第15話 威力偵察の対応法

 ──備えあればうれいなし。俺はその言葉を体現してきた男である。


 非常食や水は常に3週間分常備していたし、防災用具についてもチェックリストまで作って数年に1度点検を欠かさなかった。地域のハザードマップも読み込んでいた。


 まさか、過労で突然死するとは思ってなかったけどね。ぜんぜん自分の体に備えられてないじゃんなんてツッコミは要らん。


 ともあれ何が言いたいのかというと、俺は勇者を倒した後もいっさい気を緩めていなかったってことだ。


「ご安心ください、ゼルティア様。報告については敵を感知した瞬間に私と各階層に対して連絡が行くような通信態勢を整えています。それと……敵の正体についても大体は予測がついています」

「そ、そうか、さすがアリサワ……というか、正体?」

「ええ」

「まさか敵は聖王国ではないと?」

「直近で勇者を捨てゴマに使っていた聖王国が、再度攻めてくるというのはいささかおかしな話です。なので、今回の敵は聖王国の同盟国でしょうね」

「同盟国……となると、可能性が高いのは1番近隣のモングル共和国あたりか」

「ですね。戦争が終わってからまだたったの数日、ここまで速く魔界に軍を送り込める相手はモングル共和国くらいかと。聖王国が戦勝宣言をしたのを期に、征服した後の魔界の利権のおこぼれに預かるため追撃戦に名乗りをあげたのでしょう」

「クソ、ヤツら、150年前に荒地に国を築きたいからと我々の手を借りていたものを……! 恩を仇で返すとは……!」

「えっ? ゼルティア様……? なんで剣を抜いてるんです……?」

「無論、恩知らずのモングル兵どもに私自らきゅうを据えてやるためだ。ちょっと殺ってくる」

「い、いやいやいやっ⁉︎ 待って待って⁉︎」

「むっ、アリサワ、手を離すんだ」

「ダメダメ、ダメですからっ!」

 

 なんか前にもこのやり取りをした覚えがあるよっ⁉


「私がなんとかしますので、ゼルティア様はどうか魔王城へお戻りください!」

「嫌だ! というかな、アリサワ。貴様だって深刻な戦力不足だろう? 勇者を倒すのにかなりの資源を使っていたではないか!」

「まあ、戦力は不足してますけど……」

「であればこれ以上、ましてや500人規模の兵士の相手など出来ないだろう! 今度こそ私の力が必要なはずだ」


 ゼルティアの話はまあ確かにもっともだろう。俺たちは3日前、聖王国からの数十人規模の兵団にてんやわんやしていたのだ。その数十倍の規模の敵が攻めてきたら許容量を超えていると思われても不思議ではない。


「でも、大丈夫なんです。だからやっぱり、ゼルティア様はお下がりください」

「え……?」

「戦力不足なのは本格的な侵攻があった場合に限ります。500人規模の【威力偵察】くらい、いまの戦力で充分にしのげますから」

「威力……偵察だと?」

「はい」


 これはモングル兵(仮)による威力偵察に他ならない。すなわち、こちらの戦力がどれほどのものか、どういったモンスターがいるのかを軽く殴って確かめるための偵察だ。


「威力偵察にしては数が多すぎる! これは侵攻の脚掛けではないかっ? 偵察なら部分攻撃を仕掛けてすぐに撤退できるよう、騎馬中心の50人から100人規模の兵団で来るはずだ」

「確かに、威力偵察としては規模がいささか大きく感じますね。ここが魔界でなければ、の話ですが」

「なに……?」


 ゼルティアは訳が分からないといった様子だ。


 ……うーん、やっぱり、普段から魔界に住み慣れているとここの特殊性には気付けないものなのかな。


「ゼルティア様、見知らぬ山奥へと入る時、ゼルティア様ならどんな装備で臨みますか?」

「や、山奥……? なんだ急に?」

「例え話です。山奥に入るにあたって心配になるのは……帰り道ですよね?」

「……まあ、そうだな。やはり退路の確保は重要だ。ナイフや、紐のようなもので入り口から印を付けて、どういった進路で来たかを明確にする必要があるだろう」

「ですよね。では、その山に知性ある敵が潜んでいたら? その上で山奥へと進まねばならないとしたら?」

「それはもちろん、ナイフや紐だけでは用が足りないだろう。印を改ざんされる恐れもある。多少の人員を割いてでも、入り口の確保と道中の退路の確保を……」


 そこまで口にしてゼルティアはハッとした。


「……そうか、アリサワ。つまり貴様は、モングル兵どもにとっては魔界こそがその山奥だと、そう言いたいのだな」

「その通りです」


 この魔界は基本的に人間の侵入を拒んでいる場所だ。地形も独特で、地上のそれとは気候もまったく異なっている。ゆえに、地上に住む人間たちが攻め込んでくるにしても、相当な苦労が要される難所である。


