第8話 【2つの矛盾】【勇者の真実】

 ──十数時間前、邸宅内の執務室において。

 

 聖王国側の兵団が抱える事情を理解し、そして勇者への勝利の算段がついた俺は、ハイ・レイスやホブゴブリンにその詳細の説明をすることにした。


「とりあえず結論から言うと、勇者には【呪い】がかかっているので、そこを突いて俺たちは勝利しようと思います」

「「え……えぇっ⁉」」


 当然ながらふたりには驚かれた。

 

 ……まあ、そうなるよな。大事なのは、どうやって俺がその結論にたどり着いたかを示すことだ。とりあえず、俺が自分の中でずっと引っかかっていた聖王国側の狙いと実際の行動に関する2つの【矛盾点】について話すとしよう。


「──ってなわけで【1つ目の矛盾点】。魔王様の討伐を急ぎたがっているハズの聖王国の兵団が、にもかかわらず進軍を遅らせていたという矛盾についてだ」

「……それは兵士たちの戦後の疲れっていうのが、四天王エキドナの推測って話だったんだろ? 何も不思議じゃねーじゃんか」


 ホブゴブリンの言う通り、確かに疲れて休むことは全く不思議ではない……しかしそれは平時であれば、だ。


「聖王国は一見無謀にも思える30名なんていう少数で構成された兵団を勇者の供として派兵している。こんな少数、戦闘になってしまえばただの捨てゴマにしかならない。このことから、普通に考えれば兵団は自らの命よりも魔王討伐までの時間を優先しているように思える」

「それがなんだっていうんだ?」

「つまりさ、最初から捨て身だというなら、どれだけ兵士が疲れていようともそうそう休憩なんて挟まないだろ? って話だ。それが魔王様を討伐する千載一遇せんざいいちぐうのチャンスならなおさらな。最悪、一部の疲れて歩けなくなった兵士は置き去りにしてでも進軍を早めることを優先するはずだ」

「……でも実際、休憩を挟んでるじゃねーか」

「ああ。だから、兵団の絶対的な方針であるハズの進軍よりも優先すべき休憩の理由があったってことになる」

「なんだよ、それは?」

「つまり、兵団の進軍の足を引っ張っていたのは魔王様の討伐に必要不可欠な人物──勇者自身だった、ってことだ」


 俺の話に耳を傾けていたハイ・レイスの目に、理解の色が浮かぶ。


「確かに、勇者ほどの強さがあるのであれば疲弊した兵士たちを置いて1人でもこの魔界に乗り込んで来そうなもの。それが無い理由も、勇者自身にそれが不可能だったからという理由なら説明がつきます……!」

「おいおい、待てよ! なんで強者のはずの勇者がたかだか兵士の足を引っ張るんだ?」


 ホブゴブリンの疑問は当然だが、しかしそれもひとつの仮説を置けば説明は可能だ。


「考えられる理由はひとつ、勇者は【補助系魔術】の恩恵を受けられない状態にいるんだ」

「なっ……⁉︎」


 本来ならば聖職者がいる以上、【体力強化】や【疲労回復】の補助系魔術があればいくらかは休まずに移動ができるはずだ。なのに、聖王国の兵団にはそれを使った形跡がない。何度も休憩を挟んでいる。


「い、いや、それはおかしい!」


 ホブゴブリンが叫んだ。


「だって勇者は無傷だってさっきの報告にあっただろ?」

「そうだな」

「魔王様は、勇者にいくつかの魔術を当てて苦しませたんだろ? 魔王様に与えられた記憶の中で見たって、他ならぬお前が言ってたじゃないか」

「ああ、言ったな」

「じゃあ、勇者はその時の傷を癒すために回復ヒールやポーションなんかの補助系魔術の力を借りたはずだ! 傷が回復できてるのに体力は強化できないなんて、論理的におかしいだろ!」

「おお、よく分かってるじゃないか。それが俺の感じた【2つ目の矛盾点】なんだよ」


 つまり、なぜ回復魔術は効いたのに同じ補助系魔術である強化魔術が効かないのか?


