第4話 ちょっ、魔王女様っ! 困りますっ!

 瞬く間に時は過ぎ、そして1日が経過した。

 

あるじ様……来ました。聖王国の兵団です。見えますか」

「ああ、視界良好。確認できてる」


 聖王国の兵団はみな立派な白い鎧を着ていて、槍や剣などで武装を固めていた。その中にふたり、異色な女がふたり紛れている。


「銀色の鎧の長髪の女が勇者で、祭司服に身を包んだ短髪の女が聖職者か」


 ちなみに俺はいま、とある部屋の一室で椅子へと腰かけて目を瞑っている。聖王国の兵団が魔界地下第1階層に降りてきたのを直接その目で見ているわけじゃない。

 

「やっぱり便利だな、ハイ・レイスの『視覚共有』能力は」

「ありがとうございます。もったいないお言葉です」


 現在、魔界地下第1階層の入り口付近に居るのはハイ・レイスのみ。上空から『気配遮断』能力でその身を隠しつつ偵察をしてもらい、俺に視界を共有してもらっているのだ。ちなみに会話は【通信の呪符】という便利アイテムでもって、脳内での直接会話が可能となっている。


「主様、また後ほど定期報告を上げますね」

「ああ。よろしく頼む」


 さて、いよいよだな。俺は一度目を開いてハイ・レイスとの視界の共有を切った。


「さて、ホブゴブリンにも配置についてもらったし、他のモンスターも罠の準備も上々。もう他にやることはないよな……」

「ないのか?」

「まあ強いて言えば後は聖王国の兵団の到着を待つだけ……って、うわぁっ⁉」


 俺の独り言に返事が返ってきたっ? 振り返ればそこに居たのは……


「ま、魔王女様っ⁉」


 俺が召喚された時の玉座の間で見たきりになっていた魔王女ゼルティアが、いつの間にか俺の横で腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「む、魔王女と呼ばれるのは好かん。ゼルティアと呼べ」

「あ、はい。ゼルティア様……って、いやいや! 呼び方とか以前になんでここにいるんですっ⁉」


 確かゼルティアは勝手に戦場に出ないようにと、魔族の近衛兵たちに自室に軟禁されていると聞いていた。それをこんな階層まで上がって来て、俺のいる場所まで気配を消してやってくるなんて……いったいなんのつもりなんだ?

 

「いやな、何でも四天王のひとりが捨てゴマにされると近衛の魔族から聞いてな。それはさすがに不憫だと思って、勇者を迎え撃つ役を奪ってや……ではなく、代わってやろうかと思ってな」

「え? 今もしかして『奪ってやろう』って言いかけて──」

「捨てゴマとは貴様のことだったんだな、アリサワ。確かに貴様からは魔力がいっさい感じられず、不思議な気配がしていたものな」


 めちゃくちゃ強引に誤魔化してくるな、ゼルティア様。


「まあそんなわけで地下第1階層の様子を見に来たのだが」

「ゼルティア様のお付きの近衛兵たちはどうしたんです?」

「ああ、気が付いたら寝ていた」

「……」


 ゼルティアは魔王様の娘というだけあってとても強い。ということは……寝ていたんじゃなくて『眠らせた』んだろうなぁ。


「しかしアリサワよ、捨てゴマという役目に絶望しているかと思いきや、予想外に落ち着いているのだな?」

「ええ、まあ……いちおう勝算は立っているので」

「ふむ、勝算……え、勝算っ⁉」


 ゼルティアが目を丸くする。


「た、確かこの地下第1階層は戦力のほとんどを戦争で枯渇させてしまったのではなかったか……?」

「ええ、そうみたいですね。魔力石150個分しか残っていませんでした」

「そんな戦力、勇者の前には塵芥ちりあくたに等しいではないかっ。無謀過ぎる! 他の四天王に戦力を借りれなかったのかっ?」

「いや、借りにはいったんですけどね……」


 実は10時間ほど前に四天王エキドナへと戦力増強のための直訴には行ったのだ。その時点で勝算と作戦は立っていたので、その確度を高めるために少しばかり戦力を貸してくれないか、と。


『なるほど、おもしろい作戦ですね。しかし戦力は貸せません』


 まさしく、一刀両断だった。


『アリサワ、私たちとしてはあなたがその勝算に従って戦ってくれるだけで充分です。アリサワが勝てばもちろん良しですが……負けてもその勝算が通用するのかどうかが分かるので良しなのです。なぜなら、のちの階層でその教訓を活かすことができますから』


