第27話 新たな敵軍、襲来

 勇者の侵攻、モングル兵の威力偵察などなどがあった波乱の日々から3カ月が経過した今日。


「それでは、第3回防衛戦略会議を開きますね~? 議長は私、エキドナが担当いたします」


 俺を含めた四天王、それにゼルティア、数人の他の魔族を加えた面々で魔王城の会議室の卓を囲んでいた。


「それではいつもの流れ通り、まず各階層守護者たちから先月時点の防衛コストと資源状況、問題点などがあればその報告をお願いしようかしら~。じゃあまず言い出っぺの私からいくわね──」


 かつて褒章授与式典の後にエキドナに対して(半ば脅迫的に)俺が開催を提案したこの防衛戦略会議も今回で3回目になる。細かなスケジュール調整や主催に関しては完全にエキドナに頼っていて申し訳ない。ありがたやありがたや。


「むぅ」


 あれ、勝手に両手を合わせてエキドナのことを拝んでたらなんかにらまれたよ? 頬をぷくーっと膨らませて。いや、ごめんて。


 まあそんなことはあったけど、つつがなく報告会は終了。


「──はい、みんな報告ありがとうねぇ。ゼルティア様、何か報告を聞いてのご意見などはございますか?」

「いや、無い」


 俺を含め、他の四天王たちからの報告を聞いたゼルティアは満足げに頷いた。


「みな、それぞれの務めをしっかりと果たしてくれているな。その働きに感謝する」

「もったいないお言葉ですわ。……それでは次に、追加の魔界全体の防衛戦力の増強についての議題に移るわね? 本日お時間を割いていらしていただいているコクジョウ領主ブユダ様より、先月に引き続いて魔王軍への戦力を献上いただいているわ」


 名前を呼ばれ、その場でゆっくりと立ち上がったのは、以前、魔界地下第1階層に来て俺に多くの魔力石をくれた物腰柔らかそうなな中年の男、ブユダだった。


「ゼルティア殿下、ならびに四天王の皆さま方。まずは先月に引き続き、この場にお呼びいただいたことに感謝を申し上げます。なかなか遅々として領地軍の再編が進まず、小出しでの戦力の献上となってしまっている現状ですが、少しでもお役立ていただければ幸いと存じます」

「謙遜するな、ブユダ殿。貴殿の協力には大変助けられている」

「いえ、殿下のお役に立てているのであればこれ以上の喜びはありませんとも」


 その忠誠心にあふれた言葉に、周りからは『おぉ……』と感心の声が上がった。


 ──ブユダは3か月前から急激にその存在感を大きなものへとしていた。


 戦力を始めとする多くの資源の提供、元々の行商家業を活かした魔界の各階層や地上の国々への物流コネクション、それにその物腰の柔らかさと人当たりの良さで、今や魔王軍の中枢を支えている魔族のひとり……ブユダをそう評価する魔王軍上層部もとても多かった。


「──さて、防衛戦略会議の議題としては以上なのだけれど、他に何か意見や話しておかねばならないことを持っている方はいるかしら?」


 1時間弱の会議も終わりに差し掛かる。今月も特別な報告はなく、魔界は順調に力を回復しつつある……良いことだ。


 さてさて、さあ今日も今日とてこの後はゼルティアへの講義を行い、その後はゼルティアとナサリーの模擬戦だ。


 ……なんて思っていたのもつかの間だった。


「──報告っ! 地上にて軍事侵攻の兆候在りっ!」


 会議室に走り込んできた魔族が息も荒くそう告げた。にわかに、会議室が騒然となる。


 ……うん、騒ぎたくなる気持ちは分かるが、今は騒いでいる場合じゃない。


「報告ご苦労様。それで、軍の規模は?」


 駆けこんできた魔族を労いつつ、俺は情報収集にあたることにする。


「はっ……不確かな情報しかなく、魔界の入り口の大穴前に設けた観測所から見る限り、平地を覆いつくすようでした」

「動きの詳細は?」

「広く陣を構えており、動かないとか」

「1国か複数国かは分かるか?」

「恐らく……1国かと。全兵同じ鎧を装備しておりました」


 なるほどね? 少し分かったことがある。しかし、情報はまだ不足してるな。


「報告ありがとう……とりあえず、1発殴ってみるか」


 俺が立ち上がると、それに応じるようにゼルティアも立ち上がった。


「行くか、タケヒコ」

「ですね」


「──ちょ、ちょっと待ちなさいっ⁉」


 ふたりして会議室を後にしようとすると、慌てたようなエキドナに呼び止められた。


「ゼルティア様、それにアリサワ、いったい何をしようというのっ⁉ まさか……打って出るつもりっ⁉」

「えっ? もちろんそのつもりだけど。これまでに決めてきた防衛戦略的にもあったろ? 『敵軍侵攻の兆候を検知した場合、魔界地下第1階層守護者により積極的防衛を行う』って」


