魔王軍の落ちこぼれ四天王に転生したので最弱なりに知恵で勇者たちを倒してたら魔王女に惚れられました。他の四天王たちには悪いんだけど多分あと1000年はお前たちの活躍は無いと思う。

浅見朝志

第1話 転生したら落ちこぼれの四天王だった件

「有沢くん、君の指摘通りだったよ! さすが我がシステム開発部門随一ずいいちの【知恵者ちえしゃ】だっ!」


 真夜中のオフィスの開発フロアにて。俺、有沢ありさわ岳彦たけひこは感激する部長に激しく肩を揺すられていた。


「ちょ、部長……酔う」

「いやぁ、すごい! 他のどのプログラマーに当たっても分からなかったバグをよくもまあこんな短時間で解決できたなぁ!」

「た、たまたまっす」

「そう謙遜するな。いつの間にか外部APIサーバーが日本からインドのサーバーに載せ替えられていて、現地時間との時刻計算でエラーを吐いてただなんて他の誰が想像できるっ?」

「ちょっと視点を変えてみただけです。ソースコードに原因が無いなら問題はハード環境だろうって。キッカケさえ掴めれば、誰でも原因は特定できましたよ」


 俺は目元を押さえながら言う。疲労感がすごい。デスマーチ中の案件のせいでもう1週間連続で会社に泊まり込んでいるのだ。今日は帰れると思った矢先、このバグ対応が舞い込んできた。

 

 ……なんだか胸もムカムカして気持ち悪いし、幸いまだ終電はある時間帯だ。今日はサッサと帰るとしよう。


「なんて柔軟な思考の持ち主……有沢くん、君は我が社の救世主だ! ぜひ労わせてくれ。今日は俺のおごりで朝まで呑もうじゃないか!」

「いや、今日は無理……」

「おいおい、障害対応が終わったら酒で清めて厄落とし! これが我が社の伝統的神事だろぉっ?」

「マジで今日は体調が……」


 部長の粘着質な誘いに断りを入れていた、その時だった。


 ──ドクンッ。

 

「あ、れ……?」


 胸が痛い。あれ、視界が回って、ボヤけて……?

  

 ……これ、ヤバいやつだ。まさか、過労死? まだ俺、20代だぞ……?

 

 みんなが何か俺に声をかけているけど、それもだんだん聞こえなくなってくる。そして、視界が暗転した。


 ……俺は、死ぬのか? このまま、働くだけ働いて死んじまうのか……?


 体から重さが消え、意識だけが真っ暗闇を落ちていく。そんな中で、


 ──『知恵ある者よ』

 

 誰だ? 俺の耳元で謎の声がする。


 ──『契約だ。我に絶対の忠誠を捧げ、その知恵でもって我の身を守ることを誓え。さすれば貴様に二度目の命を授けよう』

 

 声の正体は分からない。もしかして、悪魔のささやきか? 普通なら怖いと思うんだろうけど……でも、今の俺はこのまま何も為さずに死んでいくことの方がよっぽど怖い。


 ──『我に絶対の忠誠を捧げることを誓うか?』


「誓う。それで生きられるなら……!」


 ──『ここに契約は成立した。召喚に応じ転生せよ。我、魔王配下の四天王として』


 真っ暗闇の中に時空のゆがみのような青黒い光が現れた。そこに巻き起こる渦に俺の意識は飲み込まれる。




 * * *




 唐突に、体に重さが戻った。


おもてを上げよ」


 ……ん? 俺、ひざまずいてるのか? 片膝を着いて忠誠を誓うみたいなポーズをしているみたいだった。恐る恐る、顔を上げてみる。


「よくぞ召喚に応じてくれた、魔王様配下の四天王たちよ」


 語りかけてくるのはメガネをかけた線の細い初老の男だ。


「ワシは魔王様お付きの秘書じゃ。魔王様は最後の力を振り絞ってお主らを召喚し、長き眠りに就いたところじゃ」

「おぉ……⁉」


 俺と言えば、つい感嘆の声が出てしまう。それほどまでに辺りの光景は圧巻のダークファンタジーだった。黒を基調とした玉座の間、禍々しさと美しさが半々になったかのようなその場所で何より目を引くのは、玉座に堂々たる姿で腰かけて眠りに就く──魔王の姿。


「魔王様は数百年は目覚めぬだろう。四天王たちよ、その間にお主らのすべきことについての説明は必要かね」

「いいえ、ございません」


 温和そうな声が俺の隣から返る。見れば、俺と同じような姿勢でいる女の子の姿が3人。しかし──。


 ……あれぇ? なんかみんなすごく強そうなんだが?