「論理的に考えるなら答えはひとつしかない。勇者はもともと無傷だったんだ。だから回復魔術による傷の治療をする必要がなかったんだよ」

「は……? 苦しんでいたのに無傷だと? そんなわけ……」

「視点を変えてみよう。確かに魔王様は勇者へと魔術を当てていた。俺の記憶としても、勇者はその攻撃を喰らって苦しんでいるように見えた。ただし、それが傷によっての苦痛とは限らないとしたら?」

「……まさか、それがさっきお前の言ってた【呪い】ってやつか⁉︎」


 その通り。魔王様のお付きの秘書も言っていた。『魔王様は呪いの魔術を得意としている』、と。


「勇者をおかしているのは【反転の呪い】。魔王様の魔術を受けた直後に勇者が苦しんだのは、その魔術によってではない。魔王様の魔術を喰らって勇者が受けたであろうその傷を【回復させるため】に聖職者がとっさにかけた補助系魔術によってだ」

「な……」


 ホブゴブリンはあぜんとする。


「つ、つまり本来は回復効果を持つハズの補助系魔術が呪いによって【反転】してダメージとなったから、勇者は苦しそうにした、と?」

「そういうこと」

「確かにそれであれば筋は通るように思えるがよぉ……でも結局は推測の域を出ないだろ? なんでそこまで断言ができる?」

「それは聖王国の兵団が無茶な進軍をする理由も、呪いの存在を示唆しさしているからだ」

「し、示唆だぁ? 次から次へともったいぶりやがって……! サッサと教えろよ!」


 相変わらずこのホブゴブリンは……自分の頭を使わず楽ばかりしようとしているクセに態度が悪すぎるんだよな。俺いちおうお前の上司だよね? 俺を最低限にすら尊重してくれない部下には何も教えたくないんだが。

 

 ……まあ、でもハイ・レイスも真剣に聞き入ってくれてるしな。ハイ・レイスに教えると思ってこらえるとしよう。


「そもそも、なぜ俺たち魔王軍と聖王国が戦争をしているのかについてだけど、ハイ・レイス、俺がさっき訊いたときお前はなんて答えた?」

「えっ? えっと、『魔の存在を許さない、という勝手な理由で聖王国が宣戦布告をしてきたから』……とお答えしたかと」

「そうだったな。聖王国は【魔の存在】を許さない。【魔の存在】、それは俺たちの視点から考えれば魔族やモンスターを指す言葉だろう。でも、聖王国側の視点から考えたら?」

「えっと、聖王国側の視点……聖王国は神への信仰心を高めることが尊重される国で、不浄を嫌う国……不浄? もしかして【呪い】や【呪われた人】も不浄、つまり【魔の存在】として扱うかもしれない……?」

「ああ。俺もそう考えている」


 さすがハイ・レイスだ。時間稼ぎについての作戦を立案してくれた時にも思ったけど、ホブゴブリンよりよっぽど頭の回転が速いな。


「不浄を許さないという理由で宣戦布告までしてくる強く絶対的な思想イデオロギーを持った聖王国で、正義の代表格でもある勇者がその身に【呪い】を宿したとなれば……いったいどんな扱いを受けると思う?」

「……孤立」


 ハイ・レイスが顔を青くして呟いた。


「私は、聖王国が兵団を使い潰しにしてでも魔王様討伐のチャンスを逃さないように速攻をかけてきたのだとばかり思っていましたが……まさかその真実は、聖王国に居場所を無くした勇者たちが自らの意思で向かってきている……?」

「そこまでは断言できないが……俺もその可能性が最も高いと踏んでいる」


 それはつまり、帰る故郷を無くした勇者たちが魔界へと捨て身の特攻ラストアタックをかけに来た、という筋書きだ。


「もしそうなら兵団のこの無茶な進軍にも納得ができるんだ。もうどこにも行く宛てがないのであれば、せめて最期まで聖王国と人類のために戦って散っていこうと思ったのかもしれない」

「は……はぁっ⁉︎ 理解できねーよ!」


 ホブゴブリンが素っ頓狂な声を上げる。


「今まで聖王国のために戦ってきたのに、呪いを受けた程度で見放されてるんだぞッ⁉ 普通、そんな扱いを受けてまで聖王国のために戦いたいと思うかッ⁉︎」

「充分にあり得るさ。幼いころから『魔は不浄』、『聖王国こそが正義』、『個よりも全』とか、そんな思想を刷り込まれて育った人間の思考ならな。自ら玉砕の道を選び、英雄として死ぬことを望んだという見方さえできる」


