第21話 新たな目標と恋仲なふたり

「私には兄弟姉妹がいない。知っての通り、長女なのだ」

「えっと……そうでしたね」


 そういえば、ゼルティアからあまり家族の話は聞いたことがないな。俺が知っていることと言えば、父親があの魔王様であるということだけだ。


「本来、この魔界において魔王の跡継ぎとは男系の血筋であり、父上は私の他にも子供を作る必要があった。しかしだな、私の母は私を産んでからほどなくして亡くなってしまったんだ」

「……それは」

「ああ、気を遣わせたか、すまない。ただそれは私が物心つく前の話だ。正直、悲しいと感じたことはない」


 ゼルティアは気にするなというように笑った。


「ともかく、父上は新たに妻を迎えるなどということはしなくてな。だから必然的に魔王の座を継ぐ血筋の者は私だけになったのだ」

「そうだったんですね」

「うむ。私はな、それを知って強くなろうと誓った。魔王にふさわしい跡継ぎとなるために。……ただ、父上は自分の世代で魔界の敵を失くそうと奮起していて、私を戦場に出そうとはしくれなかった。戦後の平和な魔界を私に明け渡すつもりだったようだが……私は、その考え方は違うと思っている」


 体の内側に溜め込んでいた熱い想いを吐き出すように、ゼルティアが言う。


「魔王とは強くあるべきだ。魔族は本能的に強者を崇め、弱者を蔑むものだから。魔界に住む者どもを引っ張っていけるのは、力強きリーダーだけだ。だからいつか私は戦場に出て、誰の目にも明らかな戦功を立てたいと思っている」


 俺はつい先ほどの城下町での光景を思い出す。そういえば俺が男3人組に路地裏に連れて行かれたとき、周りの誰も助けてくれなかったよな? あれは魔族たちが本能的に俺を【見定め】ようとしていたのかもしれない。俺が敬われるべき存在かどうかを確かめるために、だ。


 それを思えば、ゼルティアの考えもあながち外れてはいないと思う。


「私はな、アリサワ。そう思ったからこそ、幼き日より女を捨ててでも剣の鍛錬に励んだんだよ。しかしまだ足りない。私はこれからもひたすらに自分を鍛え続け、剣を振るい、戦場を渇望するだろう」

「ゼルティア様……」

「その道程に女らしさなんてものを挟む余地はない。だから、アリサワ、もう一度訊く。貴様はそんな私でも、これからも女磨きに時間をかける余裕もないこんな私を、それでも本当に好きでいてくれるか?」


 ゼルティアが真剣な瞳で俺を見つめてくる。


「もし……もしアリサワが私のことを好きでいてくれなくても、私は」

「いや、好きは好きなので。それに変わりはないです。いっさい、ぜんぜん、なにがなんでも。ずっと好き」

「く、食い気味に答えたなぁっ⁉」

 

 まあ、そりゃあそうでしょうよ。たとえゼルティアにどんな背景があろうとも、今ここにいるゼルティアのことを可愛いと思う気持ちも好きだと思う気持ちも、決して揺るがないんだから。


「ゼルティア様の話というのは、つまりこれからも強さを探求し続けるご自身を、俺が受け入れられるかどうかを聞きたかったってことですね? それが不安だったんですね?」

「べ、別に不安だったというわけではないっ。その、いちおう確認というか」

「いまさら何を強がりを……」

「強がってなんかない!」


 ゼルティアが頬を膨らます。いやいや、さすがに分かるって。


「いったん、不安だったかどうかは置いておいて、安心してください。俺は剣を手にするゼルティア様のこともかっこよくて好きなんです。もちろん、女の子として」

「……! そ、そうかっ。それなら、よかった……」


 はい、可愛い。ホッと息なんて吐いちゃったりして……不安だったのがバレバレなんですが。


「でも、ただですね……どうしようかなって思った点はあります。特に、ゼルティア様が戦場に出たいって仰るところが……」

「む、やはり、止めてくるか……?」

「止めたい気持ちはあります。だって、どうしたって自分の好きな人に傷ついてほしいとは思えませんから」

「うぐっ⁉」


 ゼルティアが顔を真っ赤に、胸を押さえて後ろにのけ反った。


 もうさ、この魔王女様、いちいち反応が分かりやす過ぎないか? 魔王になったら駆け引きの場とかにも出るでしょうに、ポーカーフェイスとかちゃんとできるのだろうか? 早くも心配になってくる。


 ……まあ、一番良くないのは照れると分かっていてあえてゼルティアが悶えそうな言葉をチョイスしてる俺自身なんだろうけど。だって、反応が可愛いんだもん。


「で、でもアリサワ……いくら貴様にその、す、好き、だからと言われてもな、こればかりは私の目標から下げるわけにはいかんのだ」


 おお、めっちゃ指をモジモジさせてるゼルティア様、いじらし可愛い……とまあ、それは置いておいて。


「そう仰るだろうというのは分かってました。なので、俺は考えました」

「考えた? なにをだ?」

「これから俺がゼルティア様に戦略を教えましょう。前にも言った通り、戦略の種類について俺は多くを知りません。ですが、俺が勇者を倒すにあたって使っていた【問題解決能力】を鍛えてあげることはできます」


 問題解決能力、それは文字を読んでの通り、自分の前に立ちはだかる様々な問題を解決するための能力だ。昨今の現代社会においてコミュニケーション能力と同等以上に重要視される力でもある。