 漆黒の全身鎧フルプレートを着た者、禍々しいローブを纏った者、真っ赤なゴシックドレスに身を包む者。その誰もが一目見て強者と分かる雰囲気を放っていた。


 だというのに、一方の俺はワイシャツにジーンズという私服だ。


 ……俺、場違いじゃね?


「私たち四天王は魔王様との契約後、基本的な言語・世界情勢・文化などの情報、そして魔王様の記憶の一部を与えられております。ゆえに、我々の使命もまた言われずとも」


 四天王を代表して話していたのは全身鎧に身を包んだ女の子。この子が言う通り、俺もまたここで話されている言語が理解できているし、俺たちが召喚された経緯についても分かっている。突然の出来事にパニックにならないのもそのためだろう。


「私たち四天王が、この命に替えても聖王国軍から魔王様をお守りしましょうとも」


 ……そう。魔王軍は勇者をようする聖王国との戦争に敗れ、魔王様は深い手傷を負わされてしまった。それゆえ、回復までには時間がかかる。


 魔王様が復活するまでの間、その身を守り抜くのが俺たちの使命なのだ。


「四天王がひとり、エキドナ・グラトニー。魔王様へと絶対の忠誠を捧げます」

「四天王がひとり、ブラッディ・ワルキューレ。魔王様へと絶対の忠誠を捧げます」


 四天王として召喚されたみんなが、次々に名乗りを上げていく。


「四天王がひとり、グライアイ・モア・ディノー。魔王様へと絶対の忠誠を捧げます」

「し、四天王がひとり、有沢岳彦アリサワタケヒコ。魔王様へと絶対の忠誠を捧げます」

「うむ。魔王様への忠誠に感謝するぞ四天王たち。我々が一丸となり魔王様をお守りしよ──って待て待て、ちょっと待て」


 秘書の男がノリツッコミ風に俺の方を向いた。それから目を擦って再度ジッと見てくる。


「お主は……なんだ?」

「有沢岳彦、ですね」

「アリサワ……いや、名前は分かっておる。そうではなく、お主からはいっさいの魔力が感じられないのだが……まさか人間、ではなかろうな?」

「いちおう魔族ではあるみたいです」


 与えられた知識によれば、俺は魔族だ。ただし姿形は人間だった頃の俺のまま、18歳くらいに若返っての転生だ。


「魔力も無いのに……強いのか?」

「強くは……ないです」

「そうか、やはり危惧したことが」


 秘書の男は深いため息を吐いた。


「魔王様、とびきり強い者たちを召喚しようとして3人目でほとんど魔力が尽きてしまっておったからな……」

「というと?」

「つまり4人目であるお主の召喚に失敗したということじゃ」


 ……失敗? マジで? まあもしかしたらそうなのかも、って思いはしてたけどさ。なんだか、他の四天王の3人からも気の毒そうな視線を向けられてしまっている。

 

「──父上が召喚に失敗しただと? そんなわけはあるまい」


 気まずい雰囲気が流れる玉座の間に、凛とした声が響いた。赤く長い髪をたなびかせながら、玉座の間の入り口から俺たちに向かってゆっくりと歩いてきたのは──絶世の美少女だった。

 

「ま、魔王女様……⁉」

 

 秘書の男が目を見開いた。


「魔王女様がいったいどうしてここへっ⁉ お付きの兵たちはっ⁉」

「悪いが全員眠らせてきた。いくら私を自室に閉じ込めようとしても無駄だっ!」

「くっ……」


 状況の理解が追い付いていないのはどうやら俺だけではないらしい。他の四天王たちも顔を見合わせている。


「父上の傷の仇はこの私、ゼルティアがとる!」

「なりませんっ! 確かに貴女様は魔界内で指折りの剣士でもあります。ですが、それ以上に戦後の魔界を導くための重要なお方です! 戦場には出るなと魔王様からもキツく言われているではありませんか!」

「今更何を言う! 私が戦争について行ってれば、こんなことには……」


 魔王女ゼルティアはそれからズンズンとこちらに歩み寄ってくる。

 

「アリサワと言ったな」

「え、はい──うわっ⁉」

 

