第24話 暗黒勇者ナサリー、誕生

「肉体がこちらの世界にあって、召喚対象と契約の合意さえあれば、使う魔力は微小で問題なさそう……だな」


 召喚魔術により墓場に集約される怨念と魔力を見て成功を確信する。どうやら魔力石1つ分の消費量で召喚契約は充分なようだ。


 ちなみに俺やエキドナたち四天王は全員が異界から召喚されている。その存在が強ければ強いほど、異界から肉体ごとこちらの世界に呼び出すのに膨大な魔力を消費するらしい。


 ……魔王様、4人目の俺を召喚するときには魔力が空っぽだったって話だったけど……俺、よっぽど弱かったってことだよなぁ。


 日本人がよく異世界に転生させられるわけだぜ。いや、言うほど頻繁に転生してるのかは知らんけど。


「おっ、召喚が終わったみたいだな」


 勇者の墓が紫色に輝いたかと思うと、土を弾けさせて、そこに空いた穴の中心にひとりの美少女が立っていた。


 白い肌、白髪のようなブロンド、翡翠ヒスイのように輝く目。後ろが雪景色ならば馴染んで溶けてしまいそうな薄弱なその見た目と、それとは対照的に立ち込める黒い負のオーラのコントラストが圧巻だ。


 俺は上着を脱いで、近づく。


「ナサリー、体の調子は」

「……問題ありません、マスター」

「『マスター』?」

「この召喚は主従契約ですから。これからは我が主マスターと呼ばせていただきます。さあ、マスター。なんでもご命令を」

「……とりあえず、服を着よっか」


 肉体が再構築されたからかは分からんけど、素っ裸なんだよね、君。俺は手に持った自分の上着を羽織らせる。


「感謝します、マスター。それで……」

「レイシアの件だろう? 分かっている。ただ少し時間をくれ」


 魔界はこれまでいくつかの人間国家の侵攻を阻んできたとはいえ、未だ満身創痍な状況であることに変わりはない。自分たちから地上に討って出るにはまだまだ力不足だし、聖王国まで向かうというのも自殺行為だ。


 とまあ、そういった現状をナサリーへと説明した。


「承知しました。幸いなことにこの体には老いの概念はありません。ゆるりとその時を待ちましょう」

「そうしてくれると助かる。レイシアの体はそれまで別の場所に安置しておこう」

「ありがとうございます、マスター」


 というわけで、思わぬ新しい戦力が手に入ってしまったわけだが……。


「ところでナサリー、今ってどんな状態なの? 魔族……なの?」

「そうですね。魔族は魔族ですが少しおかしな状態ですね……【暗黒勇者】、とかいう」

「暗黒勇者」


 思わずオウム返しに言ってしまった。暗黒って……ネーミングがちょっとなぁ。くすぐられちゃうよなぁ、暗黒の歴史……俺の知られざる──黒歴史を。


 ……いや、別に語らないよ? それとも俺が中学生の時に黒いノートに書き留めてた【♰タケヒコ♰の十戒じゅっかい】と【滅び往く世界の詩ワールドレコード~AD2020~】の話でもする? 誰得なんだ?


「あ、マスター……少し問題が」

「ん? ああ、どうした?」

「今の暗黒勇者としての私には、かつての勇者としての恩恵はなくなっているようです。勇者であれば普通の剣士職の1.5倍のステータスになるはずなのですが、それがありません」

「あらら、まあそれは仕方ないな。勇者としての魂は天に返したとかなんとか、さっき言ってたもんな?」

「はい。ただ、その代わりに……『常時呪い付与』という特殊異常状態がかけられているようです」

「え、なにそれ?」

「常に【反転の呪い】が掛かっている状態で……あと暗黒勇者は呪い状態の時に『自己再生』『全ステータス1.2倍』『呪い属性攻撃』という特性を得るみたいです」

「強っ!」


 普通に強くないか? まあステータス倍率は下がってるけど、その分付属効果が増えてるんだもんな?


「……よかったです。マスターのお役に立てそうで」

「ああ。たぶん強さ的には他の四天王に引けを取らないんじゃないか……?」


 だとしたら、すごい戦力を手に入れてしまったことになるな。


「さて、マスター。何かやるべきことはあるでしょうか? 御用がないようでしたら、私のことは【返還】していただいて構いませんが」


 返還──それは召喚の逆を意味する言葉で、つまりはこの場から消えることを意味する。召喚契約に応じた魔族は、召喚者の任意のタイミングで呼び出したり消したりをすることができるのだ。だいぶ便利。


 なので、俺は現時点でナサリーに任せる仕事が無いのであれば、いまはナサリーを返還しておくことも可能だ。でも……そうはしない。


「実はナサリーにはいくつか頼みがあるんだ」

「頼み……ですか? もちろん問題ありません」

「ありがとう。まず1つ目として、ナサリーが召喚によって誕生した魔族だということは伏せておいてほしい」


 これについては、念のための布石だ。ナサリーという存在が怨念から進化させた通常モンスターである、という偽の情報は今後どこかで役に立つ可能性がある。だからこそ召喚や返還を繰り返し使うようなマネはしたくない。


「かしこまりました、マスターがそう望むのであれば。では、代わりに私に与えられる素性とはいかなるものでしょう?」

「ナサリーの気分を害してしまったら悪いんだけど……ゾンビ系だな。キング・ゾンビの進化先の最上位種、カース・ナイトを名乗ってほしい」

「ふむ、カース・ナイトですか。そういえば先日殺しましたが、今の私とかなり似た風貌ふうぼうだった気がします」


 そういえばそうだった。確かナサリーは魔王様の陣に急襲をかけた際、この魔界地下第2階層の元守護者だったカース・ナイトを瞬殺してたんだった。


「承知しました。それではこれより私は、ナサリーの体を触媒に誕生したカース・ナイトとして暮らしましょう」

「うん。よろしく頼むな、ナサリー」

「こちらこそ、マスター」


 俺たちは改めて、互いに固く握手を交わした。


「……ところで、返還されないとなれば、直近でなにかすることはありませんか? 体を慣れさせるためにも、軽く運動をしたいのですが」

「なにか、って言われても……敵とかはいないし……」


 と悩んでいて「あっ」と、思い至る。


「ナサリーはさ、勇者として旅とかした?」

「え、まあそれなりに」

「じゃあアウトドア生活とけっこう慣れてる?」

「はい、そこそこ経験は豊富かと……それが、なにか?」


 俺は90度の角度で頭を下げた。


「快適な生活環境を整えるための知識を俺にください!」


 ……俺、いまだにすきま風がビュウビュウ吹き荒れる掘っ立て小屋の中で毎日を過ごしていますので。

 

 ナサリーの初仕事、それはキャンプ知識を生かしての俺のQOL(クオリティオブライフ)の向上。


 まあそんなこんなで、ナサリーのおかげで掘っ立て小屋のすきま風が無くなったうえ、ハンモックとかもでき、さらには家事炊事にも抜群に貢献してくれて、日々の生活がめっちゃ快適になりましたとさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る