第2話 時間稼ぎ? いや、勝ちにいく

 さて、俺は各階層に設置されている転移陣を乗り継いで、魔界の地下第1階層までと上ってきていた。


「各階層を顔パスで通過できたとはいえ、さすがに遠いな……」


 もう四天王たちと解散してから3時間は経っている。まあ侵入者を防ぐためのギミックだし、仕方ないけどな。

 

 ──ちなみに、そもそもの魔界の構造だけど、ここは地下第1階層から地下第5階層までで構成されている。

 

 地下第1階層から地下第4階層までは、魔界のメインフロアである地下第5階層へと敵が侵入しないように阻むための役割を持つ階層なのだ。地下第5階層には魔王城や城下町など、俺たち魔族やモンスターたちにとって死守しなければならないものがたくさんある空間となっている。


「で、俺が時間稼ぎのために任されたのは当然、人間たちの居る地上へと繋がる最前線。この地下第1階層ってワケだけど……」


 広さとしてはひとつの町ほどはあるだろうか。その中にはヘドロモンスターが潜む湿地や侵入した者を迷わせて体力を奪う迷いの森など、いろいろな自然のギミックが存在している。


 ……それにしても全体的に霧が立ち込めていて薄暗いし肌寒いしでとても陰気だなぁ。まあ召喚時に与えられた知識でこんなもんってのは知ってたけどさ。

 

 なんて俺が思っていると、


「──ようこそお越しくださいました、新しいあるじ様」


 そんな霧を割るようにして2つの影が俺の前に現れた。ひとりは宙に浮く美形の女性、もうひとりはオスのゴブリンだった。


「私はこの地下第1階層の留守を預かっているハイ・レイスでございます。こちらは同じく留守を預けられているホブゴブリンです」

「……ケッ」


 ん? なんかホブゴブリンの方はめちゃくちゃに態度が悪いぞ?


「あーあー、魔王様が召喚した強い四天王が来るっていうからどんなもんかと思ってみればよぉ、全然じゃねーか」

「ホブゴブリン、主様に向かってなんてことを!」

「ふんっ。ハイ・レイス、お前だって内心じゃガッカリしてんだろ?」

「薄情者のあなたと同じにしないでいただけますか? 私はこの地下第1階層の主様に忠誠を誓いし者。そのようなことは決してありません」

「ケッ、良い子ちゃんブリやがって、ツマんねぇな。オレは先に帰ってるぜ」


 ホブゴブリンは唾を吐き棄てると再び霧の中へと消えていった。


「……申し訳ございませんでした、主様。この責任は私が、いくらでも」

「ああ、それは別にいいよ。ガッカリされるのも仕方ないとは思ってるし」

「そんなことはございません。私たち地下第1階層のモンスターと主様は、大変不遜ふそんながら申し上げれば、魔王様を命懸けでお守りする使命がある点で同志。我々と心がひとつである主様が側に居てくださるだけで大変に心強い気持ちです」

「お、おぉ……そ、そうか」


 すごい敬ってくれるな。これはこれでびっくりだ。まあ結局、俺の力量に期待はされてないみたいだけど。いいところで、一緒に同じ志の元に討ち死にする仲間ってトコか。

 

「まあホブゴブリンのことは置いておいて、まずは現状の確認がしたいんだがどこか落ち着いて話せる場所はないか?」

「かしこまりました。それでは執務室へとご案内いたします」

「うん、頼むよ」


 ハイ・レイスの案内に従って俺は歩く。俺が移動に使ってきた転移陣があるのはこの地下第1階層の守護者の邸宅の裏庭だ。しばらく歩くと霧の中から立派な建物が現れる。


「おぉ……大富豪の家みたいだ」


 なんていうか、まるで某人気ホラーアクションゲーム【バイ〇・ハザード1】の舞台になるお屋敷みたいだ。


「しかし、広い家に見合わず、ほとんど他の魔族やモンスターとかが見当たらないんだな……」


 たまにメイド服をきた女中を見かけるくらいで、槍を持って立っている門番がいたり衛兵が見回りをしている姿などは全くない。


「先日の戦争にほとんどが動員されてしまいましたから。地下第1階層から地下第4階層までの前任の守護者たちを含め、全員が滅ぼされてしまったと聞いております」

「なるほど……戦後に若い男のいなくなった村みたいだな。しっかしまあ、なんで聖王国と戦争になんてなったんだか」

「前任の守護者様とその配下の方の話を耳に挟んだ程度の知識しかありませんが、なんでも『魔の存在を許さない』という勝手な理由で聖王国が宣戦布告をしてきたからだとか」

「まあ名前からしてそういう思想が強そうだもんな……アンデッドとか絶対に許さない系の国だろうよ」

「ゴースト系の私も確実に駆除対象になるでしょうね」


 そんな会話を交わしつつハイ・レイスに案内された先の執務室へと着くと、そこには先客のホブゴブリンがいた。


「なんだかんだ言ってた割に、仕事はしてくれるのか?」

「ふんっ、どうせ逃げ場もないからな」

「そうか。理由がなんであれ、人手……モンスター手か? それがあるに越したことはない」


 コイツに対していい感情は持ってないが、利用できるだけさせてもらうことにしよう。


「さて、まずは攻め込んでくる勇者たちを迎え撃つためのモンスターを発生ポップさせなきゃな」

「そうですね。とはいえどのモンスターを発生させるかは考えねばなりません。使える【魔力石】には限りがありますから」

「どれくらいだ?」

「魔力石の大半は前任の守護者様が戦争に持って行ってしまったので、今はおよそ150個ほどしか保管がありません」


 大体だが、一番弱いモンスターであるスケルトン5匹を発生させるのに必要な魔力石が1つだったはずだ。そう考えると俺たちが作れる戦力はスケルトン750匹分ということになる。


「勇者を相手にすると考えると心もとないな」

「はい……時間を稼ぐということを第一の目的に置くのであれば、やはりゴーレムを多く召喚すべきではないでしょうか」

「ゴーレムか。確かに耐久力は随一だったな」

「魔力石100個を使えば20体は発生させることができるはずです」

「ふむ……」

「この邸宅の前方に位置する【迷いの森】にゴーレムを配置し、不規則に勇者たち兵団を襲わせましょう。並大抵の兵士なら複数人を拘束できるはずですし、戦っている最中に方向感覚も狂うでしょうから兵力を分散させることができるかもしれません」


 ハイ・レイスの立案した作戦はとても現実的で、俺たちができる上でもっとも時間を稼げそうなものだった。だが、しかし。


「ゴーレムの召喚はしない」

「えっ……」


 断言する俺に、ハイ・レイスが息を飲んだ。


「何か、もっと良い時間稼ぎの案があるのでしょうか?」

「いや。というよりも、俺はそもそも時間稼ぎをするつもりがない」

「そ、それはいったいどういう……」

「俺たちは、勇者に【勝ち】にいく」

「「え……えぇっ⁉」」


 俺のその言葉に、冷静沈着だったハイ・レイスと興味なさげに話を聞いていたホブゴブリンの、ふたりの目が大きく見開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る