第22話 現れる笑顔の男

 魔界地下第1階層、邸宅のガレキ跡。俺はちょうどベンチにぴったりなサイズ感に崩れた石壁に腰をかけ、手触りのよいスベスベのロッドをさすりながら、ボーっとしていた。


 ……なんていうか、夢心地? ってやつだ。


「俺、キスしちゃったよ……美少女と恋仲になっちゃったよ……」


 魔王女ゼルティアの部屋を訪ねたのはつい昨日のことだ。まだまだ、あの部屋の甘く爽やかな香り、ゼルティアの唇の柔らかさ、触れた腰の細さ、何もかもが鮮明に思い出せる。


「あの、タケヒコ様?」

「……」ボー

「タケヒコ様っ!」

「うわっ⁉」


 びっくりした。いつの間にかレイ(ハイ・レイス)が俺の隣に来ていたようだ。


「え、えっと、なんだ? どうかしたか?」

「いえ、もう小一時間ボーっとしてらっしゃるので……」


 マジか。そんなに時間が経ってたのか。ぜんぜん気づかなかった。


「それよりも、訪問者のようですよ?」

「えっ、誰だろう……?」


 杖を地面につき、よっこらせと立ち上がる。もしかして……ゼルティア? だとしたらどうしよう? 俺、いま会ったらニヤけまくりの照れまくりの未来しか見えないんだけど。


 ──ブオン。


「どうも、こんにちは」

「え?」


 ……誰、この笑顔のオジサン?


 転移陣から現れたのはニコニコ顔の人畜無害そうな男。世が世ならキチッとした黒スーツを身に着けて法人営業の外回りなんかをしてそうな、物腰の柔らかそうなオジサンがそこには立っていた。


「あなたが四天王のアリサワ様、ですね?」

「ええと、はい。そうですが……すみませんが、どちら様でしょう?」

「私は魔王様より魔界地下第5階層のコクジョウ領地を預かっております、ブユダ・タルースと申します」

「領地を預かって、って……」


 それってつまり……領主さま?


 ブユダは不変のニコニコ顔で握手を求めてくる。


「実はかねてよりご挨拶にうかがいたいとは思っていまして。なにせ、アリサワ様は魔界を救ってくれた英雄ですから、直接会ってお礼ができればと」

「あ、ああ、そうですか……すみません、わざわざ」

「いいえ。こちらこそ本来であればお約束を取り付けなければならないところを、突然の訪問で失礼いたしました。ちょうど仕事で地下第2階層まで来る予定があったものですから、もしお顔を拝見できる機会だけでもあれば幸いだと思い……ついでという形になってしまい恐縮ですが」

「ああ、いえいえ全然。お気遣いなく。今は他国からの侵攻も無く、手も空いていましたので」

「そうですか、それはよかった。まさかお話させていただくこともできるとは、お心づかいに感謝いたしします」


 ニッコリ。めっちゃ饒舌じょうぜつに話すしめっちゃ笑顔を向けてくる。領主だっていうのに、ものすごく腰の低い人だ。……なんか、かえってこっちが窮屈に感じてしまう。


 ……いや、それが悪いわけじゃないよ? 威張り散らすような領主じゃなくて本当に良かったとは思ってる。居心地が悪いのはたぶん、俺に対人折衝せっしょうの経験が少なすぎるからだろうよ。だって元プログラマーだもん。プログラマーはほら、基本、社内でも社外でも人と目を合わせて喋らないから(超絶ド偏見)。Web会議でもカメラOFFだから(そもそも自分の顔をサブウィンドウで見たくない)。


「いやぁ、しかし、アリサワ様。ずいぶんと立派な杖をお持ちですね? 素晴らしい造りだ。どんな名工が作ったものでしょうか」

「ああ、これですか?」


 俺は先ほどからずっと持っていたそのロッドをブユダへと見せる。


「実は褒美に、とゼルティア様からいただいたものでして」

「ははぁ、なるほど。この柄に埋まっている赤い宝石は……魔法石ですか!」

「らしいですね。貴重らしいのでまだ使ってはいませんが」


 この杖、何を隠そう昨日ゼルティアに貰ったばかりのものだ。モングル兵を追い返した時にくれると言っていた褒美で、使用制限はあるものの、使用者の魔力を使わずに炎系の魔術を使える代物なんだとか。


「しかしなんで杖なんでしょうね? こういった宝石って剣の柄とかにはめ込まれているイメージが強いんですけど」

「ああ、それはゼルティア様だからでしょうねぇ」


 ブユダが愉快そうに笑った。


「知恵をもってして戦ったという、物語の中のダークソーサラーが使用した武器も杖でしたから。恐らく、その姿をアリサワ様に重ねたのかと」

「ああ、なるほど。そういった配慮だったんですかね」


 そういえばゼルティアはおとぎ話のダークソーサラーが好きだという話をしていたからなぁ。分かるぞ、自分の好きなヒーローが使ってる武器ってほしくなるもんな。俺も戦隊モノの変身ベルト、2本くらい持ってた。


「あ、そうでした。肝心なことを忘れておりました……もしお会いできたならと、大したものではないのですがアリサワ様へと土産みやげを用意して参ったのです」

「お土産?」


 ブユダは転移陣で一緒にやってきていた馬車(牽いているのは何と骸骨馬スケルトンホースではなく生き馬だ。地上にしか生息していないので魔界じゃかなりの価値である)の、その御者に荷台から重たそうな布袋を取って来させた。


「こちらをお受け取りください、アリサワ様」

「ありがとうございます……重っ⁉ えっと、中身を見ても?」

「ええ、もちろん」


 布袋だったので、上の紐の縛りを解いた。中に見えたのは大量の魔力石だ。


「えっ、どうしたんですか、これっ?」

「領地内に魔力石が採掘できる山をいくつか持っていましてね。最近は作業員たちの割り当てを増やして産出量を増やしているのですよ。まずは素晴らしき活躍をしていただいているアリサワ様に献上したいと思いまして」

「え……本当にいただいてもいいので? 魔力石はいまかなり貴重なんですが……」

「確かにそうですが……私のように資源に直接アクセスできるような魔族は、まず目先の利益よりかは全体の利益を考えるべきでしょう。特に戦時中ともあれば、です」


 おおっ……! なんだよ、この人(※魔族です)! めっちゃいい人(※魔族です)じゃん!


「それじゃあ、すみません。ありがたく頂戴いたします」

「ええ、ぜひ活用していただけると幸いです」


 ブユダさんは最後までニコニコと笑顔で、『まだ仕事があるので』と去っていった。

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