第3話 勝算を立てる

「か、勝ちにいくって……勝算があるのですかっ⁉」


 ハイ・レイスが上擦った声を出す。

 

『勇者に勝ちにいく』


 その言葉はよっぽど衝撃的だったみたいだ。


「まあ、まだ勝つ算段は立ってないんだけどな」

「な、なんだソレ!」


 俺が言うと、ホブゴブリンがにらみつけてくる。


「変に期待させやがって、ただの考え無しのアホじゃねーか!」

「ホブゴブリン!」

「チッ……ホントのことだろうが」


 目を吊り上げたハイ・レイスに、舌打ちするホブゴブリン。うーん、険悪だ。


「まあふたりとも、落ち着いて聞いてくれよ。そもそも勝算っていうのは自然にできるものじゃない。俺たちが頭を捻って立てるものだ。俺は考える前から負ける前提で作戦を組むつもりはない」

「ふんっ、考えるだけ無駄さ。オレたちがあの最強の魔王様が倒せなかった勇者相手に生き残れるわけがない」

「確かに、時間稼ぎの前提で作戦を組めば俺たちが生き残る確率は0%だろう。でも徹底的に勇者たちの弱点を暴いて作戦を組めば、少なくとも0%以上の生き残る確率ができる。0%の生存率と0%以上の生存率、お前はどちらの方がいい?」

「……ケッ、勝手にしやがれ」


 とりあえず納得はしたみたいだな。ひとまずはそれでいいや。


「まず、分かっていることを列挙していこう。この地下第1階層で魔力石を使って発生ポップさせることのできるモンスターの種類はどれくらいいる?」

「少々お待ちを……いま書き出します」


 ハイ・レイスが手近な紙に情報をまとめてくれた。




========================


以下、モンスターに対する消費魔力石数


リッチ:80

ゾンビ・キング:120

ゾンビロード:50

ゾンビプリースト:35

ゾンビソルジャー:20

ゾンビ:1

アイス・ゴーレム:70

フレイム・ゴーレム:70

ゴーレム:5

マイン:5

ドッペルゲンガー:70

ナイト・オーク:100

ハイ・オーク:20

オーク:3

グレムリン:90

ホブゴブリン:8

ゴブリン:0.5

スケルトン・キング:100

スケルトン・ソルジャー:15

スケルトン:0.2

スケルトン・ホース:2

ファントム:50

アイス・レイス:15

フレイム・レイス:15

ハイ・レイス:8

レイス:0.8

キングスライム:90

ポイズンスライム:15

スライム:0.5

オーガ:60


========================




「魔力石150個以下で生み出せるモンスターとしてはこのくらいでしょうか」

「ありがとう、ハイ・レイス」


 しかし、予想はしていたけどモンスターとしては弱い部類ばかりだな。いちおう【キング】が名前に付くモンスターは強くはあるけど、スケルトンやゾンビなど下位モンスターであることには変わりがない。それにキングを発生させるにしても、魔力石の数的に1体が限界だ。

 

「勇者に対抗できそうな力を持つモンスターはいそうでしょうか……?」

「……いや、力という観点でいえば、どれも勇者相手には手も足も出ないだろう」


 勇者の実力については魔王様から与えられた記憶により少しは推し量れる。

 

「この前の戦争のとき、勇者たちを含めた聖王国側の精鋭部隊は魔王様と守護者たちが控える陣に強襲をかけてきた。勇者はその際、守護者のふたり……ソウルイーターとカースナイトを瞬殺したんだ」

「不意打ちとはいえ、最上位モンスターの元地下第2、第3階層守護者のおふたりが……!」

「生半可どころか、相応の実力者ですら勇者たちの前では歯が立たない。魔王様は勇者には数発の魔術を当てることができたけど、直後にそのダメージも聖職者によって回復させられてしまったからな。勇者をだいぶ追い詰めていたみたいだったが……結局は負けてしまった」

「……そんな」

「だから、俺たちは力以外の手段で勇者たちを倒す手段を考えなくちゃならないんだ」


 俺は、紙に書き出されたモンスターたちの特性とにらめっこする。なにか、状況を打破できる特殊能力を持ったモンスターはいないのか……?