 時にはあり得ないと思えてしまう決断や行為を肯定する、それが主義や思想や宗教なのだ。

 

 ……前の世界でも人間ってのはそうだった。殺人はダメだが異教徒の殺害は正しき信仰の実践であるなんて記された聖典を本気で信奉し、多くの人を犠牲にする自爆テロを行った過激派組織があった。一億玉砕なんてとんでもないスローガンを掲げられ、それでも皇族のために国のためにと竹槍の訓練をした非戦闘員の国民たちがいた。そのすべてがリアルタイムで、あるいはこのたった100年以内に起こっていた出来事だった。

 

「呪い、孤立、捨て身の特攻……ここまでは正しいはずだ。じゃなきゃ、弱体化した勇者が敵地に赴くのを聖王国が黙って見過ごすと思うか?」

「勇者は聖王国においても稀に見る強者と聞き及んでいます……確かに、聖王国が呪いに寛容な国であれば、捨て身の勇者の行動を止めて解呪の方法を必死に模索するはずでしょうね」

「逆に、それが無いということは聖王国が勇者のことなんてもう気に留めていないってことだ。恐らくは聖王国の意思としても、魔王様を早急に討伐したいとは思ってないだろう。少なくとも戦争には勝利して魔王様にも痛手を与えたわけだし、まずは国力の回復に専念して次の戦いに備えたいと考えてもいいはずだ」

「では、聖王国はただ、呪いをかけられた勇者を少数の兵士だけをつけて国外へと厄介払いしただけだと……」

「そういうことだ。まあ、『呪われた勇者なんてもう要らないけど、できれば最期まで敵地で暴れるだけ暴れて死んでくれよ』ってくらいには思ってるかもな」

「それは、酷い……」


 勇者を不憫に思うハイ・レイスの気持ちには同感だ。しかし、今の俺たちにとって脅威的な敵ということに変わりはない。


「ここまでの説明で、俺が勇者に【反転の呪い】がかけられている、と話した根拠については理解してもらえたかな?」

「はいっ! すごいです、主様! まさか少ない情報から勇者の弱点を暴き出してしまうなんて……!」

「いやぁ、まあ、そんなことないよ」


 実際そんなことはない。なぜならこれまでの証明は本当にすべて憶測に頼っているものなんだから。


 ……実は、さっきホブゴブリンに『なんで推測だけで断言できる?』なんて聞かれたのは結構図星だったんだよな。まあ、断言なんて本来できないよねって。


 物的証拠なんて掴むヒマも人員もいないわけだし、しょうがないけどな。だから実際、本当に【反転の呪い】が掛かっているかについても100%とは言い切れない。


 だけど、可能性は高いと思う。少ない情報からここまで論理的な結論が導けたわけだし……なにより、我らが最強の魔王様が勇者相手にタダでやられるワケがない。


 それにハイ・レイスやホブゴブリンの士気を少しでも上げるために、分かりやすい勝算はあった方がいいに決まってる。だから俺は自説の不確かさを認知してなお、自信ありげに振る舞わなくてはいけない。


「……さて、ここまでで説明は終わりにして話を最初に戻そう。弱点である【反転の呪い】を利用して勇者に勝利する作戦についてだ」


 ──俺はその作戦の詳細を話した。


「お、おい……正気かよッ! そんな綱渡りの作戦、本当に上手くいくのか……?」

「行くさ。すべてが上手く噛み合えばな」

「か、噛み合わなかったら……?」

「噛み合わせるための努力を諦めないだけだ。戦力も資源も限られる中、俺たちが勇者を倒すにはこれしかないんだ」


 そうして作戦の準備が始まったのだ。敵の兵士の数を減らし、勇者と聖職者を分断し、聖職者をゾンビ化させ──勇者を倒す材料をそろえるために。


 ……よし。とりあえず俺はこの作戦と勝算を土産として、四天王エキドナに戦力増強についての直訴をしてくるとするかな。さすがに少しくらいはモンスターを貸してくれたり……するよね?

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