第6話 作戦1【選択と集中】

「さあ家来ども! オレがさっき出した指示通り、広間のあった場所を狙い撃ちだぁッ!」

「「「ケケェーーーッ!!!」」」


 ホブゴブリンの後ろから出てきたのは魔力石5個で発生させた10体のゴブリンたち。ホブゴブリンの特殊能力『統率』によって、ゴブリンたちは指示通り、その手に構えた弓に火矢をつがえた。


「射れぇぇぇッ!」


 ゴブリンたちが一斉に火矢を放つ。それらは元々広間があった辺りへと落ちて、瞬く間にガレキに火が移り、燃え広がった。


 ──にわかに、兵士たちの動きが慌ただしくなる。


 爆発に巻き込まれなかった外の兵士たちは、ゴブリンたちに目もくれず、わざわざ慌てて燃えるガレキへと駆け寄っていった。


 まあそれもそのはずだ。だってあのガレキの下には邸宅内部の調査に入った勇者と聖職者、それに8人の兵士たちが埋もれているんだからな。


「よしよしっ、ここまでは計画通りだ」


 計画の初期段階、成功率の高い不意打ちの作戦だったとはいえ、最初から作戦が上手く機能したってのはデカい。流れに乗れるからな。


「……ほう、火攻めか」


 隣で感心したようにゼルティアが頷いていた。


「石造りの建物は基本的には燃えにくいとされているが……その屋根や内装には木材が使われていることも多い。爆発で石造の外壁もろとも壊してしまえば、その後に残されたガレキは普通に燃えるからな」

「よくご存じですね、ゼルティア様」

「訓練場で炎の剣を使って稽古けいこをしていたとき、危うく魔王城を燃やしかけたことがあってな」

「なにやってんですか?」


 いや、ホントになにやってるんだこの魔王女様は。やんちゃガールなの?


 まあそれはさておき、だ。俺も最初はまさか石造の建築が燃えるだなんて考えもしなかったな。前世で、とある世界遺産が焼け落ちたってニュースが耳に飛び込んでくるまでは。


 ──ノートルダム大聖堂、石造りのその世界遺産が火災によって大きな被害にあったのは俺の記憶に新しかった。


「アリサワ、とはいえ邸宅の木材だけではあれほどまで燃えまいよ。可燃物を仕込んだのだろう?」

「ご推察の通りです。延焼効果を高めるために屋根裏に油をしみ込ませた紙とか、度数の高い酒とか、あとは大量に【粉砂糖】なんかを置いておきました」

「粉砂糖? なぜだ?」

「ちょっとした狙いがあったんですけど……不発でしたね。まあそれはさておき、これからが火攻めの本領ですよ」


 俺は迷いの森に仕込んでおいた複数の呪符に対して、通信を行う。

 

「総勢40体のスケルトンたちよ。人間どもを殺し尽くせ」


 指令を送ると、カタカタカタ、と骨の当たる音を響かせながら、邸宅周囲の迷いの森から大量のスケルトンが歩き出してくる。そして、ガレキの上で勇者たちの救出作業に集まっていた兵士たちを取り囲んだ。


「お前も出ろ──ゾンビ・ロード」


 ユラリ、と。他のモンスターたちとは別格の雰囲気を纏った、貴族風の姿にサーベルを携えたゾンビもまたガレキに向かって歩き出した。

 

 ……さてさて、聖王国のお客様方はどんな反応をするかな、っと。


 ほう、どうやら応戦する班と勇者たちを救出する班に分けたらしいな? 判断が速いし適切だ。さすが魔王軍との戦争を生き抜いた歴戦の兵士たちなだけはある。で、その内訳は……ガレキを退かす兵士たちが7名、そして武器を構えているのが10名。


 なるほどね? そうきたか。っていうか、そうするしかないだろうね?