 ゼルティアに、腕を引っ張られて立ち起こされる。


「父上が召喚した以上、アリサワ、貴様にも必ずや何かの役割があろう」

「わ、私にですか……?」

「ああ。いいか、アリサワ。父上は何者にも負けない強さを持っていたハズだった。しかし、負けた。人間どもは強さだけではない何かを持っていたということだ」


 か、顔が近い! 吐息の掛かる至近距離で、ゼルティアは俺の目を覗き込んでいる。揺れたゼルティアの髪からいい匂いが漂った。おいおい、ドキドキが止まらんのだがっ⁉


「貴様の力を貸してくれ、アリサワ。貴様が持つ力はきっとその人間どもに対抗するための力なのだと私は確信している。私と共に魔界地下第1階層へと上り、攻め来る聖王国軍と戦ってくれまいか」

「え、えっと……」


 魔王女の頼みに、俺は応えようとして──しかし。


「失礼します」

 

 トンっ、と。全身鎧に身を包んだ四天王のひとり、エキドナの手刀が背後からゼルティアの首に落とされた。


「ッ……⁉」

「魔王女様っ!」


 床へと倒れ伏すゼルティアを、俺はとっさに受け止めた。


「おい、何をするんだっ!」

「何って……気絶させたんですよ」


 怒り混じりの俺に対し、エキドナはきょとんとする。

 

「私たち四天王は魔王様のために働く者。すなわち、そのご息女であらせられる魔王女様のことも守る義務があります。護衛対象をむざむざ戦場に送るなんて愚行は犯せないでしょう?」

 

 エキドナに対して、後ろの秘書の男から「その通りだ」と声が掛かる。


「今のうちに自室へとお運びして、もう逃げ出さぬようにこれまで以上の厳重さで警備を当てるとしよう」

「あっ、ちょっ……!」


 俺は運ばれていくゼルティアに手を伸ばしかけたが、しかし、その衝動をこらえた。

 

 ……四天王の立場として、ゼルティアを戦地に出さないっていうのはもっともな考えだ。それに逆らうのは、おかしい。

 

 ゼルティアが玉座の間から去り、俺たちは再び目下の問題と向き合うことになる。


「聖王国は魔王軍との決着を急いでいる。魔王様に深手を負わせた勇者を筆頭にして、兵団をこちらに向かわせているところだ。明日にも魔界地下第1階層へと乗り込んでくるだろう」

「では、早急に迎え撃つための態勢を整えなくてはなりませんね」

「ああ、しかしあまりにも時間が足りない……そこでだ」


 秘書の男が、申し訳なさそうに俺を見る。


「アリサワ、お主には地下第1階層へと配置に就き、兵団の侵攻をできる限り遅らせてほしい」

「遅らせる、って……」

「戦争直後で戦力のひっ迫した今、最大戦力である四天王エキドナたちの力をむやみに削るわけにはいかんのじゃ。迎撃の準備のための時間稼ぎが必要となる」


 時間稼ぎって、つまり……。


「頼みます、アリサワ。魔王様のためにも」


 エキドナの言葉に、他の四天王たちも気の毒そうな表情で頷いた。


「あなたの犠牲は無駄にはしません。稼いでいただいた時間で準備を整えて、必ずや私たちが聖王国を滅ぼしてみせましょう」

「犠牲って、マジか……」


 それってつまり……死ぬ前提で時間稼ぎをする【捨てゴマ】になれってことだろ……?


「……アリサワ。いちおう釘を刺しておくが、魔王様は【呪い】の魔術に長けたお方。召喚契約にも応用されておる。契約を不履行にして逃げ出すなどした場合にお主に待っておるのは死だ」


 おいおい、逃げる選択肢も無いわけか。まあ、契約時に絶対の忠誠心を植え付けられているから、そんなこと考えもしないがな。


 結局、俺はその場で代案を出すこともできず、そのまま四天王の集まりは解散。俺は半ば呆然としつつ、決められた自分の配置場所を目指して歩くしかない。

 

 ……転生直後に捨てゴマ扱いされるとか、こんなことあっていいのかよ。

 

「……いや、あってたまるかっ!」


 魔王女ゼルティアは言っていた。『俺にも必ず何か役割がある』って。


「考えろ、俺。力がないなら知恵を回すしかない。大丈夫さ、昔から考えることだけは大得意だろ……!」


 幸いなことにこの魔界、聖王国の勇者の力、そして俺の使える資源についての知識は契約時に授けられている。


 ……まずは一刻も早く現状整理だ。


 俺は魔界地下第1階層へ向けて走り出した。

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