第5話 丸ごとぜんぶ罠
「──主様、よろしいですか?」
「ん、ハイ・レイスか」
通信が入った。俺は再び目をつむって視覚を共有してもらう。どうやら進軍状況についての報告をしてくれたらしい。
……ふむふむ、聖王国の兵団はちゃんと進軍してきているな?
「アリサワ、私にも視せろ」
「うわっ?」
ゼルティアに、急に手を握られる。
「な、なにを……?」
「魔力共有」
ピリッと静電気のような痛みが走ったかと思うと、俺の体に何かが流れ込む。
「これは……」
「魔力を通じて、アリサワが受けている魔術効果を私にも共有させている。つまり、アリサワの部下の視覚を私にも分けてもらっているということだな」
「そんなことできたんですね」
「うむ。お、アレが聖王国の兵士たち……そして、勇者か」
ゼルティアの声が少し、低くなった。やっぱり……父親を傷つけられた恨みがあるんだろうな。
「勇者たちめ、迷いの森へと向かっているな」
「ええ、この地下第1階層の転移陣……守護者邸宅の裏庭に来るためには迷いの森は必ず通る必要がありますから」
「そうだったな。で、我々としてはその転移陣を勇者たちに使わせるわけにはいかない。守護者
「そうですね」
「して、アリサワよ。貴様はどのように勇者たちを倒そうと? やはり迷いの森の中で撃退する想定か?」
「いえ……」
聖王国の兵団が迷いの森へと入っていく姿を見届けると、俺は一度視覚の共有を切った。
「ん? 勇者たちが見えなくなってしまったぞ?」
「ああ、いいんです。ここからしばらく休憩なので」
「えっ?」
「迷いの森では兵団に対して何も仕掛けるつもりはありません。邸宅まで素通りさせます」
「……はぁっ⁉」
ゼルティアが思わずといった様子で立ち上がる。
「ま、迷いの森だぞっ? この地下第1階層で1番のギミックを……素通りさせるっ⁉」
「はい。私の作戦には必要ありませんので」
「本当に大丈夫なのか……?」
ゼルティアはずいぶんと落ち着かなそうだ。とりあえず……コーヒーでも淹れるか。
「聖王国の兵団が迷いの森を抜けるまで4、5時間……いえ、今の兵団のペースだと8時間はかかるでしょう。そういえば、先ほど邸宅内を物色してたら美味しそうなチョコレートが出てきたんですが、兵団の到着を待っている間にいかがですか?」
「アリサワ、貴様そんな悠長な……」
「こちらが神経をすり減らしたって仕方ありませんよ。それで時間が縮まるわけでもありませんし。削るのは相手の精神だけで充分です」
きっと聖王国の兵団はあの霧深い迷いの森を、慎重に慎重に進むことだろう。今にも木々の陰からモンスターが飛び出してくるんじゃないか、なんて始終気を張り詰めながら。
「聖王国の兵団としては、一向にモンスターが出てこないというのもそれはそれで誘い込まれているようで気が気じゃないと思いますよ。さっきは何も仕掛けるつもりはないと言いましたけど、ある意味で精神攻撃のひとつを仕掛けているとも言えます」
「……まあ、私はアリサワの戦には出しゃばらないと決めたのだ。貴様がそれでいいと言うなら……いや、でも今この時にもむざむざ勇者たちを進軍させてしまっていると思うと、やっぱり気が気じゃないぞっ⁉」
「まあまあ、落ち着いて。あ、このチョコ美味しいですよ」
身悶えしているゼルティアの手のひらにひと口サイズのチョコを置く。
「むっ……こんなもので……はぐっ」
あ、食べはするんだ?
「あ、これ美味しいなぁ」
あれ? 落ち着いたねぇ?