「作戦通り、局所的有利はもらえたな……!」


 こちらの戦力はホブゴブリン隊総勢11体、スケルトン40体、そしてゾンビ・ロードが1体。

 

「それだけじゃないぞ……!」


 ゾンビ・ロードが手のひらをガレキへとかざす。すると、爆発の際に吹き飛んだ石材に潰されて息絶えていた3人の兵士がユラリと立ち上がった。そして、剣を構えて兵士たちへと襲い掛かる。


「ほほう」


 その光景を見たゼルティアが『おもしろい』とばかりに笑った。


「魔力石が限られる中で50個使用のゾンビ・ロードを選択したか。いい判断ではないか」

「できる限り節約して戦力を増やしたいですからね」


 ゾンビ・ロードの特殊能力は『ゾンビ作成』だ。つまり、聖王国の兵団に被害が出るたび、こちらの戦力は増えていくことになる。


 俺は再びホブゴブリンへと通信する。

 

「敵の態勢が整う前に畳みかけるんだ。こちらに被害が出ないことを最優先に、武器を構えていない兵士を狙い撃ちにしろ!」


 俺たちの第一の狙い、それはこの一瞬の優勢に他ならない。そのために、俺たちはほぼ全勢力をこの不意打ちに注いだのだ。


「【選択と集中】……戦力は小出しにしてはならない、分散させてはならない、使える戦力が少なければ少ないほど、タイミングを選び、一局集中させて使うべき……」

「なんだ? それは」

「ランチェスターの法則……とかいうやつだったはずです、たぶん」


 それは今時のビジネス書によく書かれているが、しかし元々は戦争をするにあたって体系化された法則のひとつだ。要は、『兵士の使い時は選びましょう、集中させて使いましょう』ってこと。


 まあ、これはあくまで小銃やマシンガンでの戦闘を念頭に置かれたもので、弓や剣を使った戦闘には微小にしか当てはまらないってのは注意が必要なんだけどな。


 ……だからこそ、それを補強するための【地理的条件有利】との併用へいようだ。


「なんだ? 聖王国の兵士どもはどうしたんだ? 下位モンスターのスケルトンやゾンビごときに遅れを取っているぞ……?」

「それも仕方ないでしょう。彼らが足場にできる場所は限られていますから……炎に阻まれてね」

「……! アリサワ、まさか、そこまで考えてのこのモンスターの選択か?」

「もちろんです」


 聖王国の兵士たちはガレキを覆う炎の中で、しかも助け出すべき仲間がいる状態で、さぞかし戦いにくいことだろうな。


 一方のこちらは火の影響がほとんどない。スケルトンの体には燃える場所がないし、ゴブリンたちはガレキの外側から矢を射ることを中心に戦っている。ゾンビは燃えるが痛みも恐怖も感じないので、自分の体を燃やしながら兵士に掴みかかってくれる。


「よしよし、1人、2人……どんどん死んでいくな。いいぞ! 仲間を助けようとガレキを退けてるヤツらから仕留めていくんだ!」

「おお、燃えてる燃えてる、ゾンビたちが燃えているぞっ! そのまま歩け歩け……よしっ、ゴールだ! 兵士に掴み掛かった! いいぞ、道連れにしてやれ!」


 ハイ・レイスの視覚を通じて映るこちらのモンスターたちの優勢状況に、俺とゼルティアはサッカー観戦でもするかのように盛り上がった。いやぁ、それにしても今の俺たちを人間が見たら、さぞかし非道で非情な悪党に映るんだろうな。

 

 ……まあ、俺にはなんの罪悪感も湧かないんだけどね。


 魔族に転生したとはいえ、俺は元人間。実際に人間の兵士が死んでいく様を見れば少しは精神にダメージがくるかと思っていたのだが……そんなことはまるでなかった。

 

「害獣の狩りをしてるみたいな感覚に近い……のかな? 魔族と人間は別種ってことか?」

「どうしたアリサワ? 独り言なんて呟いて」

「いえ、なんでも」


 ただ、改めて人外になってしまったのだなと実感を深めていただけだ。


 そしてしばらくこちら側の優勢状況が続いた。ガレキの付近で戦う兵士の数が片手の指で数えられるくらいになった頃、


「──はぁッ!」


 ガレキが勢いよく持ち上がり、その下から勇者と、勇者に庇われた聖職者、それと数名の兵士たちが這い出てきた。


「チッ、生きていたか勇者め。まあ当然ではあるが。さて、このままでは形勢が一気に聖王国へと傾いてしまうが……どうするつもりだ、アリサワ?」


 もちろん、勇者たちの生存を前提にした次の作戦も用意はしてある。


「作戦その2に移ります」


 向こうの兵士の残りはおよそ10。いい具合に減らすことができた。一方のこちらはスケルトンが29体に、ゴブリン11体、ゾンビ・ロード1体、新たに加わったゾンビが10体だ。数的優位が取れる内にやってしまおう。


「次の狙いは──アイツだ」


 俺は通信の呪符を用いて、ホブゴブリンへと再び指令を出した。

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