを知るには言葉を交わすよりも剣を交わした方が早いと思わないか、勇者ナサリー?」

「……同意ですね。マスター、許可を?」


 えっ? なになに? 決闘……ってこと?


「大丈夫だぞタケヒコ、朝の体操みたいなものだ」

「マスター、許可を?」


 まあ、体操っていうなら……軽い運動なんだよね? 中学校の時にやっていた剣道の授業を思い出す。竹刀と竹刀を交互にぶつけ合うイメージ……たぶんそんな感じだろう。


「……えっと、まあ、お互いを思いやって軽くやるくらいならいいんじゃない?」


 という訳で俺は了承した。

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