 俺の言葉に、エキドナは大きなため息を吐いた。


「確かにそうですが……しかし四天王としてゼルティア様を戦場に出すわけには」

「いいや、私は行くぞ。元よりタケヒコと決めていたことだ。次に敵の侵攻があった場合のこちらの陣営の【大将】には私が就く、とな」

「そ、それはいったい、どういう……」


 ふむ、まだ準備段階だったために全体に話してはいなかったが、ちょうどいい機会だ。俺たちはその場に集まった全員にゼルティアが【最強の魔王】を目指す意義と、それにあたっての方針を伝えた。


「……戦場で戦功を立てることで、魔界内外への影響力を強める。それがゼルティア様の狙い……そういうわけですか」

「そういうことだ」


 まだ俺とゼルティアのふたりで準備をし始めて数カ月ではある。だがそれでも、いつ敵が来ようとも迎え撃つことができるだけのことはしてきた。ゼルティアは極限まで自身を追い込み武を追求し、俺はあらゆる知識の収集に貪欲に取り組んだ。


「……アリサワたち言うことの意義は理解できました。ですがやはり、時期尚早でしょう」


 しかしエキドナは、頑なにも首を横に振った。


「さきほどの報告を聞く限り、今回の敵は平地を覆う程の大軍。その素性はまだ明らかになっていませんが……それだけの戦力を動かせる国力を持った相手でしょう。ゼルティア様を戦場に立たせるにはリスクが高すぎます。それくらい、アリサワにだって分かっているのでは?」


 まあ、そりゃね。エキドナが言うことはもっともだ。でも、それでも今回に限ってはゼルティアに戦場に出てもらう必要がある。


「エキドナ、その報告を鵜吞みにするのはどうだろう?」

「……嘘の報告が上げられてきたとでも?」

「そうじゃない。ただ、それは俺たちから見たら『大軍に見えただけ』ということもある」


 これはただの詭弁きべん。だが、


「アリサワ、まさかあなた……敵の行動をもう見抜いて……?」

「見抜く? いやいや、そこまでは。さすがに買い被り過ぎだ」


 本当に、買い被り過ぎ。でも、これまで勇者を倒し、威力偵察を退けた俺が言うだけで、ただの詭弁も説得力が増す。


「おかしな話だとは思わないか? 聖王国が戦勝宣言をしてるんだぞ? なぜ大軍を率いてくる必要がある?」

「……モングル共和国が威力偵察をした結果を各国に共有したのでは? その結果、魔界にはまだ充分な戦力があることが分かり、こちらの力を削ぐためにどこかの国が大軍を動かした可能性が……」

「モングル共和国が恥を忍ばず、【魔界に対しておこぼれ狙いの戦争を吹っかけて返り討ちにあった】なんて結果を他の同盟国に共有した可能性は確かにある。だがその情報があるなら、なおさら魔界にケンカを吹っかける意味が分からない」

「……どういうことです?」

「対魔族に特化した聖王国が倒せず、それどころかまだまだ戦力を擁している魔界という相手だぞ? 普通、1国だけで挑むなんて無謀なマネはせず、連合軍なんかを組むだろ。1国で挑むのはデメリットしかない」


 率いてきているのが仮に報告通り本当に大軍なのであれば、狙い通り魔界の戦力を削ぐことはできるだろう。しかし、その場合は自らにも相当な負担が掛かることを覚悟する必要がある。誰がたった1国で貧乏くじを引こうと思う?


 なお、モングル共和国から情報を連携されていない、聖王国の敵対国が大軍を率いてくる可能性は確かにある。その国のひとつには生前の勇者ナサリーをも越える実力を持つ十英傑などもいるらしいし、魔界と戦う戦力は充分だろう……しかし、それにしても魔界に戦争を仕掛けるメリットが少ない。


 せっかく聖王国とその同盟国たちが自分たちの体力を削って魔界と戦争をしてくれるなら、やらせておいた方が良いに決まっているからだ。主義思想の強い聖王国を仮想敵国にしている国は多い。


 ……誰だって、貧乏くじは敵に引かせたいものだろう?


「では、相手の狙いはいったいなんだというのです? 大軍ではない可能性があり、にも関わらず1国で陣を展開している……不合理ではありませんか」


 エキドナの言う通りではある。本当に敵が1国だけなのであれば、な。


「だから相手さんはこれから1国じゃなくなるか、または、これ見よがしなハイキングに来たかのどちらかなのさ」

「は?」

「つまりな、敵の狙いは【これから仲間を増やすこと】だ」

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