「入口の確保、退路の確保、威力偵察を行うにしても相当な人員と労力が必要とされる場所……それがこの魔界なのです」

「だからこその500人、か。それは分かる。分かるが……威力偵察と断言できる理由は?」

「そうじゃなければ無謀だからですね」

「えっ……それだけか?」

「ええ、それだけです」


 理由なんて、この前の勇者たちの時に推測したような複雑怪奇なものがそうそう出てくるわけじゃない。兵の動きなんてものは本来、もっとシンプルだ。


 試合開始直後からストレートばかり打つボクサーはいない。普通はジャブジャブ、ストレート。そんな感じで、相手の動きを見つつ隙をうかがうものだろう。


「さて、私はこれから指揮の準備にかかります。ゼルティア様はどうか魔王城へ……」

「それは嫌だ」

「えっと、どうしてです?」

「言ったろう? 私はアリサワから戦略を学びたいのだ」


 ゼルティアが、俺の手を両手で握ってくる。


「ゼ、ゼルティア様……いや、ダメですよ。この間に引き続き、魔王女様を戦場に置くわけには……」

「お願いだ、アリサワ!」

「お、おぉぅっ……⁉」


 ゼルティアに接近され、握られたその手をさらにギュッと、胸元まで持っていかれる。えっ、えっ、これはれてる? 触れてない? 柔らかい気もするし別に当たっていない気もする。分からんっ! でもどうか触れていてくれ!


「私にアリサワの手腕を見せてほしい! どうか!」

「はっ、はいぃ……」


 俺は了承した。




 * * *




「さあさあ、アリサワ。いったいどうするのだ? 500人の威力偵察をどうやって蹴散らすのだ?」

「はぁ……」


 目をキラキラと輝かせるゼルティアに、力無くため息が出てしまう。


 ……俺ときたら、まったく。魔王様への絶対の忠誠心はいずこへ? 色仕掛け程度に屈してしまうとは情けない。


 いや、色仕掛けではないか。ゼルティアはなんというか、自分が美少女であり、体つきもめちゃくちゃ魅力的な女性であるという意識がだいぶ欠落しているみたいだしな。


「おい、アリサワ。何を押し黙っているのだ?」


 たゆん、ふにぃ~って。ホラ見ろ。またゼルティアが肩を組んできて胸が当たる。これは本当に無自覚なんだよな? 豊満なその胸が俺の二の腕に圧し潰されてたわんでいる自覚は無いんだよな? まったくもってけしからん。本当にありがとうございます!


「アリサワ? ほれ、モングル兵どもを蹴散らして奈落の底に叩き込むのだろう? 早く指揮をとって見せてくれ」

「あー……いや、別に蹴散らすってほど大胆な作戦を展開するつもりはないですよ」

「ん? ならばどうするのだ? 蹴散らさないとなれば、防衛戦か? なるべく多くの情報を与えないように、地下第1階層の手前でモングル兵の進軍を止める……とか?」

「いえ、逆です。なるべく多くの情報を持ち帰ってもらおうかな、と」

「……はっ⁉」


 ゼルティアは素っ頓狂な声を上げると、くるり。俺の正面に回ってきて、両肩をガッチリ掴んできた。ぐいっと引き寄せられる。いやいや、近い近い、顔が近い!


「おい、アリサワ」

「な、なんでしょう」

「情報は……大切だぞ?」

「……ですね?」

「なら、なぜ情報を持ち帰ってもらおうなどと言うのだっ? 戦局を左右するのはいつだって情報量の差だろう? 『敵を知り己を知れば百戦危うからず』とも言う!」

「それはその通りです……とりあえず、ちょっと離れてくださいゼルティア様。顔がぶつかりそうです……」

「ん? ああ、すまん」

 

 ようやく手を離してくれる。まあ少し惜しい気もしたけど、今は指揮をとるのが最優先だからな。


「情報を渡す、と聞いて少し興奮しすぎてしまったようだ。しかし、アリサワのことだ。それもまた作戦の内……ということでいいのか?」

「もちろん。モングル兵たちには、【誤った情報】をたくさんお持ち帰りいただこうかと」

「誤った情報……?」

「ええ。まあ見ていてください」


 俺はゼルティアに椅子を勧め、それからふたりでしばらくその時を待った。

 

 ──そして2時間後、通信の呪符にレイから連絡が入った。

 

「そうか、報告ありがとう」

「アリサワ、どうしたのだ?」

「モングル兵たちの動向をレイが観察してくれていまして。モングル兵たちが迷いの森の指定ポイントまで入ったようです」

「指定ポイント……つまり、作戦開始位置か?」

「ええ。ここからはレイの視点を共有してもらいながら、作戦の様子を見守りましょう」


 俺とゼルティアは隣同士の椅子に座り、目を瞑った。


「……ちなみにだが、アリサワ。敵に情報を持ち帰らせるとはつまり、敵を生きて返すということになるが……いったいアリサワの狙いは何なのだ?」

「そうですね、狙いは……言ってしまえば【最上の勝利】でしょうか」

「最上の勝利?」

「はい。ゼルティア様は、最も美しいいくさの勝ち方とは、どのようなものだと思いますか──?」

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