「もう1個食べます?」
「うむっ!」
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「いただこう!」
そんなこんなで俺たちは数時間、聖王国の兵団が進軍してくるのを待ったのだった。
* * *
俺とゼルティアはチョコに舌鼓を打ったり、仮眠をとったりしながら時間を潰し、そうして7時間後。聖王国の兵団はようやく迷いの森を抜けて守護者の邸宅前まで進軍してきていた。
「さて、と……ハイ・レイス、様子はどうだ?」
「5、10、15……30、兵団はこれまで兵力を分散させたりはしていません。ただ、この後は何チームかに分かれて邸宅とその周辺を調査する模様です」
「了解。連絡ありがとう、ハイ・レイス。このまま視覚の共有を続けてくれ」
「はっ、了解しました」
調査、ね。そりゃそうだろう。ここまで何の罠も無いどころか、モンスターの1匹たりとも兵団の前には出てこなかった。魔界地下第1階層の最奥部であるこの邸宅に罠が仕掛けられているのでは? と考えるのは当然の思考だ。
「ア、アリサワ……見ろっ」
ゼルティアがクイクイと俺の袖を引っ張ってくる。
「勇者と聖職者、それに兵士が何人か邸宅内に入ってくるぞ? いいのか? このまま転移陣の元まで行ってしまうんじゃ……!」
「いえ、大丈夫だと思います。邸宅は広いですから、私の予想じゃ勇者たちが邸宅内の広間の安全を確認したのち、もう数人の兵士が内部の調査に入るはず」
「庭の調査に出た兵士たちには対応しなくてもいいのか?」
「放っておきましょう。転移陣がある裏庭にたどり着くためには邸宅内を通る必要がありますので」
5分後、やはり俺の予想通り、さらに十数名の兵士たちが邸宅内に入っていく。
「邸宅内に約10名、左右の庭に15名、そして邸宅前に5名……頃合いだな」
俺はハイ・レイスに使用しているのとは別の通信用呪符を起動する。
「邸宅内に潜むマインたちに告げる。自爆せよ」
──轟音。
形容しがたい程の音の暴力が魔界地下第1階層へと響き渡った。外にいた兵士たちを、バラバラに砕けた邸宅のガレキが襲う。そして、ズズン! という音を立てて、柱を失った邸宅が沈むようにして崩れていく。
「よしよし、良い感じ」
いやぁ、準備時間のほとんどを使って屋敷を支える主な柱を叩き折っておいただけのことはあったな。2体のマインの自爆だけで充分な成果が出せた。マインたちを生み出す時に使った魔力石10個、それ以上分の働きをしてくれただろ。
「……えっ?」
俺の隣から少々間抜けた声が聞こえる。見れば、ゼルティアがポカンと口を開けていた。
「アリサワ、今、貴様……自分の邸宅を爆破したのかっ⁉」
「えっ? そうですけど……マズかったですかね?」
あそこは地下第1階層の守護者邸宅ということもあり、守護者の任務が俺に引き継がれた以上は俺の家だと考えたので好き勝手に使わせてもらったのだが……。
「いや、マズくはないが……ずいぶんあっさりと使い潰すのだな、と」
「意表をつけるかなと思いまして」
「うむ、意表は突かれたな、敵だけでなく私もだが……。しかし、なるほどな。最初からこうして使う意図があったから、我々はこんな寂れた掘っ立て小屋で待機していたわけか」
「そういうことです」
──あ、ちなみにだが、俺たちがこれまで居た部屋の一室とは、邸宅の執務室ではない。邸宅から少し離れた距離にある山小屋のようなところだ。
今のあの邸宅内にはモンスター1匹も居ない。中で働いていた女中も全員、別の階層に逃がしている。
「で、作戦は……まさかこれで終わりではなかろうな?」
「はは、まさか」
俺は通信の呪符を起動する。
「さあ次だ、ホブゴブリン!」
指令を出すやいなや、邸宅の庭を囲うようにしている迷いの森の外周部、その木陰から
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
今日も4エピソード更新します。
12時、18時、21時ごろに分けて投稿しますのでよろしくお願いいたします!
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