「やっぱり無理なんだって! そんな規格外のヤツ倒せるわけがねー!」


 ホブゴブリンがとにかくうるせぇ。思わず眉間にシワが寄ってしまう、そんな時だった。


「失礼します」


 ノックもそこそこに執務室のドアが開けられた。見知らぬ顔の魔族が部屋に入ってくる。


「えっと……?」

「わたくし、四天王がひとりエキドナ様に召喚された者でございます。聖王国の兵団の進行状況について、お報せに参りました」


 どうやらエキドナたちは魔界の外に使い魔を放ち、勇者が率いる聖王国の兵団の動向を探ってくれていたようだ。それによれば、兵団はあと20時間ほどでこの魔界地下第1階層の入り口までやってくるそうだ。規模は30人程度。その中に勇者と勇者パーティーの生き残りである聖職者が1人いるらしい。


「兵団が30人規模? 勇者と聖職者がいるとはいえ、あまりに少なくないか?」

「エキドナ様も同様の疑問を抱いておりましたが、戦後で聖王国側の戦力もひっ迫しているのではないか、と仰っておりました」


 意外だ。聖王国側も人手が足りていないのか。戦後すぐに勇者を寄越すくらいだから、てっきり戦力の損耗が大きいのは魔王軍サイドだけだと思っていたのだがな。


 ……しかし、それにしたって魔界に攻め込むのに勇者たちの他は兵士30人だけっていうのは無謀すぎないか? 兵士を使い潰しにしてでも早急に決着をつけたいのだろうか? それとも、勇者や聖職者の実力によっぽどの信頼を置いているのだろうか?


「ところでアリサワ様。エキドナ様が心配されていましたが、時間稼ぎの準備は整いそうでしょうか?」

「ん? ああ……いま立案の最中だよ」

「承知いたしました。そのように報告いたします。それと兵団について、もしかしたら時間稼ぎにお役立ていただけるかもしれない情報があるのですが」

「ぜひ聞かせてくれ」


 情報不足のいま、今日の勇者の朝ご飯でもなんでも、追加の情報なら大歓迎だ。


「兵団の進軍は上手く進んでいないようです」

「どういうことだ?」

「なぜか何度も休憩を挟んでいるのだとか。恐らく戦後の疲れが出ているのではないか、というのがエキドナ様たちの見解でした」

「疲れ……?」


 ……おかしいな? 疲れくらい、聖職者の体力強化系や疲労回復系の補助系魔術があればどうにでもなる問題だと思っているのだが。


「……どんな感じで休憩をしているんだ? 誰かが傷を負っているとか、道中で交戦があるのかとか」

「目立った出来事は特にありません。誰かの治療を行っている様子も無いそうです」

「勇者の様子は?」

「特別な報告はありませんでした」


 勇者は確か魔王様からいくつかの魔術を受けていたハズだがすでに回復済みということだろうか? 聖職者が生き残っているし、それ自体は不思議じゃ……うん?


 ……いや、待て? やっぱりこれは、論理的に考えておかしいぞ……?


「アリサワ様? どうかなさいましたか?」

「あ、いや。なんでもない……情報提供ありがとう」

「いいえ。ご武運を祈っております」


 そう言い残してエキドナに遣わされた魔族は立ち去っていった。


「兵団の進軍が遅れているというのは朗報でしたが、しかし、肝心の勇者の対抗策になり得そうな情報はありませんでしたね……」


 ハイ・レイスは肩を落とす。


「やはり、無理なのでしょうか。私たちでは……」

「いや、諦めるのはまだ早い。なにか、なにかが……おかしいんだ」

「おかしい、ですか?」

「……視点を変えてみよう。俺たちは魔王軍の都合で勇者たちを見過ぎている」


 俺はグルリと考えの基点ベースを180度変えてみる。つまりは、勇者たちの都合だ。


 ──戦争後すぐ、小規模の兵団を送り込む聖王国の狙い。

 

 ──勇者と勇者パーティー唯一の生き残りの聖職者。

 

 ──戦後の疲労。体力強化の魔術を使わない理由。

 

 ──魔王様の攻撃の勇者への影響。回復済みの勇者。


 それらの事柄は、なにかの点で重大な矛盾をはらんでいる。その【なにか】、そのピースはいったい……?

 

 ──『……アリサワ。いちおう釘を刺しておくが、魔王様は【呪い】の魔術に長けたお方』


 さきほど玉座の間で魔王様お付きの秘書の男が放った、その言葉が俺に全てを理解わからせてくれた。


「そうか、そういうことかっ……!」


 俺は再び、ハイ・レイスの書き出してくれたモンスターの一覧表に目を落とす。どこだ……? いた。そうそう、このモンスターと、そしてこのモンスターがいれば……!

 

「いけるっ、いけるぞっ!」

「あ、あるじ様、いったいどうなさったのですっ?」

「勝算が、立ったんだ」

「……え?」


 呆気に取られるハイ・レイス、それとついでにホブゴブリン。俺はふたりへと不敵に微笑んで見せた。


「俺たちは勝てるぞ……勇者にな」

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