第7話 作戦2【兵は詭道】

 ガレキの下から出てきた勇者は、さっそくその圧倒的な力を振るっていた。


 ブオン、ブオンと。振り回す剣の音がこちらまで聞こえて……って、おいおい、マジかよ。剣の風圧だけでスケルトン倒せんのっ?


「ふむ、マズいのではないか、アリサワ?」


 となりのゼルティアが肘で俺を小突いてくる。


「このままではせっかく広げた戦力差が瞬く間に覆されてしまうぞ?」

「そうですね。でも、そろそろ……来ました!」


 ハイ・レイスから共有される視界の隅、ゴブリン軍団によって何かを背負わされたゾンビたちが四方から勇者の元へと迫っていく。


 ブオン、ブオン、ブオン、ブオンっ!


 しかし、勇者はすぐさま迎え撃った。ゾンビたちが剣の風圧でまたたく間に切り刻まれていく。


 ……オーケーだ、それでいい。


 俺は内心ハラハラで見守っていたものの、期待通りの働きをしてくれたゾンビたちに心の中で最大級の感謝をした。


「なんだ、あれは……⁉」


 俺の隣でゼルティアが声を上げた。恐らく同じ疑問をあの場で勇者と思い浮かべていることだろう。


「……アリサワ、斬られたゾンビたちの体から白い粉が舞い散ったぞ……いったいあれは?」

「【粉砂糖】です」

「ん? それは確か、先ほど建物内に仕込んでいるとか言っていた可燃物と同じではないか?」

「はい。そうです。邸宅の倉庫に備蓄と思われるものが10トン近くありまして。これはとても軽く、ほんの少しの風にも乗る物質です」

「……ふむ。だが、それがなんだというのだ?」

「とりあえず、まずはハイ・レイスとの視覚共有を切りましょう」


 ……これから起こることで、最悪の場合は目が潰れる可能性があるからな。


 もちろん、ホブゴブリンたちに向けても通信で注意を促しておく。


 さてさて、前提の確認だ。第一に、この地下魔界第1階層は無風である。地下なので当然だ。そして第二に、邸宅のガレキ付近は現在、火災の影響で上昇気流が起こっている。そしてその上昇気流に乗って空気中に広がっているのは……もともと邸宅内に仕込んでいた大量の粉砂糖と、ゾンビたちによって撒き散らされた追加の粉砂糖。あろうことか火のすぐ側で白い粉状の可燃物こなざとうが大量に舞っているのである。


「ッ! 全員退避だッ!」


 大声で勇者が叫んだのが聞こえたが……まあ大きな問題はない。


「──ッ!」


 魔界地下第1階層に、再び爆音が響く。


「な、なんだっ⁉」

「い、いわゆる、【粉じん爆発】というやつです」


 ビックリしたのか、ガッチリとこちらの腕にしがみついてきたゼルティアに押し倒されないように踏ん張りをきかせながら、俺は答える。


「酸素、宙に舞った粉状の可燃物、そして着火……この三要素が揃えば、火薬やモンスターが無くたって爆発は起こせるものなんです」

「アリサワ、貴様さっき、あらかじめ邸宅内に粉砂糖を仕込んでいたと言ったな? まさか最初から粉じん爆発を狙って……?」

「まあ……そうです。実はそっちの最初の狙いは失敗しましたけど」


 本来なら邸宅の爆破と共にガレキ内に大量の粉砂糖が舞う密閉空間ができて、そこで二次爆発が起こる予定だった。それでガレキに埋もれた勇者以外の兵士たちは全滅させられたらな、なんて思っていたんだけど……まあ全てが作戦通りにいくわけではない。


「でも結果として邸宅内にあった数トン規模の粉砂糖が、邸宅の崩れる衝撃と火災の上昇気流でいい具合に舞い上がってくれて助かりました。着火時の密度が足りない部分はゾンビたちの突撃で補えましたし」

「で、では、もしかして今の爆発で兵士ども……勇者は倒せたのか⁉︎」

「……それは実際に見て確認した方が早いかと」


 俺たちは再びハイ・レイスの視覚を共有させてもらう。ガレキの付近は粉じん爆発の影響で煙が立ち込めていたが、しかし……。


「みんな、無事かっ⁉」


 ガレキの付近では勇者の大声が響いていた。どうやら健在のようだった。そして、その声にいくつもの兵士たちの反応が返る。


「……アリサワ、ダメみたいだぞ? 爆発音のわりに、被害はあまりないようだ」

「まあ、そうでしょうね。爆発の中心部に居れば気道や肺が焼けたりすることがありますが……ぶっちゃけ粉じん爆発って密閉空間でもなければそうそう大きな威力はでませんから」


 逆に、イベント会場などの密閉空間で起こった粉じん爆発によって死傷者が多かったりするのはそういった理由だ。逃げ場も無くなるし、粉じん爆発に起因する火災によっての殺傷も狙うことができる。


「今回は勇者の掛け声もあり、兵士たちもほとんどが燃焼効果範囲の外側に退避していましたから、せいぜい小規模の火傷を負ったくらいでしょう」

「では……失敗ということか?」

「ははっ、まさか」


 ハイ・レイスによって共有されている視覚が映し出す光景の中、兵士たちがヨロヨロとガレキから離れていくのが見えた。爆発の光と音にやられたのだろう、みんな目や耳を押さえながらも散り散りに駆けていく。その中の1人の動向を見て、