 それには論理的思考や分析力が求められるのはもちろん、俺が得意とする【物事を自分以外の別の視点から考える】力も必要とされる。複雑、かつ、鍛えるのが大変な能力なのだ。しかし、鍛え上げさえすればこんな非力な俺でも最強の勇者を倒すことジャイアントキリングができるのは証明されている。


「【問題解決能力】を身につければ、戦場においてとっさに最善の判断ができるようになるなど、ゼルティア様の生存率を上げるでしょう」

「それは良い! ぜひ、よろしくお願いしたい」

「喜んで。それに加えて、ゼルティア様が出る戦場には俺が【軍師】として参加するというのはどうでしょうか?」

「え……アリサワが、私の軍師に……?」

「はい。俺が納得するまで戦略を練り上げて、確実に勝てる戦場にします。ゼルティア様にはそこで戦って戦功を立てていただきたい」

「……アリサワ、その気持ち嬉しいが……」


 ゼルティアはシュンとする。


「貴様の戦略は随一だ。であれば、戦場で勝利を挙げても、誰も私の戦功だとは思わず、『アリサワが居たから勝った』という認識になってしまうのではないだろうか……」

「いいえ、決してそんなことはありません」


 俺は断言する。


「俺の知ってる武将のひとりに……関羽という将が居まして」

「カンウ?」

「……こことは違う、俺が前に生きていた世界の武将です。彼はですね、とても多くの戦功を立てたんです。頭脳を用いる軍師としてよりはむしろ、腕っぷし自慢の猛将として」


 三国志に登場する有名武将のひとり、関羽。ともかく腕っぷしが強い。困ったらとりあえず関羽を呼んでおけばなんとかなる、というくらいの扱いをされている人物だ。


「手のつけられない敵がいれば関羽が駆けて行って斬り伏せました。義にも厚く、決して味方を裏切らない。その武と義でもって、関羽という武将は華々しい戦功を挙げ、広く世界に認知されているんです」

「私にも、そうなればよい、と?」

「ゼルティア様、将とは頭脳や奇抜な戦略が全てではありません。どんな相手にも【必ず勝ってくれる将】、そんな将がいるだけでどれだけ味方は心強いでしょうか。そして、どれだけ相手は恐れるでしょうか。猛将には、軍師の戦略以上に人や魔族の気持ちを激しく揺さぶるカリスマがあるんです」


 俺は再び、ゼルティアの手を握る。


「俺はゼルティア様が戦功を立てられるように補佐をして、ゼルティア様は俺の戦略通りに動いてその身の安全を図る。ふたりで共に目指しましょう。ゼルティア様の望む、魔界を統治するにふさわしい【最強の魔王】を!」

「い、いいのか、アリサワ。そこまで……私の夢に貴様を付き合わせて戦場にまで引きずり出してしまい、本当にいいのか……?」

「もちろん。言ったでしょう、俺はゼルティア様が好きだって。そんなあなたが何を置いても目指したいものがあるというなら、俺もその横に並んで共に歩むだけです」

「き、貴様というやつは……本当に、本当に……っ」


 コツリ、と。ゼルティアが、俺の胸に頭を預けてくる。


「ありがとう……本当にありがとう、アリサワ」

「いえ、こちらこそ。俺はただ、ゼルティア様に傷ついてほしくないっていうワガママを押し付けてるだけなんで」

「その気持ちが嬉しいよ、アリサワ」

「……ちなみに俺の名前は、タケヒコの方なんです。ゼルティア様。ぜひそちらで呼んでいただけると……」

「なっ? ファーストネームの方だとばかり……分かった。タケヒコ。これからはタケヒコと呼ぶ」


 顔を上げたゼルティアが優しく微笑んだ。


「だから、タケヒコ。貴様も私を『様付け』で呼ぶのは禁止だ」

「えっ⁉ いや、さすがにそれは立場上……」

「外で使う場合は今まで通りでいい。でもふたりきりの時くらい、いいだろう?」

「……ゼ、ゼルティア」

「……」

「……様」

「付けるなー!」


 いや、そんなこと言われても、いきなり呼び方が変わるのは気恥ずかしいというか、なんというかな……。


「タケヒコ、貴様さては照れておるな?」

「てっ⁉ て、照れてませんケドッ?」

「声がひっくり返っておる」


 ククク、とゼルティアは笑った。


「別に恥ずかしがることでもあるまい。私たちは……恋仲なのだから」


 ゼルティアは、やはり顔を赤くしてそう言った。さすがに今回ばかりは、俺の顔もたまらなく熱い。


 なあ、こんなことあっていいのか……? 俺はただ生きたくて必死にもがいていただけなのに、これほどまでにいい想いをしてしまって。こんな幸せ、きっとこの魔界中を探し回ったって俺の元にしかないだろう。


 ……心に誓う。俺は……俺のことを幸せにしてくれたゼルティアを、絶対に幸せにしてみせる。一途に彼女へと尽くしてみせる!




 ──とまあ、俺はそう誓ったわけだが……この時の俺は知る由もなかった。


 生前まったくモテなくて、


 いまでもイケメンなわけでもなく、


 ましてやガンガンに非力で弱っちいのに、


 俺の【モテ期】はこれからだったなんてことを。


 ……言っとくけど、それでも俺はゼルティア一筋だからねっ⁉

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