第18話 魔界のメインフロア

 魔界地下第5階層、そこは魔界のメインフロアである。ここにあるのは魔界地下第4階層までにあるような侵入者を阻むようなギミックにまみれた光景ではない。


 溢れんばかりの自然、いくつもの街、そして活気のある魔族たちが暮らす生活空間がそこにはあった。


「疑似的な空もあるし……なんていうか、ほとんど外にいるのと変わらないんだよな。改めて見るとスゲー……」


 訪れるのは召喚の時と式典の時と合わせてもう3回目だというのに、なんか毎回感動してしまうんだよな。


 ぼんやりとあたりを見渡しながら、俺は魔王城手前にある城下町を歩いていた。


「きゃっ? もしかしてアレ……噂の英雄様じゃないっ?」


 おっと、困っちゃうなぁ。さっそく他の魔族に目を付けられてしまったらしい。有名魔族ってやつも大変だ。


「英雄様? それって確か、アチシたちと力は大差ないのに、計略を用いて勇者を倒したとかいう……」

「スゴイわよねー! 私、勇者なんか目の前にしたら失神しちゃう!」

「英雄かぁ、カッコいい肩書きだわねぇ。アチシの好みのタイプじゃないけどぉ」


 ふふっ、そうだろうそうだろう? 俺って結構すごいことしたんだぜ?


「なんでも勇者を罠にハメまくって倒したとか」

「とにかく第1階層を手当たり次第に爆破しまくったらしいな」

「え~、爆発魔なの?」


 ……ん? ちょっとウワサに偏りがないか?


「でもやっぱり、強くはないんでしょ?」

「でもズル賢いんだって。聞いた話によると褒賞にかこつけて他の四天王から魔法石とか財産とかをむしり取ったんだとか」

「イヤン、冷酷。でもそれってつまり、いま英雄様はいっぱい金持ってる……ってコトッ⁉」

「弱いのに……」

「お金はいっぱい持ってるんだね……?」


 あれ? おいおい? おかしいよ? 話の流れが不穏だよ? そして視線の質もなんか変わってるよ?


「ウォイ、あんちゃん」

「ちょっと止まってよぉ」

「オレちんたちとちょっとお話していこうぜぇ?」


 こ、困っちゃうなぁ……さっそく目をつけられてしまったようだ……ガタイの良い、筋肉ムキムキの悪そうな顔した魔族の男3人組に。腕を引っ張られて強引に路地裏に連れて行かれてしまう。ヤベェ。


「え、えっと、なんか用……?」

「あんちゃんさぁ、四天王ってマジぃ?」

「えっと、マジだけど……」

「そっかぁ、お金持ってるって、マジぃ?」

「……それは持ってない──おわっ⁉」


 ズダァンっ! と、壁ドンされて思わず変な声が出てしまう。


「おいおい、マジビビリしてて草生えるんだけど? マジで四天王かよ、コイツ」

「いやぁ、いいカモ見つけちゃいましたわぁ」

「オレちんたちのお財布にしちゃおっかぁ?」


 ゲラゲラと、めちゃくちゃに嘲笑われる。


 ……え、こんなことある? 俺、いちおう魔界を救った存在なんですけど。


「はぁ……」


 いや、ゼルティアから聞いてはいたよ? この城下町は治安が悪いって。でもまさか……ある意味で自分たちの命の恩人でもある相手を恐喝のカモにするか? 普通しないだろ。


「さっそくコレを使う羽目になるとはな……」


 俺はポケットから、『いざという時のために』とゼルティアから貰っていたものを取り出した。


「まあコイツらが相手なら罪悪感も無いし、いいか」

「はァン? なにひとりでブツブツ言ってんだよ英雄くん?」

「あ、ちょっと3人とも、こっちの横に寄ってもらっていい?」

「はぁ? なんだよ?」


 男3人組は俺が言う通り揃って路地の左に寄ってくれる。素直だなぁ。俺は右側の壁に手を着いた。そして左手を男たちに向ける。


「よっと」


 俺が左手に持っていた種のような物をギュッと握りつぶすと、そこから瞬時に針のようなものが伸び男3人組へと伸びる。


 なんでもこれは【槍の種スピアシード】と呼ばれる護身アイテムなんだとか。ポケットに入るサイズだが、力を加えると2mの細い槍が飛び出すという……なんとも恐ろしい武器なのだ。