「ふっ……ふはははっ」


 俺の口からはつい悪役のような笑い声が出てしまう。ひとつの賭けに、俺は勝ったのだ。


「ホブゴブリン」


 俺は通信の呪符越しに、ホブゴブリンへと迷いなく指令を送る。


「殺せ」


 ハイ・レイスに共有してもらっている視界が、ひとりきりでフラフラとおぼつかない足取りでガレキから距離を取るその女──聖職者を映した。


「聖職者が……前衛も連れずに何をしてるのだっ⁉」

「前衛を連れてこれなかったんですよ。目がくらんでいたはずですから」

「……! 粉じん爆発はただの目くらましかっ!」

「その通りです」


 聖職者に向かって大量の矢が飛び、その体に突き刺さる。倒れ込みそうになる聖職者にさらに追い打ちをかけるように、後ろから骸骨馬スケルトンホースに乗ったホブゴブリンが近づいた。


「ケケッ! 楽な仕事だぜぇッ‼」

 

 通信を繋ぎっぱなしにしていたから、ホブゴブリンの嬉々とした声が脳内に響いてきた。直後、ズプリという生々しい音。馬上のホブゴブリンの槍によって、聖職者は背中の中心を串刺しされていた。


「よっ、よっ、よっ……と」


 ズブリ、ズブリと。ホブゴブリンは地面に倒れ伏した聖職者の胴体を念入りに何度も槍で突き刺して確実に殺す。


「よしよし、よくやってくれた」


 俺はホブゴブリンをねぎらって、通信を切った。


「アリサワ……」

「はい? えっ、どうしました?」


 ゼルティアがなんだか神妙な顔つきで俺を見てるけど……俺、別に何も変なことしてないよな?


「ひとつ訊きたい。どこからが本来の作戦にあったことなのだ? すべてが貴様の思い描いた通りに進んでいるのか……?」

「え、まさか。そんなに上手くはいきませんよ……だからこれはセカンドプランなんです」

「セ、セカンド……?」

「ええ。本来はガレキの下に密閉空間を作って聖職者を焼く、というのがファーストプランでした。それが失敗したので、ファーストプランで使う予定だった粉じん爆発を応用したセカンドプランを実行しました。それが失敗したらサードプラン、フォースプランを実行する必要がありましたね……なかなか現実は上手くいかないものですし」

「……」


 ゼルティアがあんぐりと口を開けている。……説明続けても大丈夫だろうか。


「セカンドプランについてはゼルティア様にももうご理解いただけているように、はじめから今回のこの爆発でダメージを与えるという想定はありません。私の狙いは爆発の光と音による混乱と、それによる戦力の分散です」

「まさか、爆発をそんな目的のために使うとはな……」

「【兵は詭道】というやつですね」


 戦術のかなめは相手をあざむくことだ。相手に勝てると思わせて勝たせない。有利と思わせて不利にする。本命と見せかけてただの布石……確か、【孫子】のフレーズだったっけな。爆発なんて大規模な現象をただの布石に使おうとは相手としても夢にも思わなかったはずだ。


「……さて、それじゃあさっそく次の作戦に移行しましょう。聖職者を【再利用】します」


 ……なにせ、邸宅内で狙った二次爆発も本来は聖職者を殺すための一環として計画したものだったんだからな。


 ゾンビ・ロードの特殊能力によって、聖職者の女の死体がゾンビ化して立ち上がる。これで俺たちはゾンビ化した聖職者プリーストという強力な手駒を手中に収めることができた。それも、ただの聖職者じゃない。なんていったって、あの勇者パーティーの熟練した聖職者だ。


 ……さて、いよいよ作戦も大詰めだ。


 ゾンビ・ロードの背中に貼ってある通信用の呪符、そこから俺はゾンビ・プリーストへと指令を伝える。


「ゾンビ・プリースト、補助系魔術によって勇者の全てのステータスを【上昇】させろ」

「なッ⁉」


 隣のゼルティアが弾かれたようにしてこちらを向いた。


「アリサワ、いったいなんのつもりだっ⁉ こんな場面で勇者を強化するなど……!」

「まあ、見ていてください」


 ハイ・レイスの共有してくれる視界の中、ゾンビ・プリーストがぎこちなく杖を振った。すると、ガレキの向こうでスケルトンやゾンビたち相手に無双していた勇者の体へとステータス上昇の光が宿った。


 ──その瞬間。勇者が驚きの表情を浮かべ、地面に膝を着いた。


「っし!」


 俺は小さくガッツポーズを決める。やはり、俺の【仮説】は当たっていた。まるで重力に押し潰されるように。ステータス上昇の恩恵を受けるはずがかえって【弱体化】してしまったように、勇者の表情は歪んでいた。


「いったい、なにが……」


 ゼルティアが訳も分からなそうに声を裏返らせていた。


「ゼルティア様……私は勇者への勝算があると言いましたよね。その理由がコレです。魔王様から勇者への置き土産──【反転の呪い】です」

「呪い……⁉」

「ええ。私がその呪いの存在に気がついたのは、エキドナが送ってきた使者から聖王国の兵団の進軍状況について報告を受けたあとです。キッカケはささいなこと、勇者の状態と兵団の進軍状況について、とある【矛盾】を感じたことでした」


 俺は、ゼルティアへとその経緯について説明することにした。

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