「──とまあそういった理由で、エキドナに『いまの時点でアリサワに戦力を貸すメリットが無い』、と言われてしまいまして……」

「それは酷いな……私がガツンと言ってきてやろうか? ヤツには玉座の間で手刀を喰らった恨みもあるからな……!」

「いや、大丈夫です。彼女も【魔王様を死守する】という目的を第一に考えた上での決断だってことは分かるんで」


 建前かどうかは知らないが、いちおうエキドナも俺に対してすまなそうにはしていたしな。


 ……決して、全身鎧フルプレートを脱いだエキドナが魅惑的なおっとり系美女だったからそれ以上強い態度に出られなかったとか、そんなしょうもない理由ではない。


「しかしな、アリサワが納得しているからといってこの階層の戦力をそのままにはしておけんな──よしっ」


 ゼルティアが剣を引き抜いて部屋を去ろうとする。


「やはり私が勇者を殺ってしまおう」

「ちょ、ちょっとちょっとっ⁉ ゼルティア様っ⁉」

「む、なんだアリサワ。離せ。このままでは勇者の元に行けないだろう」

「行かせないようにしてるんですよっ!」


 ぐいぐいと、腕を引っ張る俺をゼルティアが引きはがそうとしてくる。いやいや、四天王的な立場としても見過ごすわけにはいかん。


「サッと行ってザシュッと仕留めてくるだけだ、行かせろ」

「むりむり! ムリに決まってるでしょっ! 魔王様が負けた相手なんですよっ⁉」

「じゃあ貴様はこのままむざむざ勇者に殺されたいのかっ?」

「だから、勝算があるって言ってるじゃないですか!」

「えぇ……?」


 俺がそう言うと、ゼルティアはものすごく疑わしげな視線を送ってくる。


「冗談じゃなかったのか? 無茶な話だろう。父上が勝てなかった相手を魔力石150個で倒す? 不可能だ」

「大丈夫です。できます! 8……7割、いや6割くらいは成功すると思うし……」

「どんどん勝算が下がっていっているではないか! 自信があるのか無いのかハッキリしろ!」

「自信は、まあ……」


 大船に乗ったつもりで任せて、とまでは決して言い切れない。


 ……ハイ・レイスやホブゴブリンに対しては彼らのモチベーションを向上させるためにも自信満々に振る舞ってみせたけど……ぶっちゃけてしまえば、不確定要素がとても多い作戦を俺は考えているからな。


「おいおい、アリサワ。言葉に詰まっているではないか。そんな不確かな可能性に打って出るくらいなら、いっそのこと全て私に任せた方がいいのではないか?」

「……いえ。私はこれでも四天王です。ゼルティア様、あなたを戦場に出すわけにはいきません」

「それで貴様が死ぬことになってもか?」

「お言葉ですが、ゼルティア様。最初から負けることばかりを考える司令塔がどこにいますか?」

「……ほう?」


 魔王様に絶対の忠誠を誓ってまで生き永らえようとした俺で、前世からどんな上司の無茶ぶりにも答えてきた俺だぞ? 簡単に死なんて結末を受け入れるわけがなかろうよ。


「勝つための道筋は作り出しました。だから後は、どれだけの不確定要素があろうとも……私がこの勝算を成功へと導くまでです」

「……ふふっ。魔力はからっきしなのに、顔つきだけは戦士そのものだな、アリサワ」


 ゼルティアは興味深そうに俺を目を覗き込んだあと、軽くため息を吐いた。


「分かった。私の負けだ。他の将の戦に王族の権威を振りかざして出しゃばるのは違うものな。とりあえずは従来通りこの階層の守りはアリサワに任せよう」


 ……おお、よかった。とりあえず落ち着いてくれたみたいだ。あとは魔王城まで帰ってもらって──。


「あ、でも帰りはせぬぞ?」

「えっ?」

「このままここで戦況を視させてもらう。アリサワが負け、この階層が突破されることになればやはり私が戦いに出るぞ」

「えぇっ⁉」

「何を驚いている。別に言葉はたがえておらぬ。アリサワに戦わせてやるが、貴様が負けた後のことは勝手にやらせてもらうまでよ」

「いやいや、逃げてくださいよっ!」

「はっはっはっ、そう案ずるな。私は強い。勇者にもそう簡単にはやられぬさ。だからもし貴様に白刃が迫ったその時には私が守ってやろう」


 そう言ってゼルティアはカラカラと笑う。

 

「だから、私を戦わせたくないというなら勝ってみせろよアリサワ」

 

 ガシッと肩を組まれる。


「期待しているぞ? どんな戦いを見せてくれるのか楽しみだ」

「ぜ、善処します」


 一瞬、どうにかして他の階層の四天王たちに連絡を入れてゼルティアを回収しにきてもらおうかなと考えたけど……やめた。


 変に暴れられて俺が巻き込まれたら元も子もないしな。


「ところでゼルティア様? その、当たってるんですけど……」

「ん、当たってる? ああ、スマン。我が愛剣は長尺だからな」


 ゼルティアが背中の剣を背負い直す。

 

 ……違う違う。当たってるのはそっちじゃない。肩を組まれたときに『たゆん』って擬音と共にずっと押し付けられている大きく柔らかなゼルティアの胸だ。


「どうだ? もう当たってないだろう?」

「…………あ、はい。もう当たってないです」


 気にしてないならいいや、黙っておこう。この戦いに負けてしまったらこの柔らかさと温もりとも今生こんじょうの別れになるやもしれぬのだから。


 そうならないために、俺は全力で頑張ろうと改めて心に誓うのだった。

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