「なにぃっ⁉」


 男3人組が大きく目を見開いた。そして完全なるその不意打ちに、なすすべなく槍に貫かれ──。


「なーんてなっ! 貫かれるわけねーだろ!」

「バレバレなんだよ、バァカッ!」

「ぎゃはははっ!」


 3人組の男はどうやら俺が槍の種で攻撃することを察知していたらしく、槍が伸び切る前に路地の反対側に体を逸らして避けていた。


「お前、本当に勇者倒したのかよっ? マジで分かりやすいよなぁ!」

「まあね。あははは」


 ホント、分かりやすいよなぁ。


「そんじゃ、ひと笑いできたところで。俺は待ち合わせがあるから」


 じゃあねー、バイバイ。と手を振って背中を向ける。


「はぁ? おいおい、正気かよ」

「え? 正気だけど?」

「じゃあなんでこの状況でオレたちがお前のことを帰すと思うんだ? オレたちに危害を加えようとしておいてよぅ、タダで立ち去るなんてできるわけねぇよなぁ?」

「ああ、もちろん。お前たちの狼藉は半殺しで償ってもらうよ」


 男3人組が体を逸らして避けた先、路地の右側の壁を指差す。


「お前たち、もう動けないでしょ?」

「あ……? あぁっ⁉」


 男3人組は壁の側面でいつの間にか育っていた【吸血蔓ヴァンパイアウィップ】に足首を絡めとられていた。蔓はチュウチュウと男たちの血を吸い始める。

 

「さっき右手で壁に手を着いた時に種を埋め込んどいたんだ。こっちの槍はただお前たちを誘導するために出しただけ」

「なっ、チクショウ。こんなもん、引きちぎって……」

「おい、植物は大切にしろよ」

「がぁッ⁉」


 一直線に伸びた槍の種が今度こそ男3人組の肩を同時に貫いた。


「大人しく血を吸われてなよ。血の気が引くまでさ」

「ウッ……クソ、テメェ、殺すぞ……!」

「いやだ」

「うぐぁッ!」


 もう1本、槍の種を追加で突き刺した。これでもう、誰かが助けに来ない限りは動けないだろう。


「じゃあな。これからは恐喝はしないように」

「まっ、待てっ! これ外し……」

「吸血蔓がお腹いっぱいになったら外れるんじゃない? 知らんけど」


 さようなら、男3人組。生きていたらまたどこかで会お……いや、会いたくはないか。報復されそうだし。


 ……治安が悪いっていうのは聞いてたのに……油断してたな。まさか英雄や四天王って肩書きがある相手にも容赦なく絡んでくるヤツらがいるとは。今度はちゃんと護衛を連れて歩くことを考えないと。


「しっかし、ずいぶんと時間を取られてしまった。あぁ……待ち合わせに遅れちゃうよ……」


 俺は急いで路地裏を後にする。


「──ねぇ、いまの見た……?」

「見た見た。あの四天王、マジで酷い……」


 メインストリートに戻ると、どうやら路地裏の様子をうかがっていたらしい魔族たちが俺を見てヒソヒソ話してるみたいだ。


 ……マズったかも。せっかく英雄だなんだと呼ばれてたのに、だいぶ容赦なく男たちをあしらったからな……。


 なんて、そう思っていたのだが。


「強くて無慈悲で逆らう者は容赦しない、四天王らしい冷酷な振る舞いね。最高にクールだわ」

「でも半殺しってところに心根の優しさが見えるわね。キュンキュンしちゃうっ!」

「アチシ、前言撤回! アリサワ様に惚れちゃうかもぉ~!」


 はぁ? なんで? なんかむしろ好感度上がってるみたいなんですが?


「あの、アリサワ様、サインくださいっ!」

「へっ? い、いや! 俺急いでるんでっ!」


 なんかサインも求められ出して怖い。ちょっと俺にとってはあまりに異様な光景過ぎたので、メインストリートを走り抜けることにする。


 ……冷酷さを見せた方が人気が上がるっておかしいでしょっ! どういう感性してるんだこの魔界の住人ども!


 そうこうしているうちに、俺は待ち合わせ場所にまでやってきていた。


「──アリサワっ! 遅いぞ!」

「あ、すみません……ちょっといろいろあって」


 仁王立ちに腕を組んで俺を待っていたのは、頬をぷくーっと膨らました魔王女ゼルティアだった。

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