第12話「明朝の来訪者」

まだ辺りは仄暗く、本来ならば人の気配など滅多にないだろう早朝。そんな時間に似つかわしくない複数の足音とその荒い息遣いに、私はハッと目を覚ました。


「何かしら…」


そう呟いた瞬間、バキッ!という大きな破壊音と共に、古屋の扉が内側へ飛んだ。もとより防犯など意味をなさない造りであったが、それでもこんな風に壊れるなんて、自然現象ではありえない。


あまりに突然の出来事に動けないままでいると、どかどかと足を踏み鳴らしながら衛兵達数人が部屋に侵入してきた。簡素な作りの鎧を身に纏っているのを見るに、おそらく国直属の護衛騎士ではない。


では一体どこからの…という私の疑問は、その衛兵達の背後から現れた人物の服装を見た瞬間、解決された。


司祭服に身を包んだ男性…聖堂の司祭様が、無表情で私を見下ろしていた。


「大神官様の命により、これより聖女イザベラの身辺調査を執り行うこととする」

「身辺調査…?」

「大神官様は、近頃聖女イザベラがストラティールの女神に背くような思考を持つようになったのではと、大変心を痛めていらっしゃるのだ」


司祭様の言葉に私は目を見開き、そして小さく頭を振った。


「私は決して…決してそのようなことは…」

「ないというのであれば、いかように調べても全く問題はないということだな?」

「……」


私の脳裏に浮かぶのは、金色の小さな小鳥だけ。優しくて温かくて、側にいると自然と顔が綻んだ。


「私は…私はどのような罰でも受け入れます。ですからどうか」

「ほう。罰を受けなければいけぬような行いを、貴女はしていらっしゃると」


私は…私はきっと、罰を受けなければならない。民を傷つける忌むべき魔物に、心を許してしまった。


ーーもしも生まれ変わったら、私も鳥になりたいわ


この場所から逃げ出したいと、ほんの一瞬でも思ってしまった。


私は、私は、私は…


「私は…聖女なのに……」


イザベラとしてありたいと、望んでしまった。


きっと、私は間違っている。正しいのは大神官様であり、私がやっていることは聖女としてはずべき行いだ。


けれど、オーロだけは。


あの子だけは、傷つけさせない。


私は立ち上がると、さりげなくテーブルに近づく。この部屋が狭くて良かったと心底思った。


オーロがいつも羽を休めているバスケットが、何故かひっくり返っている。それに手を伸ばそうとした時司祭様から名を呼ばれ、思わずびくりと肩を震わせる。


「聖女イザベラ。貴女は動かないように。やましいことがないのなら、こんなことはすぐに済む」

「私は…」


司祭様がくいっと顎を持ち上げたのを合図に、衛兵達が一斉に部屋の捜索を始める。といっても私の目には、ただ乱暴に荒らしているだけにしか見えなかった。


この部屋に、大して物はない。予想通り彼らはまずたった一つしかないチェストに手を伸ばした。


私はその隙に、再びバスケットに手を伸ばす。指先が触れた瞬間、衛兵が私にぶつかった。


ガタンッ


私は倒れ、その拍子に揺れたテーブルの上から、とさりと籠が下に落ちる。


「…っ」


お願いどうか。どうかいませんように…っ!


「司祭様。それらしきものは見当たりません!」

「くまなく調べたのか」

「はい。壁や床まで剥がしましたが特には」


私はぐうっと奥歯を噛み締め、涙が溢れそうになるのを耐える。


最早人の棲家とは到底呼べないような状態になった部屋のことよりも、オーロがいなくなっていたことに私は心から安堵した。

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